屏東の池上文庫―日台の絆を紡ぎ育む小さな日本語図書館

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権田 猛資 【Profile】

台湾南部の屏東県竹田鄉に「アジア最南端の日本語図書館」がある。池上一郎博士文庫という日本人の名を冠した小さな木造の図書館には、2万冊近い日本語書籍が所蔵され、実際に貸し出しも行なわれている。なぜ台湾の地に日本語書籍のみを扱う図書館が存在するのか?池上氏をめぐって日本と台湾を結ぶ交流秘話が語り継がれる一方、利用者減に直面する文庫の将来は大きな曲がり角を迎えている。

台湾の戦後史から考える池上一郎博士文庫の意味合い

台湾には日本統治時代に日本語教育を受けた「日本語世代」の人々がいる。幼少期から家庭あるいは学校で日本語を学び、今も日本語を常用している。しかし、彼らは戦後の中華民国・国民党体制下の台湾においては、日本語の使用が禁止され、新たな言語として「國語」を学び、使用することを強いられた。長く日本語の使用が許されなかった台湾の戦後史を鑑みると、日本語世代の人々が制限なく日本語に触れられるようになった民主化後の台湾で、日本語書籍への需要が大きかったことは想像に難くない。

したがって池上一郎博士文庫は「日本語」を欲していた人々に長く待ち望まれていた場だったと言える。

池上一郎博士文庫の館内(筆者撮影)
池上一郎博士文庫の館内(筆者撮影)

開館時から館長を務めている曾貴珍氏によると、開館当初は文庫近隣に住む地元の日本語世代にとどまらず、台湾南部に住む人々を中心にバイクや鉄道で来館する人々でにぎわっていた。そして来館者同士が日本語での会話を楽しむ憩いの場としての役割も担っていたそうだ。

池上一郎博士文庫で館長を務める曾貴珍氏(筆者撮影)
池上一郎博士文庫で館長を務める曾貴珍氏(筆者撮影)

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台湾国立政治大學大学院修士課程。1990年生まれ。主に戦後の日台関係史を研究。また、バシー海峡戦没者慰霊祭や廣枝音右衛門氏慰霊祭の事務局長を務める。

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