私はどうして丸森町に行ったのか――日本の災害ボランティアに取り組むある台南人の告白(下)

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2019年10月の台風19号によって、水害としては過去最大級の被害を出した日本。その中でも復興がうまく進まずに苦しんでいた宮城県丸森町へ家族と共に復興支援のために駆けつけたのが、台南在住の陳一銘さんだった。その活躍は日本メディアでも報じられ、台湾でも反響を呼んだ。その陳一銘さんが台北でボランティア仲間たちと体験を語り合う集会を開き、多くの聴衆が詰めかけた会場は熱気に包まれた。

「日本人はとにかくまじめ」

丸森での活動は、住居床下の汚泥の清掃、家財の運び出し、田畑の稲ワラ除去、ビニールハウスの再建など、参加した人たちがそれぞれの特技を生かした。

「日本人はとにかくまじめなの。ずっと同じやり方で黙々と進めていくけど、台湾人が考え出した奇想天外なやり方が逆にうまくいって、みんな驚いていたわ」

「日本の簡易トイレはいい匂いで尊敬する」

「日本の年長者は人に手伝ってもらうことをあまり好まないと思った」

作業を通し、日本人と台湾人の文化や民族性の違いも目の当たりにした。

丸森町で災害復興活動に従事する台湾人ボランティア(陳一銘さん提供)
丸森町で災害復興活動に従事する台湾人ボランティア(陳一銘さん提供)

ボランティア中は、苦しいことばかりではない。地元の人たちの招待で、丸森町をはじめ、酒蔵の見学や仙台牛などの名産も嗜んだ。会の終わりころ、飛行機を降り、そのまま駆けつけてきた丸森町の人たちが到着した。丸森町で彼らのボランティア活動を受け入れ、一緒に活動してきた仲間だ。台湾でボランティアの体験座談会が開かれることを知り、熱意に感動し、再会を喜びあっていた。

「一番の収穫は、人と人の間はこんなにも単純でいられることが分かったことです」

最後に、陳一銘さんが会を締めた。

「僕たちの話を聞いて、ボランティアに行きたいと思いましたか?もしそうでしたら、僕に言うのではなく、直接ここにいる丸森の皆さんに知らせてください。そして、僕たちはこれからもずっと丸森とつながっていきます」

日本と台湾のつながり。それがボランティアを通して得たものなのだ。

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