「口裂け女」から「きさらぎ駅」まで―都市伝説の変容から振り返る昭和・平成の日本社会

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

かつて“身近で本当に起きた話”として口伝えでまことしやかに語り継がれた不思議な話や怖い話は、いまやネット空間で増殖している。こうした「都市伝説」が生まれる背景や伝播の在り様から見える社会の変化を、民俗学者が解説する。 

飯倉 義之 IIKURA Yoshiyuki

1975年千葉県生まれ。国学院大学文学部准教授。専攻は口承文芸学、現代民俗論。国学院大学大学院修了後、国際日本文化研究センター機関研究員などを経て2015年4月より現職。著書に『怪人熊楠、妖怪を語る』(共著/ 2019年、三弥井書店)、『怪異を魅せる』(共著/ 2016年、青弓社)、『ニッポンの河童の正体』(2010年、新人物往来社)など。

第2次ブーム=ネット主導で生成される怖い話

21世紀を迎え、再び都市伝説はネット主導のブームとしてよみがえる。「1次ブームでは、子どもたちのうわさ話をテレビ、雑誌などのメディアが拾って盛り上がりました。2000年以降はテキストサイトの全盛期に、まずブログがきっかけとなります。昔はやった都市伝説を集めるブログが人気になり、やがて書籍化され、以後、都市伝説本が続々と刊行されました。当時学生だった人にとっては懐かしく、当時のブームから外れていた世代が面白がって再注目するようになったのです」

また、「2ちゃんねる」に出現した面白い話を雑誌、テレビが取り上げて、新たな都市伝説が作られていった。小学生が田舎の田んぼで発見する不吉な白いモノ「くねくね」、呪いがかけられた小箱「コトリバコ」、身長2メートル以上の女の化け物「八尺さま」の話などがよく知られている。「ほとんどが口伝えで語れる範囲を超えた長さの怖い話です。こうした話が次々にネットで生成されていきました」

2010年ごろからSNSを中心に参加型の話が出てくる。中でも「きさらぎ駅」は、「2ちゃんねる」からツイッターへ拡散の舞台を変えて10年以上語り継がれている。きっかけは04年の「2ちゃんねる」への投稿だ––「新浜松駅から電車に乗った。いつも使っている通勤電車だったのに、聞いたこともない無人駅に到着してしまった。どうしたらいいでしょうか」。相談の形で提示された投稿に、どんどん応答が書き込まれて話がつづられていく。

「ある程度の長さになると誰かが『まとめサイト』にして、それがまた転載されていきます。疑似的な “声”で書かれたもので、まるでその場で会話が交わされているような印象になります。即時的に参加して話をつなげ、都市伝説ができあがっていく。これがウェブ時代の2次ブームの特徴です。また、怖い話が多い。 “怪談体験ごっこ”、“世界の謎に触れるごっこ” といった『ごっこゲーム』に参加している意識もあるのだと思います」

かつての口伝えを中心に広まる都市伝説と比較すると、デジタル経由で広がる話は、展開が全く変わらないか、大きく変わるかの両極端だという。「口伝えは毎回記憶で話すので、少し違っても大筋は変わりません。ネットの場合はそのままコピペができますが、変えようと思えばいくらでも変えられる。広まり方も即時的で物理的な距離は関係ありません。外国の話が紹介されるスピードも速まりました」

2000年以降、「口裂け女」もネット経由で海外に伝わり再注目された。例えば韓国では、女のマスクの色が赤に変わっているなど、日本とは違う特徴がある。「沖縄、台湾、韓国、中国などでは魔物は直進しかできないという伝承があるので、韓国では口裂け女は角を曲がれなくなったし、階段も上れなくなった。スキンヘッドでマスクをした口裂け男のボーイフレンドができたという話もあります。現代の都市的生活を背景にしている国に都市伝説が輸入されると、その国の文化に合うように少しずつ手が加えられていくんです」

サイトの「タコツボ化」とフェイクニュース

都市伝説の2次ブームでは、都市伝説を「芸」にするタレントも登場した。「2006年ごろから人気の出た元お笑い芸人の関暁夫さんが代表的です」。元々はバラエティー番組で芸能人が都市伝説を披露するコーナーで注目された。『信じるか信じないかあなた次第です』の文句が有名になり、現在も『やりすぎ都市伝説』などの番組やライブで活躍中だ。

最近では、人気ユーチューバーが都市伝説を検証する動画が人気を呼んている。「例えば、『異世界エレベーター』という話があります。10階以上ある建物のエレベーターに1人で乗り、決められた順番でボタンを押すと異世界へ行ける、というような話です。これを実際にやってみるわけです」

かつて「友達の友達」レベルで身近に本当に起こったこととして語られた都市伝説は、デジタル時代により早く、より広く、人気ゲームのように拡散しているようだ。だが、近頃では都市伝説として生み出されて多くの人の目に触れるものが減ってきていると飯倉氏は言う。

「その要因には、ウェブにおけるタコツボ化があります。一つのサイトを見る人は、意見の均一な人たちでまとまっていて、他のまとまりと交流がないという傾向が目立ってきています。また、真偽を論じることなく、気にいるものだけを信じて、気に入らないものはうそだと言い放つ人が増えて、本当かうそか曖昧なところにあった面白さが認められなくなってきています」

現在は、不安感を現実の相手に投影する政治手法が世界的にはやっていると飯倉さんは嘆く。「その対象は不法移民、中国、韓国、あるいは日本だったりします。不安感を口裂け女や幽霊に投影するのは、現実の人間がそんなことをするわけはないという安心感や前提があるからこそ。世界的に、都市伝説が生まれる土壌が失われつつある気がします。世界中に閉塞(へいそく)感が広がり、漠然とした不安の中で、確かなものにすがりたいという気持ちがあるのかもしれません。そんな中で、研究者が都市伝説と呼びたいような偽の情報、フェイクニュースにすがっている人たちが増えているという印象があるのは皮肉ですね」

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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