ラグビーワールドカップ2019日本大会、キックオフへ

ラグビー日本代表:4戦全勝の軌跡と南ア戦勝利へのシナリオ

スポーツ

大友 信彦 【Profile】

自国開催のラグビーW杯で、プールステージA組を4戦全勝で1位通過し、2015年大会に続いて世界を驚かせた日本代表。楽な勝利は一つもなかった苦闘を振り返り、初進出となったファイナルステージの戦いを占う。

ラグビーの日本代表ってこんなに強かったの?

どれだけの人が、そんな問いを発し、あるいはつぶやいただろう。
ラグビー伝統国以外で開催された初めてのワールドカップ(W杯)。ホスト国の日本はプールステージ(1次リーグ)A組の4試合を見事全勝で通過し、史上初めてベスト8進出を決めた。

これ以上ない結果だが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。

開幕戦の重圧を解き放った松島幸太朗の豪脚

快足を発揮し、W杯で日本選手初となる1試合3トライを挙げた松島幸太朗=2019年9月20日、東京スタジアム(時事)
快足を発揮し、W杯で日本選手初となる1試合3トライを挙げた松島幸太朗=2019年9月20日、東京スタジアム(時事)

幕開きは東京スタジアムのロシア戦。日本代表を覆っていたのは極限の緊張だった。

初めての自国開催。ロシアはA組で最もランキングが低く、欧州予選で1度は敗退しながら上位国の失格による繰り上げで出場が決定した、いわば絶対に勝たなければならない相手だ。
それだけではない。前回のワールドカップで日本が決勝トーナメント進出を逃した原因は、1試合4トライ以上で得られるボーナスポイント(BP)を1度も獲得できなかったことにあり、後に控える強豪との戦いを考えれば、BP付きの勝ち点5がノルマとみられていた。

いくつもの要因が重圧となって日本代表の選手たちを覆う中、始まった初戦。大会開幕を告げるキックオフの歓声は、すぐに悲鳴に変わった。
ロシアが蹴ったキックオフを主将のFLリーチマイケルが捕り損ね、いきなり自陣ゴール前のピンチ。そして4分、相手キックをFBウィリアム・トゥポウが落球し、走り込んだロシアのWTBゴロスニツキーにあっさりと先制トライを奪われてしまう。

不穏な空気を振り払ったのは、前回W杯でも活躍したWTB松島幸太朗の豪脚だった。
11分にCTBラファエレティモシーの後ろ手からのパスを捕って今大会の日本代表初トライを決めたのを手始めに、38分に逆転トライ。後半6分のFLラブスカフニのトライを挟み、後半28分にはW杯で日本代表初のハットトリックとなる3本目のトライを決めた。
序盤に苦しみながらも日本は4トライを挙げて30−10でロシアを破り、しっかりと勝ち点5を獲得した。

精神的支柱・リーチ主将を控えにまわす大胆策

途中出場ながら、献身的プレーで重苦しい空気を変えた主将リーチマイケル=2019年9月28日、静岡・エコパスタジアム(時事)
途中出場ながら、献身的プレーで重苦しい空気を変えた主将リーチマイケル=2019年9月28日、静岡・エコパスタジアム(時事)

2戦目の相手はアイルランド。過去3年間で2度にわたってニュージーランドを破り、昨年は欧州最強国を決めるシックスネーションズで全勝優勝。日本戦直前は2位に後退していたが、W杯開幕時は世界ランキング1位に君臨していた強豪だ。初戦では難敵とみられたスコットランドに27−3で圧勝していた。

日本はリーチ主将を控えにまわすという大胆な策で臨んだ。
ロシア戦のパフォーマンスが良くなかったこと、W杯前の南アフリカ戦で負傷したNO8アマナキ・レレイ・マフィが復調したこと、他にもリーダーシップを発揮できる選手が育ったことを受け、リーチを後半の勝負所で投入しようという作戦だった。

初戦に続き、静岡・エコパスタジアムも超満員となった。アイルランドが序盤に2トライを挙げ、3-12とリードされる。「やはり格上か……」の空気が漂っていた前半30分、肋軟骨を痛めたマフィに代わってリーチがピッチに入ると試合の様相は一変した。
ボールを持てばガムシャラに前に出る。ディフェンスでは体を張ったタックルを見舞い、すぐに起き上がっては連続タックル。リーチがピッチに入ってからの8分間で、SO田村優が2ペナルティーゴール(PG)を決め9−12と追い上げる。後半19分には、同じく途中出場のWTB福岡堅樹のトライで逆転。31分には田村のPGで19−12と引き離した。

そして残りゼロ分、日本が相手ゴール前まで攻め込んだところでPR中島イシレリがノックオン。しかしアイルランドは、7点差を追いつくためのカウンターアタックを放棄し、ボールを蹴り出して試合を終わらせた。目的は7点差以内の敗戦で得られるBPの獲得。1週前まで世界ランクの頂点に君臨した強豪が、日本相手に負けを受け入れた瞬間だった。

ロスタイムの劇的なトライでボーナスポイント獲得

母国サモア相手のトライで日本の勝機を引き寄せたラファエレティモシー=2019年10月5日、愛知・豊田スタジアム(時事)
母国サモア相手のトライで日本の勝機を引き寄せたラファエレティモシー=2019年10月5日、愛知・豊田スタジアム(時事)

続く3戦目の相手は、4年前のイングランド大会でも3戦目に対戦したサモア。開幕時点で世界ランク16位と低迷していたが、W杯では過去2度にわたって8強入りしている強敵だ。愛知・豊田スタジアムで開催されたこの試合、サモアのプレッシャーの前に日本は波に乗れず、序盤はPGの応酬となった。

9−6で迎えた前半27分、先発に戻ったリーチのタックルでボールを奪い、ラファエレがトライ。このサモア生まれの日本代表が母国から奪ったトライは、日本の攻撃を加速させた。後半13分にはNO8姫野和樹が出身地での試合に華を添える豪快なトライを決め、後半35分には福岡、ロスタイムの44分には松島が劇的なトライ。

序盤の重い展開を跳ねのけ38−19で勝利した日本は、計4トライでボーナスポイントを獲得して3戦全勝。勝ち点14とし、8強進出へ王手をかけた。

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大友 信彦ŌTOMO Nobuhiko経歴・執筆一覧を見る

スポーツライター。1962年、宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学卒業。東京中日スポーツでラグビー記者として活動する傍ら、『Sports Graphic Number』『ラグビーマガジン』などに執筆。ラグビーに関する著作も多数で、主な著書に『釜石の夢』(講談社文庫)、『読むラグビー』『不動の魂』(実業之日本社)など。

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