「かわいい」ってなんだろう:実験心理学の研究で分かったこと

科学 文化 社会

入戸野 宏 【Profile】

ファッションやキャラクターグッズと結びついた「かわいい」は、日本を代表するポップカルチャーとして脚光を浴びている。しかし「かわいい」とは何かを説明するのは難しい。この曖昧な感情を科学的に解明するため、筆者は10年以上研究を続けてきた。

社会的交流を促すポジティブ感情

「かわいい」が日本でこれほど普及していることには、理由があるはずである。人間の行動は、なにかしら報酬がないかぎり、継続しないからである。これまでに発表された実験心理学の研究によれば、かわいいものに接すると、以下のようなさまざまな心理状態や行動が引き起こされることが分かった。

  • 注意を引きつけられる
  • 長く見つめたくなる
  • 丁寧に行動するようになる
  • 細部に注目するようになる
  • 握りしめたくなる
  • 擬人化するようになる
  • 世話をしたくなる
  • 手助けをしたくなる
  • 頼みを断らなくなる
  • 自分に甘くなる
  • 癒やされる

笑顔を誘う、近づきたくなるといった「かわいい」の特性は、社会のいろいろな場面で応用できる。例えば、日本の工事現場に行くと、かわいい動物の形をしたバリケードや、作業員のキャラクターが深々とお辞儀をしている掲示物があり、心が和む。また、さまざまな企業や官公庁が、「ゆるキャラ」と呼ばれる独自のマスコットキャラクターを創作し、利用者との距離を縮めようとして真摯(しんし)に取り組んでいる。このような試みは、これまで経験的に行われてきたが、上記した「かわいい」感情の効用として科学的に裏づけることもできるだろう。

「かわいい」は、快であり、接近動機づけを伴い、社会的交流を促進する感情である。感情であるから、その背景には生物学的な基盤があり、文化によらない人間の普遍的な性質であると考えられる。日本には、そのような感情を社会的に受容し、価値を認める風土があったために、世界に先駆けて「かわいい」文化が誕生し発展したのだろう。このような感情に共感する人は、海外にも少なからずいると考えられる。

さまざまな価値観が共存するグローバル社会では、社会的交流を求めるポジティブ感情である「かわいい」の意義がさらに注目されることになるだろう。日本語の「かわいい」は感情であるが、英語の「cute/cuteness」は対象の属性を表している。「かわいい」は感じるものだが、「cute」は知覚するものである。「cute」にはベビースキーマのような正解があるが、「かわいい」には正解がない。ある対象を「かわいい」と感じるかどうかは、その対象と自分との関係性によって変わる。だから、人それぞれであり、状況によっても異なる。「かわいい」は自分で発見するものであり、他者に押しつけられるものではない。

日本の「かわいい」文化をそのまま世界に広めなくてもよい。「かわいい」先進国である日本の役割は、「かわいい」という感情が存在し、それが私たちの心や行動に影響を与えていることをデータによって示すことである。そして、世界のさまざま地域の人たちが自分たちの「かわいい」を発見することを見守っていけばよいのである。

バナー写真=さまざまな「かわいい」(筆者提供)

この記事につけられたキーワード

科学 ポップカルチャー 研究 かわいい

入戸野 宏NITTONO Hiroshi経歴・執筆一覧を見る

大阪大学大学院人間科学研究科教授。1971年横浜市生まれ。専門は実験心理学、心理生理学。大阪大学人間科学部卒業、同大学院修了。博士(人間科学)。広島大学大学院総合科学研究科准教授を経て、2016年より現職。主な著書に、『「かわいい」のちから:実験で探るその心理』(化学同人、2019年)、『シリーズ人間科学3:感じる』(大阪大学出版会、2019年)、『心理学のための事象関連電位ガイドブック』(北大路書房、2005年)など。

このシリーズの他の記事