台湾飲食業界で成功するためには〜なぜ日系拉麺店の撤退が相次ぐのか(上) コスト編
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台湾発のタピオカドリンクが日本で大ブームとなり、今年の夏はどこに行ってもタピオカタピオカ、タピオカという状況だ。台湾の有名店や日本の飲食業も競って参入し、有名人気店がオープンとなれば行列必至。そんなタピオカの発祥地・台湾では、今年7月から8月にかけて、ミシュラン掲載店として知られる北海道の梅光軒や沖縄の新麺通堂、つけ麺チェーン店三田製麺所など日本の有名ラーメン店が相次いで営業終了を発表し、現地で大きなニュースとなっている。撤退を発表したこの3つのブランドは台南で複数店舗を経営していたため、全店同時に営業終了というのは社会的に大きなインパクトを呼び起こしたのである。
皮肉なことだが、台湾タピオカブームで沸く日本とは対照的に、台湾では台湾に進出した飲食店の撤退ラッシュが起きているのである。本稿では、(上)で主に意外に低くない台湾でのコスト面から、(下)では主に経営戦略面から、日本の飲食業における台湾進出の難しさについて考えてみたい。
経営を圧迫する高い家賃
私自身、台湾全国で9店舗の飲食チェーン店を経営しており、台湾マーケットの難しさを日々感じている立場にある。本稿ではそうした私の経験に基づき、日本の有名店でも撤退に追い込まれる台湾飲食業マーケットの実態を分析してみたい。なお、台湾ドルの価値は日本円100円=30元で計算すると、日本人にもコスト負担の理解がしやすくなる。
まず税負担を見てみる。基本となる負担は日本の消費税にあたる営業税5%、法人税20%である。営業税は日本と違い2カ月に一度納付しなければならない。滞納は許されない。なお、こうした会計処理のために会計事務所もしくは記帳士事務所と契約する必要がある。費用は規模やサービスにもよるが1店舗1カ月2500~5000元程度が多いようである。もちろん日本語サービスがある事務所は高くなる。
では、家賃相場どうなのか。首都台北で一等地といわれる商業エリアは坪単価5000~1万元。超一等地となれば1万5000元以上というところもある。これがデパート等商業施設になると、施設の立地、規模、集客力にもよるが一流デパート内の店舗であれば売上の16~20%、フードコートの店舗ならば20~30%が相場といえる。家賃の負担は日本に比べても特別少ないとは言えない。
なお、保証金は日本に比べ安く、法律で家賃2カ月と定められている。余談になるが台湾で飲食店やサービス業を行う場合、路面店ならば1階に店舗を開くことを勧めている。なぜなら台湾人は心理的に地下店舗を好まないといわれ、地下の店舗で営業を行うのは非常に難しいからである。日本と違い家賃が安くても地下の店舗は絶対にお勧めしない。
上昇傾向にある人件費
次に人件費を見てみる。特に人件費の部分で多くの企業が想定通りにいかないようである。現在台湾の最低賃金は月給で2万3100元(約7万7000円)、時給で150元(約500円)である。この数字だけ見れば日本より人件費は安く見えるが、最低賃金は毎年3~5%上がると想定しておく必要がある。なお8月14日に発表された来年の最低賃金は月給が3.03%アップの2万3800元、時給は5.3%アップの158元で2017年からの上昇率は月給が18.95%、時給はなんと31.67%である。
少子化が進む台湾、特に台北では日本と同じく人手不足が激しく飲食業では、3万元では簡単には人は集まらないどころか応募すら期待できない。飲食業経験者、まして日本語ができるスタッフを雇いたければ4万元は出さないと良い人材は採用できない。日本の飲食店はアルバイトを中心とした運営で人件費を抑制しているが、台湾で安定してアルバイトスタッフを集めるのは日本よりはるかに難しく、人材の流動性も非常に高い。
また、台湾ではアルバイトを祝祭日勤務させた場合、2倍の時給を支払う義務がある。もちろんこれ以外にも正社員、アルバイトを問わず健康保険、労働保険、退職金基金の会社負担がある。これは給料の2割程度の負担を想定しておく必要がある。つまり3万元のスタッフを雇用する場合、会社は毎月3万6000元を準備しなければならないということである。
残業時間数についても今年に入って若干緩和されたが、3カ月で138時間以内、1カ月で最高54時間までという規制がある。台湾の労働法は週休2日を定めているので、ここは、特に日本人経営者は注意が必要である。なお、労働法では店長や管理職も労働者であり日本のように管理職手当を支払うことで残業規制外とはできない。
残業も少しなら大丈夫などと甘い考えで労働時間を超過させたり、サービス残業をさせたりすると、すぐに労工局(日本の労働基準監督署に相当)が調査に入る可能性が高いと考えておくべきである。罰金も2万元から最高100万元と非常に高額で、調査が入った場合、罰金を科される可能性は非常に高い。なお、数年前にオープンした日系アウトレットモール内の日系お好み焼き店がオープン後数週間で労工局の調査を受けた。オープン後とても忙しくスタッフに休憩時間や休日を与えず働かせたという問題であった。
これはスタッフによるマスコミへの通報で発覚した問題だが、台湾ではこうした甘えは許されず非常に厳しく罰せられる。スタッフによるマスコミへの情報提供は日本よりはるかに簡単に行われるため、メディア対策も含めた労働管理が必須となる。
大きな問題となるのは日本人がこうした問題に直面した際には、優秀な通訳者がいない限り、当局とのコミュニケーションを円滑に行うのは至難の業であるということである。当局に対し言葉ができないという言い訳は許されない。公文書等もすべて中国語である。資金力が豊富な企業であれば日本語のできる顧問弁護士や通訳スタッフを備えておくことも可能だろうが、こうした費用負担は決して小さなものではない。
まだら色の食材コスト
日本に比べ物価が安いといわれる台湾だが、食材に関していえば安いもの、高いもの、あまり変わらないものがある。例えば乳製品は日本のほうが安く、小麦粉は台湾のほうが安い。しかし、こだわりの食材として日本から輸入する物は運送及び関税のコストが上乗せされるので、コストは跳ね上がる。全体的に見ると台湾の食材調達コストは日本より若干安い程度という認識でよいだろう。しかし、日本のように種類や調味料、加工品が充実していないため、自社で製造調理する品目が増える可能性があり、その分はどうしても人件費の負担が上がる。衛生署による抜き打ちの衛生検査もあり、店舗内での食材の保管体制には気をつけなければならない。万が一、店舗内に賞味期限が切れている食材が発見された場合には、いかなる理由であろうと罰金の対象となる。
一方、電気、ガス、水道等の光熱費については日本より安いのは間違いない。日本の半分程度で予算を組めばほぼ問題ないだろう。その他、飲食店であれば公共意外保険、火災保険、産品責任保険への加入義務がある。規模や面積にもよるが、費用は3つの保険で1年1万元弱と考えていればよいだろう。防犯セキュリティーを契約する場合、こちらも規模とサービス内容によるが、基本的なもので1カ月1500~2500元が相場である。
ここまで経営にかかるコストを見てきたが、総じていえば、日本より経営コストが特別低いということはなく、逆に中国語対応にかかる時間や人件費が発生し、チェーン店であれば日本国内では可能な「規模のメリット」を生かすこともできない。そうした様々なコスト等を考慮すると台湾進出は決して楽なビジネスではない。
冒頭に紹介した台湾撤退を発表したラーメンチェーン店のうち2つのブランドは短期間に複数店舗を出店し、一時は台湾全国にまで拡大していた。なぜならば、これまで見てきて分かる通り、1店舗のみでは経営コストが圧倒的に高くつき、利益を出すのは難しく、複数店舗を経営し規模のメリットを生かし利益を出さなければならなかったからだろう。しかし言葉や文化が違うスタッフを短期間で会社幹部に育て、しかも厳しい労働規制と人材の流動性が非常に高い文化の中で、短期間で広範囲に店舗を拡大していくのは簡単なことではないのである。
バナー写真=2017年の開店直後に長い行列ができた台北一蘭店。2019年現在も人気は高く、台湾からは撤退していない(野嶋剛撮影)