ディープインパクト追悼にかえて:誰も知らない天才馬の「もう一つ」の仕事ぶり
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ディープインパクト、その競走成績や種牡馬成績、そして競馬サークルに与えた影響はすでに多くのマスメディアで伝えられているところだ。では、種付けという行為を生業とする“オトコ”としてはどういう存在だったのか。これまでまず報じられることのなかった現場の様子を、側近中の側近スタッフ(社台スタリオンステーション所属)の証言をもとにお伝えしよう。
「ディープインパクト、本当に種付けの上手な馬でした。実は、小柄な種牡馬というのは種付けに苦労する場合が多いので、スタリオンに来た当初は少し心配していたんです。自分より体高があって、お尻などの肉づき豊かな繁殖牝馬を相手にすることが大半となれば、局所と局所をマッチングさせるための角度調整が難しい。そこで重ね敷いた畳の上に種牡馬を立たせて、つまりシークレットシューズを履かせるようかのようにアジャストを試みたりするのですが、今度はそれに気を遣ってコトに集中できない種牡馬もいます。このとき事故も起こりやすいんです」
「ところが、ディープはまったく問題ありませんでした。具体的に言いますと、『腰の伸ばし方がうまい!』ということに尽きます。ですから、どんなに背の高い相手でも、スッと適応できる。でも、この腰を伸ばすというのが、馬という動物にはきわめて難しいことなんです。まず、第一に体が柔らかくなければなりません。腰を伸ばすためには、飛節(後脚のいちばん大きな関節部)から爪先までのパーツが一体になってしなやかである必要があります」
「つぎに、バランス感覚に優れていなければならない。人間だって、爪先立ちで不安定な姿勢を続けたら、ましてその状態で激しい運動をしたら、普通は足腰がガタガタになってしまいますよね。おそらく、いま流行りの言葉でいえば体幹がしっかりしていたということなんでしょう。だから、疲れをみせることもありませんでした。こんなにテクニックにすぐれた種牡馬はスタリオンではノーザンテースト以来でしょうか。こんなところにも運動神経のよさが出るんだなあと、現場のスタッフもみんな感心していたのを思い出します」
「もうひとつ、かっこいいのは、種付け場に入ってくるときはいたって冷静なのに、イザとなるとスーッと瞬間的にスイッチが入る、いかにもモテそうなコントラストです。だから無駄な体力も時間も使わないんです。そしてさっき言ったようにスムーズに仕事をして、コトを終えると、また何事もなかったように帰っていく。このあたりのスマートさもまさにプロの男といった感じでした」
つねに危険と隣り合わせとなる現場スタッフが、ディープインパクトと向きあうときに苦労させられた記憶がないという。こんな面においても天才的な馬であった。
ディープインパクト
2002年3月25日生まれ、19年7月30日没。04年にデビューし、05年、日本競馬史上6頭目の中央競馬クラシック三冠を達成。無敗での達成は1984年のシンボリルドルフに次ぐ2頭目の快挙。06年、日本調教馬として初の世界ランキング1位(芝・長距離)に。同年フランスの凱旋門賞に出走し、3位で入線したが、レース後に禁止薬物が検出され失格となった。敗れたのはこのレースと05年の有馬記念のみ。通算戦績は14戦12勝(2着1回、失格1回)、うちGIで7勝。獲得賞金は14億5455万1000円。06年有馬記念での優勝を花道に、07年から種牡馬としての供用を開始。12年以降は7年連続でリーディングサイアー(種牡馬として年間獲得賞金額最多)に輝いた。産駒には、キズナやマカヒキ、ワグネリアンなど5頭のダービー馬、GIで7勝を挙げた名牝ジェンティルドンナ、18年菊花賞と19年天皇賞(春)を制したフィエールマンなど、数々の有力馬がいる。種牡馬として史上4頭目となる8大競走(クラシック5競走、春秋の天皇賞、有馬記念)完全制覇を達成した。中央競馬における産駒の勝利数は18年末までで1797勝、同賞金額は471億4545万2000円。種付け料は18年以降4000万円に上がっていた。
バナー写真:中央競馬引退後、種牡馬入りして、2カ月ぶりに公開されたディープインパクト=2007年2月14日、北海道安平町・社台スタリオンステーション(時事)