デジタル時代の漫画の未来を切り開く:「マンガ図書館Z」が目指すこと

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海賊版漫画サイト対策として、漫画家の赤松健さんは作者許諾の下に過去作品を広告付きで無料配信し、利益を作者に還元する「マンガ図書館Z」を運営している。また、自動翻訳やYouTubeなどを活用した実験プロジェクトなど、デジタルで読む漫画の未来を切り開くための試みに精力的に取り組む。

赤松 健 AKAMATSU Ken

1968年生まれの漫画家。別冊少年マガジンで『UQ HOLDER !』連載中。中央大学文学部卒。 代表作に『魔法先生ネギま!』『ラブひな』(第25回講談社漫画賞)など。公益社団法人・日本漫画家協会の常務理事。2010年から「マンガ図書館Z」(開設当時は「Jコミ」)を運営している。

試行錯誤する海賊版対策

アクセス数1億超と言われた「漫画村」(2018年閉鎖)など、悪質な海賊版サイト対策のため、政府はさまざまな対策を推し進めようとしている。だが、ネット利用者のアクセスを強制的に絶つ「ブロッキング」、漫画を含む著作権侵害物のダウンロード(DL)を全面的に禁止する方向での法整備はいずれも反対意見が強く、今国会での法案提出には至らなかった。

ブロッキングに関しては、憲法が保障する「通信の秘密」を侵害しかねないとの反対論が根強く、DL違法化では漫画家側からの異論があった。『ラブひな』などで知られる漫画家・赤松健さんもその一人だ。海賊版対策を巡り、日本漫画家協会常務理事として与野党の政治家に向け積極的なロビー活動を続けている。

「静止画DLを違法化しても、『漫画村』のようなストリーミング方式のサイトは規制できません。その一方で、例えば “スクショ”(=スクリーンショット)に著作権法的に微妙なものがあると違法とされる可能性があり、市民生活に多大な影響を与えかねません」と赤松さんは言う。「漫画家を守るためにそこまでするのかと世間の大きな心理的抵抗が予想される。その措置は厳し過ぎるというのが多くの漫画家たちの意見です。ただ、“リーチサイト”(=海賊版のURL集)は問題。リーチサイト規制も法案に入っていましたが、今回一緒に見送られてしまったのは残念です」

海賊版を巡る法整備は今後も試行錯誤が続く。一方、赤松さん自身は、漫画家の利益を守るためにさまざまな実験的な試みを実施している。その実験のプラットフォームとなっているのが、「絶版」となった漫画の無料配信サイト「マンガ図書館」だ。

出版社が守ってくれない「絶版」作品

元々は自分の古い漫画をオフィシャルに配信したいという思いで、2010年に開設(当時の名称は『Jコミ』)したと言う。「『One Piece』『進撃の巨人』などの人気漫画は独占出版契約を持つ出版社が海賊版対策をしますが、“絶版”作品に関しては野放し状態。その絶版モノの海賊版をつぶそうというのが当初の狙いでした。当時、広告を付けて無料で漫画を見せるサイトはなかったので話題になりました」

赤松さんによれば、ここで「絶版」というのはあくまでも便宜上である。通常作家は出版社と数年の期限で独占出版契約を結ぶ。その後契約は自動更新されることが多いが、再版を重ねることはほとんどない。「出版社の言い分では“絶版”ではなく“品切れ重版未定”」だ。こうした過去作品を再び読者に届けるために作家がマンガ図書館で配信したいと伝えれば、作家の権利が優先されて出版社が問題にすることはほぼないと言う。

「マンガ図書館Z」では、これら「絶版」作品、単行本化されなかった作品を作者の許諾を得て広告を付けて無料掲載(一部有料)し、広告による利益は100%作者に還元される。運営は赤松さんが会長を務める株式会社Jコミックテラスで、現時点で掲載作品数は1万超、月刊ユーザー数は約100万だ。「無料で読めれば海賊版に行く必要がないので、間接的に海賊版を駆逐できます。ウチのサイトの最大の特徴は、私自身が講談社の少年マガジン系列で連載中の現役の作家であること。作家、読者、出版社ともウィンウィンの関係を目指しています」

「海賊版zip(ダウンロード用圧縮ファイル)を見つけ次第、作者の許諾を取ってマンガ図書館で全てオフィシャルに無料公開したいですね。海賊版の“乗っ取り”は、私の得意とするところです。これを進めれば、市場に出ていない作品の半分ぐらいは網羅できるでしょう」

さまざまな読み方を提案する実験の場

海賊版対策だけではない。「いろいろ開発、実験できる場がマンガ図書館です」と赤松さんは言う。2018年には実業之日本社と提携して、文芸作品も含む同社の過去作品を広告付きで無料公開する「実証実験」を始めた。素材を持つ第三者が投稿した際も、インセンティブを受け取れる仕組みで、広告収入の80%が作家、残りを出版社と投稿者で折半する。自社だけではなかなか進まなかった過去作品の電子化を、「マンガ図書館Z」経由で一気に実施することができるため、出版社にとってもメリットがあると言う。今後、他の出版社との提携も広げていく方針だ。

その他、電子透かし入りPDFの販売(作家印税40%)、キンドルへの登録代行(作家印税30%以上)、オンデマンド印刷など、さまざまな方法で過去作品の収益化を図っている。

また「吹き出し」内のせりふを光学認識(OCR)で読み取り、Googleの自動翻訳機能で51カ国語に翻訳する仕組みや、自動でYouTube動画に変換する「C-Tube」プロジェクトを実験中だ。YouTubeの100カ国語自動翻訳機能も活用する。将来的に世界の漫画ファンに読んでもらうための試みだ。

さらに、「作者のオーディオコメンタリーで作品の解説を提供したり、過去作品を再活用してさまざまな読み方を提案します」。それらが全て、漫画家の収益に結び付くことになる。

漫画家の利益、権利を守る目的と同時に、赤松さんは学術目的も兼ねた文字列検索への対応も進めている。

「作品の中でどんな文字や言葉が多く使われているかを調べるのは学術的に意味があると思います。例えば、手塚治虫が『生』『死』のどちらの言葉を多く使っているか調べることは面白いし、文学的・哲学的研究材料になりますよ」

目指すのは、国会図書館でデータ化されている古い絶版書籍を全てテキストデータとして保存し、それを文字列検索の対象にすることだと言う。「例えば国会図書館の蔵書で1968年以前の漫画は、みんなスキャンデータとして保有されていますが、多くは使われることなく“死蔵”されている状態。こうした大量のデータを利活用したい」 

漫画家が「モノ言う」時代へ

赤松さんによれば、日本の漫画業界はうまく電子化の波に乗ったと言う。「印税額では紙媒体だけの時代より伸びた人もいるのではないか。今後売り上げは電子が紙を逆転していくだろうと思っています」 

海賊版を巡る法整備を含め、漫画業界は過渡期にある。自分たちの権利を守るためにも、赤松さんは作家がひたすら漫画を「描いて売ればいい」だけの時代は終わったと考えている。

「静止画DL違法化に関しては、(マンガ学会学長)竹宮恵子さん、(漫画家協会理事)里中満智子さんや私が意見を表明しましたが、作家の中には、なかなか自分の意見を表に出さない人たちがいる。今後は第一線で活躍中の作家たちから、実際にどう考えているか意見を広く聞いて集約するシステムを構築したい。近い将来、『フェアユース』の是非について、漫画家協会の意見を求められると予想しています。その場合は、私だけでなく、なるべく多くの人の意見を吸い上げて、議員たちに伝えられる体制を整えたい」

「フェアユース(fair use)」はもともと米国著作権法で定められた規定で、利用目的が公正であれば、著作者の許可がなくても著作物を利用できるというものだ。日本でも2019年1月に施行された著作権法の改正で、一定の条件の下に「権利制限規定」が拡充されたが、さらに包括的な「日本版フェアユース」の導入についてはまだ論議が続いている。

積極的に海外市場を目指す

日本の漫画・アニメは海外でも人気のコンテンツで、ハリウッドで続々と映画化もされている。米映画監督ジェームズ・キャメロンの最新作『アリータ:バトル・エンジェル』は、木城ゆきとによるSF漫画『銃夢』が原作、5月に公開された『名探偵ピカチュウ』にはポケモンのキャラクターたちが登場する。

赤松さんは、当分の間日本は漫画文化で優勢を維持するだろうと言う。今後はもっと積極的に海外市場の開拓を目指す。

「中国や韓国にも絵がうまい人たちが増えましたが、表現規制が厳しいので、例えば『進撃の巨人』のような作品はなかなか生まれない。彼らの夢は、日本に来て漫画を描き、印税を稼ぐことです。日本人作家、日本で描く外国人作家の作品も含めて、どんどん電子化、自動翻訳して売りたい。少子化で日本の市場も過当競争になっていきますから、読者を増やすために、もっと積極的に海外で売っていくのが次の目標です」

取材・文=板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:「マンガ図書館Z」のサイトから。絵は赤松健さんの漫画『ラブひな』のヒロイン。

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