異色の建築家、梵寿綱:「日本のガウディ」?ではない独自の世界観

文化

「生命の讃歌」が聞こえる館

「向台老人ホーム無量寿舞(むりょうすまい)」(1985)=東京都東大和市

老人ホームは病院とは違い、一度入所したら元気になって家に戻ることのない「終の棲家」となる。「死」は避けて通れないもの。その時が来るまで、心穏やかにそして幸せな気持ちで日々過ごせるよう、心を込めて芸術家たちが空間づくりをした。そこで働く人、介護する側の気持ちにも寄り添い、空間には和やかな空気が流れている。

ここでは「過去の幸せな記憶を頼りに、情報が上書きされていく仕組み」が空間に仕込まれている。単調になりがちな廊下の天井に、四季折々のステンドグラスが飾られているのもその一つ。自分の居室を部屋番号で覚えるのではなく、「こいのぼりのステンドグラスを通りすぎると自分の部屋がある」と、老いても自分の戻る場所を認識できるように考えられている。

霊安室には再び巨大な掌が登場し、天国へと誘う。「死を怖れることはない」と天の声が聞こえてくるような、むしろ光と幸福に満ちた「生命の讃歌」が聞こえてくるような空間になっている。

今までにない空間づくりが注目を集め、全国から視察に訪ねる人が後を絶たない。私も老後はここで暮らしたいと思った。「夢と現実」「生と死」、それらは表裏一体だ。梵の建築は、それらが混在した両義的空間になっている。この老人ホームは、梵寿綱とその仲間たちによる「アート・コンプレックス運動」の最高傑作であり、この空間を体験してこそ梵が目指す「生命の讃歌」を真に理解できるのではないだろうか。

「向台老人ホーム無量寿舞」 髪の長い天使が見守る、浴室のある棟
「向台老人ホーム無量寿舞」 髪の長い天使が見守る、浴室のある棟

「向台老人ホーム無量寿舞」 コウノトリの巣がある、霊安室のある棟
「向台老人ホーム無量寿舞」 コウノトリの巣がある、霊安室のある棟

「向台老人ホーム無量寿舞」 霊安室の内部
「向台老人ホーム無量寿舞」 霊安室の内部

「向台老人ホーム無量寿舞」 廊下の天井には四季折々のステンドグラスがある
「向台老人ホーム無量寿舞」 廊下の天井には四季折々のステンドグラスがある

梵が目指す理想郷は、このように芸術家との協働によって実現している。「生きる歓び」を建築空間に内在させるために、芸術家と手を取り合った梵。今の日本の建築界に、彼の姿勢を受け継ぐ建築家は果たしているのだろうか。梵がいうところの「ビルディングデザイナー」が闊歩(かっぽ)し、心の琴線に触れることのない退屈なビルばかりが東京に乱立している。

筆者(左)と梵寿綱氏
筆者(左)と梵寿綱氏

バナー写真:東京・池袋のビル「斐禮祈(ひらき):賢者の石」の、エレベーターホールにあるデザイン

写真提供:和田 菜穂子氏

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