ラグビーワールドカップ2019日本大会、キックオフへ

エディー・ジョーンズが変えた日本のラグビーとビジネスカルチャー

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生島 淳 【Profile】

2015年のラグビーW杯で日本代表を率いた名将エディー・ジョーンズ。その多大な影響は日本のラグビー界だけでなく、ビジネス界にまで今なお残っている。「エディーさん」を間近で取材し続けた筆者が見た、その哲学とは。

ビジネス界へと広がったインパクト

さらに興味深いことに、エディーさんの発想はラグビー界にとどまらず、ビジネス界でも広く受け入れられた。
エディーさんの手法が、リーダーたちがビジネスユニットを動かす際に用いる方法論に極めて近かったからである。 

エディーさんは、チームのマネジメントにビジネスの手法を効果的に活用していた。例えば練習計画はコーチが立案し、エディーさんにプレゼンテーションし、許可を得てから実施するという流れになる。
練習の目的、具体案がしっかり検討されていないと、コーチたちも「残業」せざるを得ない。
選手だけでなく、スタッフにも緊張感を伴うハードワークが求められた。

こうしたエディーさんの手法にインスパイアされたのは、日本企業の管理職たちだ。
チームが共有する言葉を作り、浸透させる。
彼らはヘッドスタート、ハードワーク、レジリエンスといった言葉を各企業の風土に合わせてアレンジし、社員たちへの定着を図った。
面白いのは、エディーさんの発想を積極的に取り入れた管理職に、1980年代に大学でラグビーをプレーしていた人が多かったことだ。

実際にエディーさんを経営に参画させようとする企業も現れた。
ワールドカップ後にはゴールドマン・サックス日本のアドバイザリー・ボードに加わったし、百貨店の三越・伊勢丹や、富士ゼロックスの広告にも登用された。

ある出版社では、朝8時頃からの「ヘッドスタート」が奨励され、ダラダラ続きがちだった会議を朝の早い時間帯に開くことになった。
代わりにその日は早めに退社して、自分の時間を持つことが重視された。
その結果、「ハードワークとは長時間労働ではなく、集中して作業効率をアップさせることにある」という概念が、社員の間で共有されるようになった。

そしてまた、『エディー・ジョーンズとの対話』がもっとも売れたのは、ビジネス街である東京・丸の内の大型書店だった。

三越伊勢丹グループの2016年新春広告として、銀座三越の壁面に登場した“エディーさん” (時事)
三越伊勢丹グループの2016年新春広告として、銀座三越の壁面に登場した“エディーさん” (時事)

追い込むことで力を発揮させる

エディーさんは、日本人の特質をマネジメントに生かしたと振り返る。
「日本人は勤勉で、我慢強いのです。追い込むことによってポテンシャルを引き出すことが可能になりました。そして最終的には個人が自信を持ち、判断できるようになったからこそ、ワールドカップで結果を残せたのです」

エディーさんが日本を去ってもなお、彼が作り出した言葉は日本のビジネス界で生き続けているのである。

そしてラグビー界でも、エディーさんの薫陶を受けた選手が大勢いる。

2018年11月、イングランド代表と戦った日本は前半をリードして終えるなど、大健闘を見せた。エディーさんはその試合をこう振り返った。
「日本は本当の意味で真の強豪国の仲間入りをしました。ラグビーの聖地と言われるトゥイッケナム・スタジアムでイングランドとテストマッチが組めるようになったのですから。私が指導していた時よりも強くなっていますよ」

日本で開催される2019年のW杯で、ジャパンがどんな戦いを見せるか。そこにもまた、エディーさんの影響を見ることができるだろう。


(バナー写真:試合前のジャパンの練習を見守るエディー・ジョーンズ 時事)

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生島 淳IKUSHIMA Jun経歴・執筆一覧を見る

スポーツジャーナリスト。1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。博報堂に入社後、並行してライターとして活動。1999年に独立。ラグビー、水泳、駅伝など国内スポーツの著書があり、メジャーリーグ、NBAなども取材を行い、番組キャスターなどを務める。著書に『エディー・ジョーンズとの対話』(Sports Graphic Number Books)『箱根駅伝』(幻冬舎新書)など多数

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