ラグビーワールドカップ2019日本大会、キックオフへ

エディー・ジョーンズが変えた日本のラグビーとビジネスカルチャー

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生島 淳 【Profile】

2015年のラグビーW杯で日本代表を率いた名将エディー・ジョーンズ。その多大な影響は日本のラグビー界だけでなく、ビジネス界にまで今なお残っている。「エディーさん」を間近で取材し続けた筆者が見た、その哲学とは。

もう4年前のことなのか。
ラグビーワールドカップ(W杯)で日本がラグビー界の巨人、南アフリカを破ったのは。 

1987年に始まったワールドカップにおいて、日本は2011年の大会まで、わずか1勝しか挙げたことがない弱小国だった。
唯一の勝ち星は、1991年のイングランド大会、相手はジンバブエである。
それが2015年のイングランド大会では、南アフリカに勝ち、スコットランドには完敗を喫したものの、サモア、アメリカに勝って3勝を挙げた。

ワールドカップ史上、3勝を挙げても準々決勝に進むことができなかったのは初めてのことではあったが、最終戦のアメリカに勝って帰国するという「ハッピー・エンディング」となった。
大会前、選手たちの出発を撮影するカメラクルーは数えるほどだったが、羽田空港に凱旋帰国した選手たちは、おびただしい数のフラッシュに晒(さら)された。
日本のラグビーの歴史が変わったのである。

南アフリカから歴史的勝利を挙げた試合終了後の日本代表選手たち。2015年9月19日、イギリス・グロスター[〔C〕JRFU 2015, photo by H.Nagaoka](時事)
南アフリカから歴史的勝利を挙げた試合終了後の日本代表選手たち。2015年9月19日、イギリス・ブライトン[〔C〕JRFU 2015, photo by H.Nagaoka](時事)

エディー・ジョーンズという魔術師

それから4年。
日本で開催されるラグビーW杯2019日本大会の開幕が、いよいよ迫ってきた。
4年前に、何がジャパン(ラグビー日本代表)に起きたのか。
その答えを探っていくと、当時のヘッドコーチにたどり着く。
エディー・ジョーンズだ。

私は2015年に『エディー・ジョーンズとの対話』という本を上梓し、「エディーさん」(日本のラグビーライターたちは、彼のことをそう呼んだ)の発想を間近に聞く機会を与えられ、インスパイアを受けた。

現在、エディーさんはイングランド代表のヘッドコーチを務めるが、日本ではいまだにその足跡を見つけることができる。しかもそれは、ラグビー界だけでなく、ビジネスやカルチャーの面にまで及んでいる。
エディーさんは、言葉の魔術師だった。
キャッチコピーを作らせれば天下一品で、日本では馴染みの薄かった次のような言葉を次々に浸透させた。

ヘッドスタート:代表選手は合宿中、朝5時からのウェイトトレーニングを課され、ジャージのサイズが変わるほどの肉体改造を現実のものとした

ハードワーク:試合中はもちろん、練習中もハードワークができない選手には容赦ない言葉が浴びせられた

レジリエンス:エディーさんは選手たちを肉体的、精神的に徹底的に追い込み、そこからの反発力が大きくなることを期待した

自分が飽きるほど言い続ける

日本代表が結果を残すと、こうした言葉が高校や大学のチームへと広がっていった。しかし、すべてのチームが結果に結びついたわけではない。浸透度に差があるからだ。
では、なぜ日本代表は成功できたのだろうか。

エディーさんは日本代表において、しつこく徹底的に、決めた言葉を使い続けた。
取材の場で、エディーさんがこう話したことがある。
「新しいシーズンがスタートすると、どのチームもスローガンやキャッチフレーズを作りますよね。作るのは簡単ですよ。難しいのは、それを浸透させることなのです。浸透させるコツは、難しい言葉は使わずにシンプルなものを選ぶこと。ラグビーはコミュニケーションのスポーツですから選手たちが口に出しやすく、共有しやすいものでなければなりません。そしてなにより、指導者が根気強く言い続けることが肝心です。自分が飽きるほどに」

ラグビーW杯2015イングランド大会で、日本代表を率いたエディ・ジョーンズ 2015年9月17日、イギリス・ブライトン(時事)
ラグビーW杯2015イングランド大会で、日本代表を率いたエディ・ジョーンズ 2015年9月17日、イギリス・ブライトン(時事)

「スマホをいじるか、ラグビーをするか」

2018年6月、私はエディーさんが沖縄の高校生を指導する現場を見学し、そこで言葉が「浸透」していく様子を目撃した。
練習が始まる前、エディーさんは高校生たちに言った。
「ラグビーはコミュニケーションのスポーツです。とにかくトークして、トークして、仲間とのコミュニケーションを取ってください」

15分後。
練習を観察していたエディーさんが高校生たちを集める。
「まったく、トークしてないじゃないですか! こんなことなら、ロッカールームに戻って、スマートフォンをいじりながら、ゲームをやっていた方がみなさん楽しいんじゃないですか? スマホをいじるか、ここでコミュニケーションを取ってラグビーをするのか、いますぐここで決めてください」

グラウンドから立ち去る高校生はいなかった。
「みなさん、自分で残ることに決めたんですね。じゃあ、練習を再開しましょう」
再び始まった練習は声が飛び交い、活気あるものに変貌していた。
そして練習が終わるまで、その声が途切れることはなかった。 

豊富な語彙で選手たちに問いかけ、語りかけることを可能にしているのは、エディーさんの読書量だと私は思っている。

『エディー・ジョーンズとの対話』を書く際、エディーさんに幾多の「参考図書」を教わった。なかでも、エディーさんが熱く語ったのが、『ニューヨーカー』を中心に執筆するマルコム・グラッドウェルの著作だ。

「グラッドウェルの『逆転!』という本に、私はインスパイアされました。これは古今東西、弱者がいかにして番狂わせを起こしたか分析した本です。要は、アイデアの転換が大切です。日本がどうやったら南アフリカに勝てるのか? それを真剣に検討できたのは、この本を読んだ影響があったからです」

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生島 淳IKUSHIMA Jun経歴・執筆一覧を見る

スポーツジャーナリスト。1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。博報堂に入社後、並行してライターとして活動。1999年に独立。ラグビー、水泳、駅伝など国内スポーツの著書があり、メジャーリーグ、NBAなども取材を行い、番組キャスターなどを務める。著書に『エディー・ジョーンズとの対話』(Sports Graphic Number Books)『箱根駅伝』(幻冬舎新書)など多数

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