大阪的ってなんやねん

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江 弘毅 【Profile】

大阪は独特の雰囲気を持った街だ。特にミナミの商店街や市場などは、外国人旅行者を魅了する不思議な魅力にあふれている。今年6月にG20、2025年に万博が開かれるこの都市の個性について考える。

中国人旅行者を魅了する大阪の商店街や市場

レギュラーで出演していたラジオ番組で、大阪ミナミの街がなぜ外国人、とりわけ中国人旅行客に人気なのかを話したことがある。

その際、両親とともに1980年代に来日し神戸の大学を卒業し、大阪と上海を行き来しているビジネスマン、そして90年代から大阪で中国人客のインバウンド向けネット情報発信会社を経営する社長の2人に、以前から懇意にしているのでまず話を聞いてみた。

大阪の街で、何が面白くて、どこに行きたくなるのか。

口をそろえて言うのがミナミであり、具体的なエリアでは「道頓堀」や「黒門市場」。飲食店を中心に小さな店舗がごちゃごちゃっとストリートに集まっている。屋台的とも言えるそういう街の手触りが魅力とのことだ。

特に印象深かったのは、次のような話だ。中国の大都市はここ20年で一気に近代化され、高層ビルに入った巨大ショッピングモールやグルメパークなどが増えた。そういう大規模商業施設に慣れた中国人客にとって、街をうろうろできる大阪の商店街や市場こそが楽しいとのことだ。とりわけ大都市・上海で生まれて育った50代以上の世代にとっては、「店先をのぞいて気軽に買い食いできる飲食店がとても懐かしい」のだそうだ。

プロの料理人の市場である黒門市場に、新鮮な高級魚介を求めてやってくる外国人観光客。ここ数年、中国、韓国、東南アジア諸国からの旅行者が増えている(筆者撮影)
プロの料理人の市場である黒門市場に、新鮮な高級魚介を求めてやってくる外国人観光客。ここ数年、中国、韓国、東南アジア諸国からの旅行者が増えている(筆者撮影)

ここ10年ぐらい前まで、汁そばや粥(かゆ)の食堂、肉まんなどの包子(パオズ)専門店のあった上海の下町がことごとく再開発されたとのことで、「なるほどそういうことか」と思った。再開発とは「ごちゃごちゃとした街場」が「きれいな大規模高層ビル」に様変わりすると捉えて間違いないようだ。

ぶらぶら歩きが楽しめる商店街はまさに「大阪的」

大阪の街はおおかた「商店街でできている」と、よく言われる。

デパートやブランドもののファッションビルが並ぶ心斎橋筋も、くいだおれ太郎やカニやふぐやタコの巨大看板が並ぶ道頓堀も商店街だし、かと思えば、鍋や包丁はじめ「食の道具」に特化した、そこに行けば鉄板もコテもソース入れもはけも、ちょうちんやのぼりも手に入って、明日からたこ焼き屋がオープンできるという、難波の千日前道具屋筋商店街のような「専門商店街」も大阪ならではの商店街だ。

中国人客に人気の黒門市場は、「生鮮食品専門商店街」だ。もともとは地元の料亭や割烹(かっぽう)のプロの料理人御用達の「玄人の店」ばかりである。

170店舗が軒を連ねる黒門市場。大阪の「天下の台所」として発展してきた(撮影:黒岩 正和)
170店舗が軒を連ねる黒門市場。大阪の「天下の台所」として発展してきた(撮影:黒岩 正和)

またマグロ専門店の隣が食堂だったり、その向かいが豆腐屋で隣が喫茶店だったりもするから、大型スーパーに行って肉売り場で肉を買ってその後野菜売り場へ、といった合理性や効率とは無縁だ。「街が凸凹している」という表現がしっくりきそうだ。

中国人観光客の黒門市場でのお目当ては、マグロやエビ、貝をはじめとするシーフードだ。中国の富裕層はとてもグルメで、恐るべき口コミ情報通である。黒門市場に行くとトロのにぎりやエビの串焼き、てっちり(ふぐ鍋)までが気軽に食べられることをよくご存じだ。北新地や東心斎橋あたりのネオン街の飲食店で食べるよりも安くてうまいし、おまけに市場だから新鮮。そういうコストパフォーマンスについて知り抜いている節がある。

大阪の黒門市場のふぐ専門店「みな美」の前で、てっさ(ふぐ刺し)を立ち食いする中国人カップル(筆者撮影)
大阪の黒門市場のふぐ専門店「みな美」の前で、てっさ(ふぐ刺し)を立ち食いする中国人カップル(筆者撮影)

料亭や割烹のプロが買いに来る、ふぐ専門の老舗鮮魚店の店先ではキャンプ用の椅子テーブルセットにカセットコンロを出して、てっちりを食べさせている。お店によると、10年ほど前に「ふぐが食べたい」という中国人グルメ観光客の出現に目を丸くしたが、彼らのニーズをいち早くキャッチし、今ではポン酢で食べるレギュラーのてっちりに加え、スープ仕立ての鍋も用意して彼らに好評だ。このふぐ専門店に30年来の友人がいるのだが、「なかなかうまいで、ダシの味見てみ」と出してくれたのを試食したことがある(彼はまことに大阪人である)。

ふぐ専門店「みな美」では、スープ仕立ての寄せ鍋に使うダシを中国人観光客向けに用意している。ふぐ鍋は本来水炊きでポン酢を付けて食べるが、中国料理にポン酢は使わないのでこのダシの方が喜ばれるという。老舗がこうしたことにトライするのがいかにも大阪らしい(筆者撮影)
ふぐ専門店「みな美」では、スープ仕立ての寄せ鍋に使うダシを中国人観光客向けに用意している。ふぐ鍋は本来水炊きでポン酢を付けて食べるが、中国料理にポン酢は使わないのでこのダシの方が喜ばれるという。老舗がこうしたことにトライするのがいかにも大阪らしい(筆者撮影)

マグロ専門卸では店先にベンチを出してトロのにぎりを、貝やエビの専門店では店頭で焼いている串焼きを立ち食いで、というように店先で食べられるようにコーナーが設けられている。

高級食材であるふぐやマグロをわざわざ黒門へ買い出しに来る料亭や鮨屋といった昔からの客筋の商売人の横で、リッチな中国人グルメ客が新鮮なそれを食べている光景はなかなかシュールだが、結構しっくりきているのが「何でもあり」の大阪ミナミらしい。こういった商売人の柔軟性、サービス精神が、まさにミナミという街に生きる市場の人々から垣間見える「大阪的」にほかならない。

黒門市場に限らず、大阪の商店街の良さはぶらぶら歩いて楽しいことだ。それぞれの商店街に違った表情があって、そのストリートやエリアならではの「地元」な手触り感がある。

私たち地元民にとって、行きつけの商店街に行くことは、いっぺんに何軒もの知り合いの家に遊びに行くような感じで楽しいのだが、外国人やよその街の人にとっては、入場料も拝観料も要らないのに、出来合いの「テーマパーク的観光地」とは比較にならないほど面白い発見がたくさんあるのだろう。

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編集者・著述家。神戸松蔭女子学院大学教授。1958年、大阪・岸和田生まれ。89年、京阪神の都市情報誌「ミーツ・リージョナル」を創刊し、編集長を12年務める。2006年、「編集出版集団140B」を共同で設立。主な著書に『K氏の大阪弁ブンガク論』(2018年、ミシマ社)、『飲み食い世界一の大阪』(2012年、同)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版、2011年)、『街場の大阪論』(新潮社、2010年)など。

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