岩倉使節団:日本近代化の行方を探る世界一周の旅

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泉 三郎 【Profile】

明治維新が実現し、新国家の建設が始まって間もない1871年。新政府のリーダーや官僚、留学生が「新国家の青写真」を求めて海を渡った。この「岩倉使節団」の旅には100人以上が参加し、当時の世界情勢を目の当たりにした。

帰国後の使節団主要メンバーが新政府の方向を決定

この旅は研修合宿のようなものだった。一行は毎日のように議論し学び合うことになり、そこで共有された体験や認識が、帰国後の現実に即した政策決定につながっていった。そうした政策のバックボーンとなったのは、幕末以来、先覚者の佐久間象山や横井小楠が唱えてきた「和魂洋才」の再確認であり、「富国強兵」と「殖産興業」の重要性の再認識であった。それこそが日本が独立国家として生き抜く条件であることを確認し合ったことの意義は大きい。

帰国後、使節団の主要メンバーは留守政府が「征韓論」に傾きつつあった流れを阻止し、内政の充実に注力することに舵(かじ)を切る。そして急進的な動きを避け、段階的に開化を進める方針を明確にし、大久保が中心となって専制的・開発独裁的な手法で新政府を主導していく。木戸、大久保亡き後は伊藤博文が主導権を握り、日本独自の憲法の制定に着手する。新憲法ではキリスト教に代わるものとして天皇を機軸に据えることを決める。その決定にはパリでモーリス・ブロック博士に天皇制を評価されたことや、ウイーンでローレンツ・フォン・シュタイン博士に日本の伝統に基づいた憲法にすべきだとアドバイスを受けたことが大きく影響していた。

日本の近代化をリードした使節団員

明治国家の第1の目標は「独立国家」の樹立であり、それを実現するための具体的な取り組みが幕末に結ばされた不平等条約の改正であった。そのためには、何よりも工業技術の進展や法律制度の整備など日本の近代化が必要だった。こうした変革を進める上で、使節団の団員や随行留学生は大久保や伊藤のリードの下で大いに活躍することになる。ただし西欧化を進める一方で、日本の伝統的な風俗習慣を維持することも大事であることを彼らは忘れていなかった。

殖産興業では炭鉱の近代化にまい進した団琢磨、金銀銅の鉱山開発を行った大島高任(たかとう)。外交では日英同盟成立時の英国大使・林董(ただす)、日露戦争の講和に向けて活躍する金子堅太郎、べルサイユ会議の全権・牧野伸顕(のぶあき)。内治では各地の県知事を歴任した安場保和(やすば・やすかず)、宮内大臣を歴任する田中光顕(みつあき)。教育では学制の実施と教育令の制定に当たった田中不二麿、日本法律学校(後の日本大学)創立の山田顕義(あきよし)、同志社の新島襄、女子英学塾(後の津田塾大学)の津田梅子。ジャーナリズムでは東京日日新聞の福地源一郎。医療では衛生思想を普及させた長與専齋(ながよ・せんさい)などだ。

そして国家の骨格ともいえる欽定(きんてい)憲法や教育勅語の制定では井上毅(こわし)が大活躍した。また、世界的にも珍しいこの旅を記録し、『米欧回覧実記』全5巻にまとめた久米邦武も忘れてはならない。同書は当時の日本人の知的水準と教養の高さを見事に証明するものであり、今日では英訳され西洋文明見聞録の金字塔となっている。

力による覇道には違和感を覚えた明治創業世代

明治初年、日本近代の創業世代は西洋文明の利便性に驚き、その摂取に努めた。が、強欲な利益追求思考にはどうしても馴染(なじ)めなかった。東洋の適欲自足的な価値観とは異なり、仁による王道ではなく力による覇道を求めるものであったからだ。しかし残念ながら、次世代になるとそうした西洋的思想に強く影響されてしまうことになる。そして軍事国家への道を突き進むわけだが、戦後はその猛省から平和憲法を受け入れ今日まで不戦を国是として堅持してきた。

日本は人類の大文明、5000年の歴史を有する中国文明とギリシャ・ローマに起源する西洋文明との双方を併せて摂取し、日本古来の自然尊重思想(神道)と融合させて「和の文明」を創り上げた。現在、世界各地で西欧化が進む中で、今なお天皇を敬い和合の精神を継承している。明治創業世代が真に求めたのもこうした在り方であり、それはグローバル化が進む21世紀における日本の存在価値に他ならない。

バナー写真=岩倉使節団の主要メンバー。左から木戸孝允(副使)、山口尚芳(副使)、岩倉具視(特命全権大使)、伊藤博文(副使)、大久保利通(副使)。サンフランシスコで撮影(山口県文書館所蔵)

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ノンフィクション作家。一橋大学経済学部卒。1935年生まれ。76年より8年かけて岩倉使節団の足跡をたどり、その成果を数々の著作にまとめる。96年、同使節団の書記官・久米邦武が記録した報告書『米欧回覧実記』を輪読・研究する「米欧亜回覧の会」を設立、その代表となる。主な著書に『岩倉使節団——誇り高き男たちの物語』(祥伝社、2018年)、『伊藤博文の青年時代——欧米体験から何を学んだか』(同)、『青年・渋沢栄一の欧州体験』(同)、『岩倉使節団という冒険』(文芸春秋、2004年)など。

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