李登輝が敬礼した男、陳俊郎氏の破天荒人生

歴史

大洞 敦史 【Profile】

92歳になっても夢を追い続ける

捨てる神あれば拾う神ありで、野山を駆ける日々が終わって間もなく、縁あって玩具メーカーのタカラが台湾で営むラジコン製造工場のマネージャーになり、後にヤマハのエレキギター製造工場でも仕事をした。夫人の癌を機に引退して、台北郊外の淡水でレストランを営んだ。再び台南に移り住んだのは夫人を亡くしてからだ。

ところが、それから1年ほどたったある日、陳さんは散歩中に突然意識を失った。後遺症はなかったが、それを機に関廟の家は引き払い、台南市中心部のマンションに移った。息子も台南在住だが、独立心の高い陳さんは今も一人で暮らし、医者の世話にならず、ほぼ毎日卓球教室に通っている。今なお、あるラン科の植物を知り合いの農場で大規模栽培しようという夢もある。

台南二中で培った日本語力、英語力、自然科学への関心、自由を愛する心、それらは陳さんにとって、いわば「心のエンジン」となった。しかしエンジンだけでは飛行機は飛ばない。米国に渡ったときの「I am free」という叫びは、エンジンが翼を獲得した瞬間だった。台湾山脈を駆け巡り、工場経営という新領域にも挑戦し、92歳になった今も夢を燃やし続けている。そんな陳さんに、ぼくも李登輝氏にならい、敬礼を送りたい。

陳俊郎さんと筆者(筆者提供)
陳俊郎さんと筆者(筆者提供)

バナー写真=陳俊郎さん、台南市関廟の自家農園にて(筆者提供)

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1984年東京生まれ、明治大学理工学研究科修士課程修了。2012年台湾台南市へ移住、そば店「洞蕎麦」を5年間経営。現在「鶴恩翻訳社」代表。著書『台湾環島南風のスケッチ』『遊步台南』、共著『旅する台湾 屏東』、翻訳書『フォルモサに吹く風』『君の心に刻んだ名前』『台湾和製マジョリカタイルの記憶』等。

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