『コンビニ人間』で海外でも注目・村田沙耶香:「魔法少女」に変身できない私たちが生き抜くために

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『コンビニ人間』に続く長編『地球星人』が、英語で刊行された村田沙耶香さん。「普通」「常識」の呪縛から逃れて強く生き抜くことを小説で訴えたいという村田さんに、創作の背景や最新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』について聞いた。

村田 沙耶香 MURATA Sayaka

2016年『コンビニ人間』で芥川賞受賞。同作は累計発行部数100万部を突破。1979年、千葉県生まれ。玉川大学卒業。2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞。09年、『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年、『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞受賞。

嫌な男だけど憎めない

村田作品では、主役以外のキャラクターが強烈な印象を残す。物語を書くときには、いつも登場人物の「似顔絵」から始めるという。年齢や性別、髪形や着る服などを思い浮かべ、「その人がどういう子ども時代を送ったか」を想像すると、人物造形が出来上がっていく。日常生活でたまたまそばに居合わせた他人からも、無意識にヒントを得ているそうだ。

「例えば喫茶店で仕事していると、聞こえてくる人の話がひどい女性蔑視だったり、婚活をしていてすごく苦しそうだったり、本音が垣間見えることがあります。そうした人たちの印象を無意識に“冷凍保存”しているんだと思います。書き始めると、冷凍保存されていたいろいろな表情やちょっとした感情の動きが解凍されて、どんどん登場人物の中に入っていく感覚があります」

小さな脇役のつもりで登場させたキャラクターが、重要な役に育つこともある。『コンビニ人間』の35歳のバイト、「白羽」が代表的だ。自分の人生がうまくいかないのは世の中が悪いと恨むばかりで、女性蔑視。客にストーカーまがいの行為をしてクビになる。自らを省みず、主人公を見下す不愉快な男だ。

「最初似顔絵を書いた時には、白羽さんは他のスタッフから虐げられて、同情を誘うようなチョイ役のはずでした。書き出したらすごく性格が悪くなって、メインキャラになりました。日本の女性読者からは、虐げられている白羽さんの気持ちがよく分かるので憎めない、という感想が意外に多いのでびっくりしました。翻訳刊行された海外では、圧倒的に嫌われているので、彼に同情的なのは日本だけです」

世界文学になった『コンビニ人間』

『コンビニ人間』は米英、ドイツ、フランス、韓国、台湾などで翻訳刊行されて注目を集め、村田さんも次々に海外の文芸フェスティバルに呼ばれて「いつ日本にいるの?」と知人に聞かれるほど旅をしていた時期もあるそうだ。いまもトルコ語、アラビア語、ヘブライ語などさまざまな言語で刊行が続いている。

10月には、『地球星人』の英語版『Earthlings』 が米・英国で発売された。

「『コンビニ人間』を翻訳してくれた竹森ジニーさんが、次は『地球星人』がいいのではと言ってくれました。すごくグロテスクな物語だから、翻訳して大丈夫かなあと不安だったのですが。でも、ジニーさんが欧米の出版社にあらすじを送ってくれて、刊行が決まりました」

欧米の出版事情に詳しい知人からは、『コンビニ人間』を読んでくれた海外の読者は一旦(いったん)離れるかもしれないと言われたそうだ。英語圏読者の反応が楽しみでもあり、少し怖くもある。

「『コンビニ人間』のときには、ジニーさんをはじめ、愛情をもって翻訳してくれる各国の翻訳者たちや編集者たちに感動したし、海外読者とコミュニケーションする機会があったことにも感動しました。作品は読まれることで完成すると思っているので、世界の読者に自分の作品が届くことにはいつも感激していますが、書いているときには作家は小説に従うしかないと思っています。作品のための言葉を探して、自分が書きたいように書き続けることしかできません」

2020年9月、東京都千代田区の角川本社で
2020年9月、角川本社(東京都千代田区)で撮影

撮影:花井 智子

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