『ミシュランガイド』がラーメンを認めた理由と、一つ星4名店の極上なる味わい
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「ミシュラン」がラーメンを発見するまで
長年庶民の味として親しまれ、典型的なB級グルメとして愛されてきたラーメン。いまやその味は世界から評価される料理となり、『ミシュランガイド』でも常連のグルメとなった。そもそもなぜ1000円にも満たないグルメが、1食何万円もするフルコースばかりが並ぶ星付き店と肩を並べることができたのか。
1926年に星による格付けを始めた『ミシュランガイド』がアジアに目を向けたのは、『ミシュランガイド東京2008』が初めて刊行された2007年のこと。そして14年には35ユーロ未満の食事を評価するビブグルマン部門で、ラーメンがついに『ミシュランガイド』初掲載を果たす。元祖魚介豚骨系の中野『青葉』や、後に6年連続でビブグルマン掲載を果たす高田馬場『らぁ麺やまぐち』など、東京にある22の実力店が選出された。
翌15年にいよいよ一つ星を獲得したのが、東京・巣鴨(現在は代々木上原に移転)の『Japanese Soba Noodles 蔦(つた)』だ。掲載当時、看板メニューである「醤油(しょうゆ)そば」の価格は850円だった。
「ラーメンは日本が誇る麺文化」
『蔦』が星を獲得するまでの道のりを振り返りたい。創業者の大西祐貴氏(故人)は、元々アパレル業界に従事していたが、海外での仕事を通じて日本食の魅力を再認識する。日本らしい、だしをきかせた世界に通じるラーメンをもっと広めたい。そんな思いから、当時ラーメン店を営んでいた父の下で修行をはじめ、2012年に巣鴨でわずか9席の店をオープン。店の冠には「ラーメンは日本が誇る麺文化」という思いを込めて、『Japanese Soba Noodles 蔦』と名付けた。
開業後も寝る間を惜しんで日々改良を重ね、14年に『蔦』を象徴する「黒トリュフ」を使った究極の醤油ラーメンを完成させる。そして開業から4年あまり、ついにラーメン初となる一つ星を獲得する偉業を成し遂げた。
『蔦』が星付きの称号を得てからというもの、その味を求めて世界中から美食家たちが殺到。その熱はやがてラーメン全体に波及し、もとよりインバウンドに人気だったラーメンは爆発的なブームとなった。
『蔦』をはじめとして、そもそもラーメンという料理が『ミシュランガイド』から評価されたのはなぜなのか。理由について具体的な言及はないが、『ミシュランガイド』自身がその評価基準に素材の質、料理技術の高さ、味付けの完成度、独創性、料理全体の一貫性などを挙げている。ラーメンはこれらの基準に多くの点で適合していると思われる。実際、掲載店はどこも上記の基準を満たし、ラーメンを通して洗練された「料理」を表現している。
美食家も納得する洗練の一杯/東京・代々木上原『Japanese Soba Noodles 蔦』
『蔦』のラーメンを体験するなら、まずは『特製醤油Soba』を試してほしい。国産の丸鶏と香味野菜から抽出した動物系スープに、大量のアサリと昆布から取ったスープ、さらに本枯節(ほんかれぶし)を使った魚介系スープを組み合わせたトリプルスープは、驚くほど深く幾重にも重なるうまみにあふれ、桁違いのおいしさを生み出している。
別皿にはA5黒毛和牛のSUKIYAKIなどをはじめとしたこだわりの具材が添えられ、自家製フランボワーズソースや黒トリュフソースを使えば味の変化を楽しめる。細部にまでこだわった演出でゲストを飽きさせない、まるで和洋折衷のコース料理をラーメンで表現したかのような究極の一杯だ。
『蔦』を語る上であわせて重要なのは「1000円の壁」問題だ。食材や製法にこだわれば原価が上がることになるが、ラーメンにおいては長年、1杯が1000円を超えるのは難しいとされてきた。「ラーメンは安くて手軽なB級グルメ」と捉えている人がほとんどだからだ。ラーメンを数百円で食べていた人からすれば、1杯1000円以上のラーメンなどあり得ない。そんな常識が値上げに踏み切れない要因となっていた。
そんな中『蔦』 は、2019年の代々木上原への移転を機にメニューを一新。普通のラーメンが一杯1300円、最も高いメニューはなんと3550円という、それまでの常識を覆す強気の金額設定で勝負を挑んだ。一部では星付き店ゆえのおごりだと批判する声も上がる中、人目をはばからず自ら壁を超えることで他の店が後に続く足掛かりとなった。本来、作り手が作りたいものを作る理想の姿を『蔦』は体現して見せた。今や1杯の価格が1000円を超える店も珍しくなくなりつつある。壁が崩壊する日もそう遠くはなさそうだ。
幾層ものうまみを味わえる担々麺/東京・大塚『創作麺工房 鳴龍』
『蔦』の歴史的快挙をきっかけにして、次々と星付きのラーメンが誕生していく。『蔦』が星を獲得した翌年にあたる2017年には、東京・大塚の『創作麺工房 鳴龍(なきりゅう)』が一つ星を獲得した。
『鳴龍』の代名詞といえば酸味のきいた「担担麺」。スープの表面を自家製芝麻醤(ジーマージャン)とラー油が覆い、その下には醤油スープが隠れている二層構造が特徴だ。食べ進めるうちにそれらが混ざり合い、絶妙なピリ辛まろやかスープへと変化していく。鶏、牛骨、野菜など10種類以上の食材からだしをとったスープをベースに、黒酢とリンゴ酢のさわやかな酸味が主張する。
担々麺といってもほどよい辛さで、「担々麺は辛くて苦手」と敬遠する人でも、安心して食べられる。よりスパイシーさを求めるなら卓上の花椒をふりかけると良いだろう。
5年連続星獲得の名店/東京・新宿『SOBAHOUSE 金色不如帰』
さらに翌2018年には、東京・幡ヶ谷(現在は新宿に移転)の『SOBAHOUSE 金色不如帰(こんじきほととぎす)』が一つ星を獲得する。その後、22年まで5年連続で掲載を果たした実力店だ。
『金色不如帰』はうまみの重ね方に定評がある。「そば(醤油)」は、鴨(かも)をベースに丸鶏と牛肉で仕上げた動物系スープ、蛤(はまぐり)スープ、和風だしの3種類を合わせたトリプルスープで仕上げていく。芳醇(ほうじゅん)な香りの黒トリュフソースと赤ワインのマリネをレンゲの上でゆっくりと溶かしながら食べれば、また違う味わいを二度楽しめる。
そんな『金色不如帰』は24年5月、全メニューの味を一新。リニューアル前に比べて、うまみの強さ、うまみの構成、脂感、香りの広がりをさらに突き詰めた。星付きの称号を得た今もなお、常に味の改良に余念がない。
タレを使わない「非常識な」一杯/東京・東銀座『銀座 八五』
最新の星付きラーメン店は2021年に一つ星を獲得した東京・東銀座の『銀座 八五(はちご)』だ。フレンチの世界で40年にわたって腕をふるってきた松村靖氏が手がけるラーメンは、伝統的なラーメンの製法に一石を投じた「非常識な一杯」として知られる。従来のラーメン界にはなかった斬新な発想を持ち込み、後に続く多くのラーメン職人に影響を与えた。
ラーメンは通常、「カエシ」と呼ばれるタレで味を決めるが、『八五』はタレを一切使わず、フレンチの技法を用いたブイヨンだけのスープを用いるのが特徴だ。そこに名古屋コーチンと鴨をベースに干し椎茸(しいたけ)やドライトマトなどの野菜類を加え、プロシュートで風味と塩味をつける。分厚い黄金スープは、芳醇な香りで口当たりまろやか。素材のうまみが五臓六腑(ろっぷ)に染み渡る。
『ミシュランガイド』で星を獲得したのは、ここまで紹介してきた4つのラーメン店だけだ。そのすべてが東京に集中しており、それ以外の都市ではビブグルマンはあっても、星の獲得はまだない。
『ミシュランガイド2024』においてビブグルマンだけを見れば、東京版が19店、関西版が17店と、東西の掲載店数はジワジワと近づいている。筆者の感覚としても、ビブグルマンに8年連続選出されている京都・修学院の『らぁ麺 とうひち』や行列の絶えない大阪・中津の『麦と麺助』など、星を獲得しても不思議のない実力店がいくつも存在している。
24年10月22日に発売される『ミシュランガイド東京2025』で、東京で五つ目の星付きラーメンが誕生するのか、はたまた東京以外のエリアで初の星付きラーメンが誕生するのか。果たして結果はいかに。
バナー写真:『Japanese Soba Noodles 蔦』の「特製醤油Soba」。3000円という価格が話題となった 撮影:山川大介