首都直下地震、"水難民" を生まないために考えるべきこと

予測される首都直下巨大地震 1400万都民の「水」は大丈夫か─“水難民”大量発生も:放置された浄水場の耐震強度不足(1)

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普段は水道の蛇口をひねるだけで簡単に手に入る「水」。だが、ひとたび大きな災害が起きれば、それは貴重な「命綱」となる。人口約1400万を擁する世界有数の巨大都市・東京で、もし大規模な首都直下地震などにより水供給がストップしたら、そのとき、私たちはどうなるのだろうか。国や東京都から出されている報告書や計画を読み解いていくと、東京の水供給の“要”となる浄水場の耐震性に大きな懸念がある実態が見えてきた。

浄水場の耐震化率は東京が全国ワースト

200人を超える人々が犠牲となった1月1日の能登半島地震。家屋の倒壊や津波による被害のすさまじさは、改めて地震災害の恐ろしさを人々の胸に刻みつけた。

もう一つ、今回の災害で人々の生活に大きなダメージを与えたのは断水だ。浄水場の破損や水道管の断絶などによって石川県内の広範囲(16市町・約11万戸)で断水が発生。避難者は飲み水の確保にも苦労し、トイレや洗濯、入浴なども制限される事態となった。3月下旬時点でも一部で断水が続いており、復旧が4月以降になる地域もあるとみられている。

2011年の東日本大震災でも、19都道県の約257万戸で断水が発生しており、大地震の際の水供給の確保は大きな課題となっている。

東京も当然、この問題と無縁ではいられない。政府の地震調査研究推進本部・地震調査委員会は、マグニチュード7クラスの首都直下地震が今後30年以内に70%程度の確率で発生すると予測している。1923年に発生した関東大震災はマグニチュード7.9と推定されており、同規模の地震が再び首都圏を襲う可能性は十分に考えられる。

東京の水インフラは首都直下地震に耐えられるのか。そのことについて調べていると、気がかりな情報に行き当たった。厚生労働省が2024年3月に公表した「水道事業における耐震化の状況」(22年度)によると、東京都の浄水施設の耐震化率は13.2%。なんと全都道府県中ワースト1位で、全国平均の43.4%をはるかに下回る。人口規模が突出して大きい東京がこんな状況で、本当に大丈夫なのか。私たちは浄水場について集中的に取材を進めることにした。

都民への水供給を担う東京都水道局が運営する浄水場の規模は他府県に比べても大きく、とりわけ利根川・荒川水系を水源とする4浄水場は国内有数の規模を誇る。

浄水場 所在地 1日当たり処理能力
朝霞 埼玉県朝霞市 170万m3
金町 東京都葛飾区 150万m3
東村山 東京都東村山市 126.5万m3 (一部は多摩川水系)
三郷 埼玉県三郷市 110万m3

東京の浄水場

東京都が想定する1日の平均配水量が440万m3なので、それぞれの処理能力が100万m3を超えるこの4カ所が果たす役割がいかに大きいかがうかがい知れる。

都水道局が2021年に策定した「東京水道施設整備マスタープラン」(以下、マスタープラン)や「東京水道経営プラン2021」では、これら4浄水場についても耐震化を進めているとうたっている。逆にいえば、現時点では耐震性が足りないとも解釈できる。取材を進める中で、水道局に在籍した経験があり、浄水場の構造に詳しい元東京都幹部職員から、驚くべき情報がもたらされた。

「実は、これら4カ所の浄水場内の複数の施設で、耐震性が大幅に不足しています。都民への水供給の約80%は、都の北側を流れる利根川・荒川水系によって支えられており、この4浄水場は規模の大きさからいっても、いわば東京の水供給の “要”。もし、今、マグニチュード7クラスの地震が首都圏を直撃し、これらの浄水場が破損して停止するに至ったら、都民への水供給に深刻な影響が出ることが予測されます」

元幹部職員も驚いた「ボトルネック」の耐震性不足

東京都水道局は2011年の東日本大震災後も含め、過去に民間の専門業者に委託した浄水場の耐震診断を行ってきた。「レベル2地震動」という、その地域で起こり得る最大の地震動の波形を使ったシミュレーションで、浄水施設の各構造物がどの程度耐えられるかを調査している。

この元幹部職員によると、その結果は水道局内でも診断を実施した建設部など限られた部署内でしか共有されず、他の部署では閲覧することさえできなかった。不審に思った元幹部職員は、局内の人脈を駆使し、非公式なルートで診断結果の一部をなんとか入手した。データを目にしたときは、思わず息をのんだという。

「これは完全にアウトだろう……と、血の気が引きました。水道局内でも極秘扱いとされたのは、診断結果が予想をはるかに超えて惨憺(さんたん)たるものだったため、『これが表に出たらマズい』という意識が働いたのではないでしょうか。それほど衝撃的な内容だったんです。ほとんどの浄水場では、沈殿池やろ過池などは複数の系列で構成されています。そのため、一部の箇所が損壊などにより停止した場合でも、正常な系列のみで処理量を調整して浄水場としての機能を継続できるようになっています。一方で、系列が1つか2つしかなく、ここをやられたら浄水場の機能全部が駄目になる『ボトルネック』とも呼べる箇所がいくつかあるのですが、それらの耐震性能の数値がかなり低いものが少なくなかったのです」

ちなみに、この話に出てくる沈殿池とは、薬剤によって凝集した原水の濁りを沈殿させて取り除く池のこと。それに続くろ過池は、砂や砂利の層を通すことで水をきれいにする施設だ。

必要な耐震性能の3分の1にも満たない箇所も

元幹部職員が把握しているだけでも、朝霞、金町、三郷の3浄水場の「ボトルネック」と呼べるような施設で耐震性能の不足が見られたという。

たとえば、都の施設では最大の処理能力を誇る朝霞浄水場の地下にあり、川から引いてきた水を地上にくみ上げる「原水ポンプ所」。荒川の取水堰(ぜき)から引いてきた原水を地下30メートルにある原水渠(きょ)を経由して朝霞浄水場にくみ上げるとともに、東村山浄水場に原水を送水することもできる、最も重要な機能を持つ施設だ。

浄水場の仕組み

「原水ポンプ所の地下部では耐震性を満たしていない箇所が複数あり、特に原水の通り道である原水渠の耐震性はかなり低かった。もしマグニチュード7クラスの地震で原水渠が破損するようなことになれば、川から引き入れた水を浄水の工程に移すことも、東村山浄水場に送水することもできなくなります。その結果、東京都の水供給量が一気に落ち込んでしまうことになるのです」

私たちが関係者に取材して得た情報によると、朝霞浄水場の原水ポンプ所では、必要な耐震性能基準の3分の1にも満たないほどのかなり低い数値を示す箇所もあったという。元幹部職員が懸念する事態は、十分に起こり得ると考えざるを得ない。

金町浄水場と三郷浄水場もまた、深刻な欠陥を抱えていることが分かった。

金町浄水場には、川から水を取り込む2基の取水塔がある。それぞれ1941年と64年完成の歴史的建造物で、耐震診断の結果、いずれも耐震性に問題があると分かった。川からの原水の取水ができなくなるという点は、朝霞の原水ポンプ所の問題と共通している。沈殿池、ろ過池といった敷地内の施設の多くでも規定値より低い耐震性能しか有しておらず、取水塔同様、耐震化の対象施設となっている。

金町浄水場 取水塔
金町浄水場 取水塔

三郷浄水場でも、1系統しかない原水ポンプ所をはじめ、沈殿池などの耐震性能が低いことが判明。元幹部職員によれば、導水路及び配水池とポンプ井の連絡管などの接合部では耐震診断こそ実施されていないものの、構造上、大きな揺れに耐えられず、ずれや抜け出しにより漏水の恐れがある箇所が複数あるという。実際に東日本大震災による震度5強の揺れで同浄水場の導水路接合部では大規模な漏水が発生し、水路を停止しての復旧工事を実施している。

複数の浄水場停止で「水難民」発生の恐れ

このように、それぞれの浄水場がリスクを抱えているが、「最悪のシナリオ」は、これらの4浄水場のうち2つ以上が、同時に使えなくなる事態だという。元幹部職員は次のように語る。

「4つの浄水場のうち1カ所が駄目になったら、給水所への送水系統を切り替えて他の浄水場からのバックアップで対応するでしょう。都内の一部では断水や給水圧力の低下も考えられるが、最悪、応急給水車を出せばなんとかなるかもしれない。しかし、もし4浄水場のうち2つ以上の浄水場が同時に稼働できなくなったら……。規模の大きさから見ても復旧は長期に及ぶ。今回の能登半島地震のように他の自治体から応急給水車などによる助けを受けられるとしても、人口が圧倒的に多い都民への長期的給水の継続は極めて難しい。都民は被害の少ない東京都以外の地域に水を求めて避難せざるを得なくなるでしょう。でもそれほどの被害が出ている状況で、場合によっては数百万人になるかもしれない避難民を受け入れる余力が、近隣の自治体にあるのでしょうか」

それでも震災直後にはまだ応急手段がある。災害時に備え、東京都内には213カ所、およそ半径2キロメートルの距離内に1カ所の割合で「災害時給水ステーション」が設けられているのだ。地下に設置された応急給水槽に水道水が貯蔵されており、非常時にはここに容器を持っていけば、成人が1日に必要な飲料水の量とされる3リットルの給水を受けられることになっている。ちなみに、3リットルはあくまで飲料水の量なので、洗濯やトイレなどに使う水の量は含まれていない。

こうした施設やその他の水道施設などに貯蔵されている水量は、1400万人の都民の3週間分以上だという。しかし元幹部職員によれば、震災による火災の初期消火で使われたり、漏水により一部が失われたりすることも考えられるので、実際に想定通りの期間使用できるかは分からないという。もし、浄水施設の復旧がそれより長期化するような事態になれば、都民は文字通り、干上がってしまう。近隣自治体での避難民受け入れも追いつかなければ、行き場を失った大量の「水難民」が発生するという未曽有の事態を招きかねない。

都の被害想定が明記しない「復旧期間」

復旧の長期化は現実に起こり得る。能登半島地震では浄水場の損壊や水道管の断絶によって多くの地域で水の供給が断たれ、石川県珠洲市や七尾市の一部地域では水道の仮復旧に最大で3カ月以上を要するとされている。

外部の識者らでつくる「東京都防災会議」が2022年5月に公表した「首都直下地震等による東京の被害想定」によると、都心南部直下地震では、水道管路の断絶による断水からの復旧におよそ17日を要すると想定している。ところが、この日数の算定はあくまで都内の地下を網の目のようにつないでいる水道管の断絶を想定したもので、浄水場などの被災は計算に入っていない。

浄水場などが被災した場合については、〈被災状況により、被害が大幅に増加し、復旧期間が長期化する可能性がある点に留意する必要がある〉とだけ記述され、具体的に復旧に何日かかるのかは一切書かれていない。「長期化」とは、いったいどれほどの期間なのか。元幹部職員はこう予測する。

「朝霞浄水場を例にとると、もし地下30メートルにある原水渠がダメになったら、掘削を伴う大規模な復旧工事が必要になるかもしれない。水道以外のインフラにも被害が出ていれば、工事業者や資材の確保も難航が予想されます。朝霞浄水場の原水渠に限らず、規模の大きな浄水場の各施設の完全復旧には数カ月、場合によっては1年以上を要するかもしれません。こうしたことを正直に書くとあまりにも都民に与える衝撃が大きいので、都の被害想定では記述を避けたとも考えられます」

人口の多い東京都で長期間、水供給がストップすれば、その影響は能登半島地震の比ではないだろう。水を求めて避難生活に入らざるを得ない人々も出てくるだろうが、元幹部職員も指摘するように、それだけ多くの人口を受け入れる余裕が果たして他の自治体にあるかは疑わしい。また、多くの企業の本社機能が集中する東京が長期間にわたって人が住めない環境になれば、日本経済全体、さらには世界経済にも大きなダメージを与えることになる。被害対策に追われる政府や官庁、国会が機能しなくなる恐れもある。

こうした恐るべき事態を避けるために、東京都はどう対応してきたのか。私たちは水道局の担当者に聞いてみた。

(第2回に続く:2030年でも未完了…東京都を取材「なぜ浄水場の耐震化は進まないのか」

東京都の4大浄水場の耐震性が不足している主な設備

  • 東京都水道局への取材に基づき作成
  • ▼は損壊すると浄水場全体が停止する可能性がある「ボトルネック」的な施設。関係者の取材に基づき編集部で記入

〈朝霞浄水場〉

診断箇所 耐震診断実施時期 耐震化工事完了予定
▼原水ポンプ所(地下部) 2013年6月 2030年度以降
▼急速混和池 2004年3月 2024年度
原水渠 2004年3月 2030年度以降
フロック形成池・沈殿池 2004年3月 2030年度以降
管廊(一部は耐震性あり) 2004年3月 2030年度以降
▼洗浄排水池・排泥池 2004年3月 2030年度以降
▼薬品処理所 2013年3月 2030年度以降
沈砂池 2013年6月 2025年度
連絡水渠 2013年6月 2025年度
伏越水渠 2013年6月 2025年度
接合井 2013年6月 2025年度
引入水路 2013年6月 2030年度以降
塩素混和渠 2017年2月 2030年度以降

〈金町浄水場〉

診断箇所 耐震診断実施時期 耐震化工事完了予定
▼取水塔 2004年3月 2028年度
▼引入管(場外部分) 未実施 2026年度
沈殿池 2004年3月 2030年度以降
高度浄水ポンプ所 2005年3月 2026年度
ろ過池(一部は耐震補強済み) 2003年3月 2030年度以降
配水池(一部は耐震補強済み) 2002年3月、2003年3月 2030年度以降

〈三郷浄水場〉

診断箇所 耐震診断実施時期 耐震化工事完了予定
▼原水ポンプ所 2016年3月 2027年度
▼導水路 2004年11月 2025年度
沈殿池 2004年11月 2030年度以降
オゾン処理所 2004年11月 2030年度以降
活性炭吸着池 2004年11月 2030年度以降
共同溝(一部は耐震性あり) 2004年11月 2030年度以降
▼洗浄排水池 2004年11月 2030年度以降
洗浄排水ポンプ所 2004年11月 2030年度以降
排泥調整池 2004年11月 2030年度以降
送水ポンプ所 2016年3月 2030年度以降

〈東村山浄水場〉

診断箇所 耐震診断実施時期 耐震化工事完了予定
▼着水井 2003年3月 2030年代以降※
▼接合井 2003年3月 2030年代以降※
沈殿池導水施設(一部は耐震性あり) 2004年3月 2030年代以降※
▼急速撹拌池 2004年3月 2030年代以降※
フロック形成池・沈殿池(一部は耐震補強済み) 2004年3月 2030年代以降※
▼分水井 2004年3月 2030年代以降※
▼洗浄排水池 2004年3月 2030年代以降※
洗浄ポンプ所 2004年3月 2030年代以降※
排泥池 2004年3月 2030年代以降※
汚泥濃縮槽 2004年3月 2030年代以降※
加温槽 2004年3月 2030年代以降※
▼高架水槽 2004年3月 2024年度以降
揚水ポンプ所 2004年3月 2030年代以降※

※代替施設である境浄水場の再構築及び上流部浄水場(仮称)の整備完了後の更新時に対応

取材・文:POWER NEWS編集部

バナー写真 : 金町浄水場空撮(時事)

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