羽田で訪日客に先端医療—藤田医科大学:最新の治療、最高のホスピタリティで富裕層狙う
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空港近くで医療渡航者年間6000人を受け入れ予定
最先端の日本の医療を世界に向けて展開する拠点「藤田医科大学東京 先端医療研究センター」が2023年10月2日、華々しく誕生した。
場所は、“空の玄関口”羽田空港の近く。延床面積およそ7500平方メートルと大学病院としてはそう大きくないが、上質な内装や調度品、広々とした個室待合など、すみずみまで日本らしいホスピタリティが表れる。
ここで患者を受け入れるのは、医師のほか、看護師や医療技師、事務員合わせて80人体制。6つの診療科を設け、日本ではまだ公的保険が適用されていない高度医療も提供する。
例えば、がんゲノム医療では、がん組織の遺伝子を調べることで、早期診断や再発診断、効果的な治療薬の選択が可能になる。再生医療では、抽出、培養した幹細胞を体内に戻して組織や機能の再生を図る技術により、膝や靭帯、眼の角膜や網膜、子宮内膜を修復。さらには、受精した卵子を培養する胚培養技術など、最新の不妊治療にも力を入れる。
リハビリテーションや精密健診・検診では最新の技術を駆使する。本院である藤田医科大学病院が企業と共同開発したリハビリテーションロボットや、磁場により神経や筋肉を刺激して治療を促す最新の磁気刺激装置を活用したリハビリを実施。健診・検診では、短時間でより高画質な画像を撮影できるPET/CT装置や、立ったまま自然体で撮影できるCTなど、国内に数台しかない日本製の医療機器を導入した。
診療部門の責任者である榛村重人(しんむらしげと)・副センター長は開業に際し、「患者の医療の選択肢を増やしたい」と意気込み、「開業から3年で年間1万8000人の利用を見込み、そのうち6000人ほどが海外からの患者になる予想」と語った。いずれにせよ、医療渡航者の日本での受け入れ規模としては、かなり大きなものになるに違いない。
本院ではがんの標準治療が人気
もともと藤田医科大学の本院は、外国人患者の受け入れ先として際立つ存在だった。
愛知県豊明市の藤田医科大学病院は、診療科が26科、病床数1376床と単独の医療施設では日本最多。基幹病院として地域医療にも貢献してきた。
藤田医科大学病院の村上智紀・国際医療センター部長はこう説明する。
「愛知県にはトヨタ自動車の関連会社が点在していて、そこで働く多くの外国人やその家族を患者として受け入れてきた歴史があります。医療渡航者が増えてきたのは2015年あたりからです。訪日旅行者の増加とともに、医療ツーリズムも注目されるようになったのでしょう。在留外国人に医療を提供してきた長年の経験があったので、渡航者も積極的に受け入れるようになりました」
初めは数人程度だった渡航者は徐々に増え、コロナ禍前の2019年には700人ほどが海外から来院したという。
「当院は、中国からの渡航者が9割を超えています。地理的な近さに加え、渡航支援のエージェント業が発展しているからだと思います。ほかにはベトナムからの患者が目立つぐらいで、国籍はバラバラです」
藤田医科大学病院への医療渡航ニーズで特に大きいのは、がん治療だ。ただし意外なことに、先進医療ばかりでなく、手術や抗がん剤薬などによる薬物療法といった標準治療を受ける患者が多い。日本では当たり前のそうした治療をわざわざ中国から受けに来るのはなぜなのか。村上さんはこう考える。
「中国では病状や治療方針を詳しく説明する習慣があまりなく、また、看護にきめ細やかさが欠けることもあり、自国の医療に不信感を抱いている人が多いようです。日本の病院はホスピタリティがしっかりしているので、安心感から日本での治療を選ぶのかもしれません」
さらに、リハビリを受けに来る患者も多い。中国では、リハビリテーション医療があまり発達していないこともあり、藤田医科大学が得意とするリハビリテーションロボットや最新の装具を使った先進的なリハビリに対するニーズが強いのだ。
特別な受け入れ体制によるスムーズな医療
言葉や習慣が異なる外国人患者を年間700人も迎え入れることができたのは、藤田医科大学病院が医療渡航のために特別な体制を整えているからだ。
窓口となるのは、村上さんが部長を務める本院内の専用の診療拠点「国際医療センター」。専任の医師に看護師は5人、中国語や英語に対応できる医療通訳も配置され、スムーズに医療を提供している。
受診希望者から問い合わせがあると、まず患者の信用情報や現地での診療情報の提供を受け、通訳を交えてウェブ会議方式で医師が患者から聞き取りした上で、診療内容や医療費、諸費用の概算を提示。患者がそれに合意すれば費用を支払い、治療日程を調整して来日。治療開始となる。
「問い合わせのうち約7割の診療が実現しています。治療後は、例えばがん治療なら経過観察のための検診などフォローアップが必要になりますが、引き続き日本でという人も、それは自国で受けたいという人もいるので、患者と相談しながら決めています」(村上さん)
同院では2015年の医療渡航の取り組み開始から、診療書類のフォーマットを整えるなど、受け入れ体制の改善を続けてきた。だが、トラブルが起こることもあるという。
「最も多いのが、費用に関するトラブルです。事前の見積もり通りに治療が進まないケースでは、追加料金でクレームにならないよう患者に確認するなど気を使います。また、入院費用に必ず含まれる入院基本料に不服を唱える人もいます。ただ、私たちは前払い方式で患者を受け入れているので、近年、問題となっている医療費の未収はほぼ起こっていません」(村上さん)
文化の違いもトラブルの原因になる。
「病院食が口に合わないというのは、よくあることです。以前、『辛いものが食べたい』と自身で病室に持ち込んだ患者がいて、部屋中に匂いが充満して困りました。中国では、入院すると家族総出で付き添いする習慣があるようで、大人数で騒がしくして周りの患者の迷惑になるというトラブルもたまに起こっています」(村上さん)
ほかにも、通訳がうまくいかないことによるコミュニケーションの摩擦など、国を超えて医療を届けることはそう単純ではない。それでも藤田医科大学病院が医療渡航の推進に力を入れるのは、こうした理由からだ。
「医療者として純粋に、ただ患者の病気を治したいという思いがあります。日本人に対しても、外国人に対してもそれは同じことです。国際社会の発展に向けて、また国際協力の一環として、世界に開かれた医療提供体制を作り上げていかなければと思っています」(村上さん)
そうした志のもと藤田医科大学病院で蓄積してきた医療渡航者受け入れのノウハウは、開院したばかりの先端医療研究センターにも活かしていく。村上さんはこう言う。
「来日前の診療情報のやり取りや医療相談など、医療渡航者を受け入れる際の一連の流れは、先端医療研究センターでも取り入れます。通訳が院内の案内役を兼ねるようにしたのも、本院のこれまでの経験からです。今後は本院と先端医療研究センターの両輪で、来日患者の治療に対する期待を精一杯受けとめていきます」
バナー写真:国産の手術支援ロボット「hinotori」による遠隔手術の研究などを行う設備
取材・文:杉原由花、POWER NEWS編集部
撮影 : 横関一浩