「ないなら自分たちでつくっちゃえ!」: 不登校30万人時代 当事者たちがつくる“学びの場”
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「学校」という名のプロジェクト
毎週月曜日、東京都渋谷区のYCC代々木八幡コミュニティセンターの一室は “小さな学校” になる。
「メニューはおにぎりと豚汁に決まり。値段はいくらにしようか」
「何番テーブルまでつくる? イスは何個置く?」
「配膳、注文、会計のリーダーを決めよう」
30畳ほどの和室で座卓を囲み、大人と子ども7人が数週間後の子ども食堂の進行を話し合っていた。「こんな感じでどう?」。小学4年生のKくん(10)がiPadを使ってチャチャッとおにぎりと豚汁のイラストを描いた。子どもたちはみな、タブレットやパソコンを操作しながら話し合いに参加している。
わが子の不登校に悩む親たちが2023年2月に立ち上げた「みんなのプロジェクト学校(みんプロ)」のクラス風景だ。メンバーは小学3~5年の3人とその保護者、様々な縁でつながる支援者たち。毎月、何らかの「プロジェクト」を企画し、子どもたち自身の手でつくり上げていく。
昨年5月には地域のお祭りに「子ども屋台」を出店した。
「射的の的まで何メートルが適当?」
「1回いくらで何発撃てるようにする?」
子どもたちは実演しながら細かな段取りを考えた。夏休みは小中学生対象の動画コンテストに挑戦。1日に小説6冊、漫画8冊を読み、中島敦の『山月記』がお気に入りというフミちゃん(11)が台本を書き下ろした。
12月のクリスマスは子どもたちがサンタになり、区内の乳児院にプレゼントを届けた。みんプロが始まったばかりの頃、Kくんとフミちゃんとで施設を訪れて子どもたちが欲しいものを事前リサーチし、屋台の出店などでコツコツ費用を貯めて買ったものだ。
毎週、会議の後は遊びの時間だ。広い和室で探検ごっこをしたり、即興劇をしたり。様々な職業や経歴の大人がクラスに飛び入り参加することも多い。「ここでは学校でできないことができる。1つプロジェクトをしたら、もっとやりたくなる」とKくんは言う。
「みんプロ」誕生のきっかけは、2年生の頃に始まったKくんの不登校だった。「幼い時から繊細で、友だちが怒られているのを見て自分ごとに感じ傷つくような子だった」と母親の中原真理さん(39)は言う。読み書きの「書く」ことが苦手で、授業では答えが分かっても書けずに苦しんだ。2年生で男性教諭が担任になると、学校に行くのが怖くなってしまった。3年生の時は半年ほど通学できたが、4年生で再び難しくなった。「友だちも勉強も好きだけど、大勢の中で行動するのが難しい。学校という枠組みにどうしても合わなかった」。登校できる日は付き添いながら、真理さんは学校に代わる場を探し始めた。
親子を救った「苦手なら無理に行かなくていい」
同じ時期、違う学校に通う川合華暖さん(9)も苦しい時を過ごしていた。「娘さんは1日に10回もトイレに行き授業になりません」。1年生の1学期半ば、母親の真実さん(52)は担任からそう告げられた。2学期には教室に近づくと過呼吸のような状態になり、廊下に机を出して授業を受けるように。それも難しくなると少し離れた空き教室で母と一緒にプリント教材を解いた。新型コロナウイルスの感染が広がり、空き教室も使えなくなると、母子で居場所を求めて校舎内をさまよい、最後は校庭で時間をつぶした。
「当時は『学校に行かなければ』の一心だった。他の子どもたちが授業を受けている時、校庭には私たち親子だけ。みじめな気持ちでした」(真実さん)。華暖さんの状態は次第に悪化し、夜眠れなくなり、最後は足に力が入らず立てなくなった。原因を探していくつも病院を受診し、4カ所目の病院で小児科の心理士から、「学校が苦手なら無理に行かなくていい。娘さんに合った生き方をさせてあげて」と言われて、初めて救われた気持ちになったという。
幼稚園の時の華暖さんは、体操が得意な活発な子だった。ある平日の昼間、2人で公園で遊んでいると華暖さんが言った。「ママ、学校に行けなくてごめんね」。真実さんは「あなたが元気でいるだけでうれしいよ」と返しながら、どうすれば娘が元気を取り戻せるかと途方にくれた。
そんな親子たちが、小学校低学年を受け入れる数少ない都内のフリースペースで出会い、思いを共有するようになった。学校に行けなくても勉強はしたい、体を動かし友だちと遊びたい。学校の外に活動を通じた学びの場がないものか──。教育支援に取り組む渋谷区議の神薗麻智子さん(44)に相談すると、「行政による解決は時間がかかるし限界もある。サポートするので自分たちで居場所を作ってみては?」と提案された。
「夢の運動会」で1周年を祝う
「そうか、ないなら作っちゃえばいいんだ」。目からウロコだった。「集まって遊ぶだけでもいい。親たちも孤独から解放される」。まず3組で不登校のきっかけになりがちな月曜日に集まろうと決めた。中原さんは「凸凹ママ」のアカウントでTwitter(現在はX)にこう投稿した。
「学校に行きたいけど行けない子。勉強したいけど、LDや様々な要因があり学校での勉強方法が合わない子...(中略)…学びの場をつくりたいと思っています!」
「毎週月曜日10時から17時までの間、楽しく優しくおもしろく勉強を伝えてくれる方、見守ってくださる方、午後から一緒に遊んでくれる方、ボランティアの方募集しております」
数日後、特別支援学校の非常勤講師、近藤美和さん(50)から「お手伝いします」とメッセージが届いた。もとは中高一貫校の英語教諭で、情報通信技術を学習に活用するICT教育に興味を持って転身した人だ。無料のデザインツールCanvaを使う教育者グループに入っており、Canvaを使った創作が活動に加わった。子どもたちはすぐに技術を覚え、KくんはTwitterを通じて名刺の作成を人から頼まれるまでになった。
発足から1年。2月25日には「夢の運動会」を渋谷区立原宿外苑中学校の体育館で開く。きっかけは「楽しい運動会に参加してみたい!」という子どもたちの声だ。パン食い競争、恐竜の着ぐるみレースなどの種目は子どもたちで決めた。SNSや周囲への声かけでサポーターを募ると、高校生や学校の先生ら20人ほどが手を挙げた。東京都の助成も得て参加対象を「すべての子ども」に拡げ、60〜80人の参加を見込む。
「声を上げたら想像以上にたくさんの人が不登校を理解し、応援してくれた」と中原さんは言う。昨年末には同じ悩みを抱える区内13家族で「親の会」をつくった。「学校に行くのがつらい子どもや保護者はどうか1人で悩まないで。ここには同じ痛みを共有する親子がいて、支えてくれる応援団がいる。学校に行かなくても多くを感じ、学び、自分の『好き』を見つけるきっかけがある」(中原さん)。
ただ、不登校の子どもたちが抱える困難はさまざまで、見知らぬ人とのコミュニケーションや大勢いる場所が苦手な子もいる。「その場合はオンラインや、その子を理解してくれる大人に個別につなぐ方法もある」と、「親の会」結成を手伝った渋谷区議の神薗さんは言う。前職で教育支援企業に勤め、20年近く教育分野に関わる神薗さんは、様々な親子の相談を聴くうち、学校の枠組みだけで解決するのは限界に近いと感じるようになったという。
神薗さんは、「子どもの特性に合わせて学びの場を選択できる環境を整える。そんな社会変革への要請を、子どもたちは不登校を通して伝えようとしているように思えてならない」と話す。
学校や地域とオンラインで連携も
文部科学省が公表した2022年度の「児童生徒の問題行動・不登校調査」では、約30万人の不登校児童・生徒のうち、4割近い約11万人が教育支援センターなどの専門機関から何の支援も受けていなかった。
教育支援に取り組む認定NPO法人「カタリバ」が、昨年10~11月に行った不登校に関する実態調査でも、教室で過ごし、みなと同じことをしているが、心の中で学校が嫌だと感じている「形だけ登校」を含む「不登校傾向にある生徒」は41万人と推計された。日本財団による5年前の同趣旨の調査より26%増えていた。
カタリバの今村久美代表は「中学生の約5人に1人が不登校か不登校傾向にあり、学校に対する子どもや保護者の考え方も変化している。多様な学びの受け皿を準備し、地域で不登校対策に取り組む必要がある」と話す。
「多様な受け皿」の1つが、カタリバが2021年に始めたオンラインの不登校支援プログラム「room-K」だ。メタバース(仮想空間)上の子どもたちの居場所であり、学びの場であると同時に、子どもと保護者に専任スタッフが付き、家庭に伴走することを大切にしている点が特徴だ。ただプログラムを提供するだけでなく、一人ひとりに合った学び方や社会とのつながり方をスタッフが一緒に探し、学校や教育支援センターなどと日常的な連携も行う。
スタッフの白井さやかさんは、「オンラインとリアルの教育現場では子どもの姿も支援の見立ても変わってくる。両者が家庭を真ん中に連携できたら、学びにつながる方法を考えられるかもしれない」と言う。
room-Kは行政と連携し、公的な支援の枠組みで行っており、現在は提携する自治体を通じてのみ利用できる。「既存の支援が行き届かない家庭に関する情報や資源をいちばん持っているのは学校。行政と連携することで必要とする家庭に支援を届け、彼らに最適な支援のあり方も一緒に探っていきたい」と白井さんは話している。
取材協力:POWER NEWS編集部
バナー写真:不登校に悩む親たちが立ち上げた「みんなのプロジェクト学校」のクラス風景(筆者撮影)