浜通りの新たな魅力を創出「福島イノベーション・コースト構想」

福島県産木材が世界中からの万博客をお迎え:大阪・関西万博のシンボル・大屋根を支える浪江町「ウッドコア」の挑戦

建築 環境・自然・生物

世界最大規模の木造建築で、万博のシンボルとなる「大屋根」用の資材を製造した福島県浪江町の「ウッドコア」。東日本大震災の津波と福島第1原発事故によって甚大な被害を受けた浜通りで、林業再生を担い、地球温暖化対策にも貢献していく。

万博会場で福島の復興をアピール

2025年大阪・関西万博のシンボル「大屋根(リング)」が9月に完成する。世界中からの来場者を迎える高さ20メートル、全周2キロという世界最大規模を誇る木造建築で、2万7000立方メートルもの木材を使用している。

パビリオンが立ち並ぶエリアへ向かう来場者を迎える大屋根 画像提供:2025年日本国際博覧会協会
パビリオンが立ち並ぶエリアへ向かう来場者を迎える大屋根 画像提供:2025年日本国際博覧会協会

そのうち約4500立方メートルの集成材を納入したのが、福島県浪江町の「ウッドコア」だ。浪江町は2011年、東日本大震災によって発生した福島第1原発事故の影響で、全町避難を強いられるなど大きな被害を受けた。17年に一部地域で避難指示が解除され、町の復興が進み出したが、現在の居住者は約2200人。震災前の人口2万1500人に対し、10分の1程度にとどまっている。

ウッドコアは2018年、同町の朝田木材産業と郡山市で集成材事業を手がける藤寿産業が共同で設立。国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」が重点分野に掲げる農林水産業再生のけん引役として、町が整備した国内最先端の工場「福島高度集成材製造センター(FLAM)」の運営を委託されている。集成材とは複数の小角材「ラミナ」を重ねたり、つないだりしながら接着し、1枚の板にしたもの。ウッドコアは大型木造施設などで使われる大断面集成材を主力とする。

21年10月に工場を稼働し、最初に手掛けたのが万博用の資材。柱や梁(はり)として大屋根を支えており、同社取締役の朝田英洋さんは「万博で世界中からのお客さまを福島産の木材で迎え、復興をアピールできるのは光栄なこと」と述べる。

幅60×長さ240メートルと巨大なFLAMの集成材棟
幅60×長さ240メートルと巨大なFLAMの集成材棟

ウッドコア取締役で、朝田木材産業代表の朝田さん
ウッドコア取締役で、朝田木材産業代表の朝田さん

大断面集成材を大量生産できる国内屈指の工場

敷地面積9万4400平方メートルにも及ぶFLAMは、浪江町の太平洋岸に広がる棚塩産業団地内にある。この土地は元々、東北電力の原発建設予定地だったが、震災後に町へ無償譲渡された。現在はFLAMと同じ、福島イノベーション・コースト構想の関連施設が並んでいる。

小高い丘から見下ろしたFLAMの広大な敷地。左側に見える太陽光パネルは、隣接する「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」のもの。FLAMの奥には「福島ロボットテストフィールド」の浪江滑走路がある
小高い丘から見下ろしたFLAMの広大な敷地。左側に見える太陽光パネルは、隣接する「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」のもの。FLAMの奥には「福島ロボットテストフィールド」の浪江滑走路がある

ウッドコアでは国産、特に福島県産材にこだわり、原木から集成材を一貫生産している。この工場では最大で長さ12メートル、厚さ1.25メートル、幅24センチの大断面集成材を製造可能。さらに国内で初めて高出力高周波プレスを導入。自然乾燥では8時間以上かかる積層接着を10分程度に短縮し、大量生産に対応できる。

朝田さんは「製材や小断面集成材、チップ事業のノウハウを持ち、地元企業とつながりを持つ朝田木材産業と、中・大断面の構造用集成材事業で実績があり、広い販売経路を持つ藤寿産業が組んだことで、あらゆる木材を扱える。しかし、競争が激しい住宅用ではなく、学校や体育館、商業施設など大規模建築で使われ、付加価値の高い大断面に注力している」と説明する。

完成した大断面集成材
完成した大断面集成材

大量生産を可能にする高周波プレスライン
大量生産を可能にする高周波プレスライン

ウッドコアは当初、2020東京五輪前の資材需要を見込んで設立された。それが、FLAM建設予定地の変更に加え、コロナ禍で海外製機材の搬入やセッティングが遅れたことで、稼働開始時期が大幅にずれ込んでしまったのだ。

ただ、「今となってみれば、最初の仕事が大屋根の木材で良かった」と朝田さんは考えている。スタッフは新しい工場で、日本に初めて導入された機材を操らねばならない。大屋根用の資材の場合、同じものを大量に生産するので、作業を覚えやすく、その期間に製造ラインの効率化を図り、従業員の持ち場なども固められたという。さらに「万博のシンボルで使われることもあり、最初からスタッフのモチベーションが高かった。おかげさまで、現在はスムーズに運営できている」と笑顔で語る。

最先端の機材を操るウッドコアのスタッフたち
最先端の機材を操作するウッドコアのスタッフたち

従業員は50人まで増え、町の雇用創出にも貢献している
従業員は50人まで増え、町の雇用創出にも貢献している

福島、浪江の林業を絶やさない

工場を案内しながら、朝田さんは折に触れて「この町の林業を途絶えさせてはいけない」と口にした。福島県は全国第4位の森林面積を持つ。浪江町でも江戸時代、町北西部の津島地区に自生する「津島松」が銘木として知られるなど、長きにわたって林業が盛んだった。

1912(大正元)年創業の朝田木材産業は、100周年を目前にして東日本大震災に見舞われた。原発事故の影響で、浪江を離れることを余儀なくされ、朝田さん一家は千葉にある妻の実家に1カ月ほど身を寄せてから、都内に部屋を借りたという。

スギは西隣の田村市産、カラマツは南会津産など、主に福島県内から仕入れている
スギは西隣の田村市、カラマツは南会津など、主に福島県内から仕入れている

製材棟では柱や梁に大断面集成材を使用している
製材棟では柱や梁に大断面集成材を使用している

避難2年目からは妻子を東京に残し、福島市でアパート暮らしを始め、別の仕事をしながら事業再開を目指す。立ち入り制限がある中、防護服姿で事業所の整理に明け暮れ、2014年からほそぼそと営業を再開した。

放射能に関する風評被害もあり、仕事は以前のようにはいかなかった。除染されていない浪江町の森林は伐採できないため、町外の木材を仕入れても市場では買い手がつかない。「浪江の業者の商品を扱うと、周りにある他の地域の木材まで売れなくなるよ」と言われたこともある。風評被害がだいぶ収まった現在でも、一般向けは産地を気にする人が多いため、朝田木材産業では土木資材用を中心に扱っているそうだ。

ウッドコアでは製材前の丸太の状態と製品の仕上げ段階の2回、セシウムカウンターで放射能量を測定する。「海外よりも数倍厳しい基準で、1本1本全量検査している。それでも、引っ掛かるのは年に数本程度」(朝田さん)だという。

仕上げ段階の生産ラインに組み込まれているセシウムカウンター
仕上げ段階の生産ラインに組み込まれているセシウムカウンター

日本には不可欠な森林循環に貢献

そして朝田さんは「木は適切な時期に伐採して有効利用し、しっかりと植林しなければならない」と力説する。

高齢な木は成長が緩やかになることで二酸化炭素(CO2)吸収量が減ってしまうし、大きく育ち過ぎると製材しにくい。また近年は、鉄筋コンクリートや鉄骨造の建物に比べ、木造建築は工事におけるCO2排出量が少ないことも注目されている。森林は単に放置するよりも、伐採と植樹、育成を繰り返す方が、地球温暖化の防止につながるのだ。

大きく育ち過ぎた木は、通常の製材機を使用できないので加工に手間がかかる
大きく育ち過ぎた木は、通常の製材機を使用できないので加工に手間がかかる

特に日本は、森林面積が国土の3分の2に当たる2500万ヘクタールあり、人工林を中心に森林蓄積も増加が続く。その人工林の50パーセント以上が植林から50年を超え、利用期を迎えている。

森林は温暖化対策に加え、土砂災害や洪水、渇水の防止機能なども持つので、適切な循環が国土の保全にもつながる。「木の伐採=自然破壊」と短絡的に考えられることもあるが、朝田さんは「日本、そして福島では、木を適切に有効利用することが不可欠。ウッドコアは高い加工技術で、地球温暖化対策にも貢献していく」と胸を張る。

製材時に発生した端材は、チップにしたり、乾燥機用の燃料としたりと有効活用する
製材時に発生した端材は、チップや乾燥機用の燃料とて有効活用する

端材を燃やした熱は、パイプを通じて乾燥機で利用されている
端材を燃やした熱は、パイプを通じて乾燥機で利用されている

木材で浪江町に活気を取り戻す

大屋根の資材は3月末で出荷を終えたが、別の万博関連施設で使用する集成材などの製造に追われ、従業員は忙しそうに働いていた。

朝田さんは「万博の次は、町の復興の役に立ちたい。自分たちができることは、林業を盛り上げて森林循環させ、少しでも雇用を生むこと。徐々に町民は増えているけど、単身の働き手が多く、あまり子どもを見かけないのが寂しい。夕方になると子どもが遊んでいる風景が日常になれば」と願う。自身も家族は都内に残したままだ。震災時に小学校の卒業式が目前だった娘さんは、避難先での生活が浪江町で暮らした時間を超え、すっかり東京人だという。

町は2024年秋から、浪江駅周辺の整備事業に着手。木材をふんだんに使用したデザイン案が発表されており、スーパーや飲食店が入る商業施設や交流空間のほか、大規模な公営・民間集合住宅も建造する。子どもたちが遊ぶ風景も、少しずつ戻ってきそうだ。

浪江駅周辺グランドデザイン案 画像提供:浪江町 ©Kengo Kuma & Associates
浪江駅周辺グランドデザイン案 画像提供:浪江町 ©Kengo Kuma & Associates

そして、ベンチや案内板といった街路設備など、特に人々が接する機会の多い場所には、浪江産集成材や福島県産木材を活用する予定。まだ正式受注には至っていないものの、ウッドコアの活躍が期待される。

「町が元通りになることも、震災前の全住民が戻ることもないが、震災前には考えられないほど、どんどん新しいものが入ってきている。だからこそ、海外から見ても『この町すごいな』って思われ、復興のモデルケースになるような地域づくりをしてほしい」

駅前の再開発は2026年度末の完工を目指す。その後は、浪江駅で福島県産木材が、国内外からの訪問者を迎えることになる。

最後に「浪江に活気を取り戻したい」と力強く語ってくれた朝田さん
最後に「浪江に活気を取り戻したい」と力強く語ってくれた朝田さん

撮影=土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:さきしまコスモタワー展望台から撮影した完成間近の大屋根

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