浜通りの新たな魅力を創出「福島イノベーション・コースト構想」
廃炉進まぬ福島浜通りで、移住者が増えている理由:被災12市町村は“挑戦を始めるのに最適な場所”
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移住者が増加する福島で、注目度高い被災地域12市町村
東京・新宿で2月17日、『はじめよう、私とふくしまの小さな物語。vol.12 イノベーションの聖地 福島12市町村』と題した移住セミナーが開催された。
「12市町村」とは、東日本大震災による福島第1原発事故で避難区域が設定された自治体。具体的には原発が立地する大熊町、双葉町に加えて、南相馬市、田村市、川俣町、浪江町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村、川内村と福島県東部の広範囲に及ぶ。長いところでは10年以上にわたって居住が制限されたエリアだが、セミナー会場は満席。登壇者が口にする「挑戦を始めるのに最適な場所」というキーワードを、参加者は身を乗り出すように聞いていた。
福島県によると、2022年度の新規移住は06年の調査開始以来、過去最高の1964世帯2832人。前年比率では20パーセント以上増加した。そのうち「12市町村」の移住者は38パーセント増の603人。セミナーを主催した「ふくしま12市町村移住支援センター」(福島県富岡町)の秋元一孝副センター長は「移住先としての関心が高まってきている」と手応えを感じている。
同センターのモニターツアーも、20人の定員に対して、毎回5倍以上の申し込みがある。23年度に実施した9回のツアーの応募総数は1375人に上ったという。秋元さんによれば、若い世代を中心に「新しい町づくりに参加したい」といった声が多いそうで、移住の実績へと結びつくケースはさらに増えそうだ。
帰還者を増やすには、移住者の力が必要
津波と原子力事故という前代未聞の複合災害に見舞われた福島浜通りを中心とする地域では、国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想(以下、福島イノベ構想)」が進められている。
これまで廃炉作業に必要となる技術開発拠点に加え、「福島ロボットテストフィールド(RTF)」(南相馬市)、「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」(浪江町)など、大規模施設を整備してきた。県外から企業を誘致し、新たな産業基盤を生み出すのが狙いで、すでにRTFは高い稼働率を誇る。
政府は2021年度から5年間を「第2期復興・創生期間」と位置付け、さらなる福島イノベ構想の推進や、避難地域の復興・再生などを重点課題としている。ふくしま12市町村移住支援センターは21年7月、産業振興に欠かせない人的資源の確保を目指して設置された。秋元さんは「町を元通りにするのは難しくても、帰還と移住の両輪で地域の新しい魅力を生み出すことが復興・再生につながる」と説明する。
県や同センターの活発な広報活動に加え、12市町村では移住への資金援助が最大300万円と手厚く、起業や工場建設などに対する補助金制度も充実しているため、コロナ禍収束以降、成果が出始めている。
廃炉が進まない中、しっかり情報を集めて移住を検討
12市町村のうち7つの自治体には今も帰宅困難区域が残り、大熊町と双葉町には広大な中間貯蔵施設もある。移住先としては懸念材料が多い地域だが、セミナーやツアーでは意外にもこうしたことについての質問はあまり出ないという。秋元さんは「事前にリサーチして、納得の上で移住を検討してくれているようだ」と話す。
筆者が取材したモニターツアーでも、家族連れの参加者から「東京が福島でつくる電気に依存していたことを、原発事故で初めて実感した。今度は自分たちが福島の役に立ちたい」といった声が上がっていた。
「12市町村」と一口に言っても、原発からの距離や避難解除の時期によって復興の進展度合いが異なるし、そもそも事故前から深刻な過疎化が進んでいた地域もある。
それでも、移住希望地はそれほど偏っているわけではないという。「飯館村や川内村、葛尾村の自然に興味を持つ人もいるし、あえて原発立地の双葉町や大熊町でのチャレンジを目指す人も多い」(秋元さん)そうだ。
0~15歳までの一貫校、大熊町「学び舎 ゆめの森」
2019年4月に避難指示の一部が解除された大熊町。現在は、JR常磐線「大野」駅周辺の整備や、大規模な工業団地の建設などが進行中だ。避難先に生活基盤を移した人も多く、震災前の人口1万1500人に対して、2024年3月1日時点の居住者は646人にとどまるが、0歳から15歳まで一貫して学べる町立「学び舎 ゆめの森」が、全国の教育関係者や小さな子を持つ親世代から注目を集めている。
震災前、大熊町にあった小学校2校、中学校1校は、多くの町民が避難した会津若松市で授業を続けていた。
ゆめの森は22年4月、3校を集約する形で会津若松市で開校。その時点では児童・生徒数わずか8人だった。23年4月に大熊町に帰還、同年9月に新校舎での授業が始まると徐々に増えて、24年3月時点で39人。会津若松での開校時からは4倍以上になっている。このうち13人はもともとの大熊町民ではなく、移住世帯の子どもだ。
注目される理由は、子どもの主体性を重視する校風にある。“フェンスもチャイムもない”という校舎は、円形の「図書ひろば」を取り囲むように教室や体育館、職員室などを配置し、学年の垣根なく子どもと教職員が交わりやすくした。図書ひろばや中庭が即席の教室となって授業が始まることもあれば、チャイムが鳴らないので、納得がいくまで質問が続いたり、休み時間になっても議論が盛り上がったりすることも多い。
南郷市兵校長は「幼児期の“なぜ” “どうして” という純粋な好奇心を伸ばしたいと、多くの教育関係者や親たちも考えている。しかし、硬直的になった教育制度の中でなかなか新しい取り組みができないでいた。ゼロから再生する大熊町だからチャレンジできる」と力強く語った。
注目企業が工場建設、スタートアップに心強い施設も
福島イノベーション・コースト構想推進機構が2月28日、東京・品川で開催したメディア発表会では、「大熊ダイヤモンドデバイス」の星川尚久代表が「廃炉にチャンスをもらった」と述べ、福島第1原発のある大熊町に製造工場を整備すると説明した。
同社のダイヤモンド半導体は高温に強く、冷却性能にも優れ、放射線にも強い。過熱を防ぐための遮熱板やファンが不要なので、デバイスの小型化が可能だが、オーバースペックで高コストなため従来市場では競争力がなかった。しかし、廃炉現場では熱や放射線に強く、小型化可能であることは大きなメリットになる。放射線に強いことは、RTFで実証実験をしている宇宙開発企業とも相性がいい。さらに今後は、負荷の高い電気自動車の高速充電装置や5G以降の通信基地局など幅広く使われる可能性もあり、量産化が進めば大熊町に大きな雇用も生むかもしれない。
大熊町には他に、旧大野小学校をリノベーションした「大熊インキュベーションセンター(OIC)」があり、まだ成長過程の企業や起業家が集まっている。他業種の人と触れ合い、連携するだけでなく、町民も出入りする交流スペースもあるので、新たな町作りの拠点となりそうだ。
「ロボット」「宇宙開発」「イノベーション」といった言葉から、新しいアイデアや最先端の技術を持つ若手や働き盛り世代が歓迎される気もするが、秋元さんは「リタイア後に食堂をしようと考えている人や、都会を離れて農業をしたい人も大歓迎」と言う。町には、仕事帰りに食事や酒を楽しんだり、母親たちが買い物をしたりする場所なども必要なのだ。
「一つ一つは小さな挑戦だとしても、それぞれの経験や得意分野を持ち寄ることで、その点と点が結ばれて線となり、面となって地域が盛り上がっていくのだと思う。新しい町づくりに参加してみたい方は、ぜひ移住セミナーやツアーに参加してみてほしい」(秋元さん)
撮影=土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真:0歳から15歳までの一貫教育校、大熊町立「学び舎 ゆめの森」の図書ひろば