浜通りの新たな魅力を創出「福島イノベーション・コースト構想」
未来の技術者たちが挑む「廃炉創造ロボコン」:福島第1原発を実際に視察、アイデアを競い合う
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国が進める「福島イノベーション・コースト構想」の現場・浜通りでは、「廃炉が一丁目一番地」といった言葉をよく耳にする。最長で40年を要するとされる福島第1原発(大熊町、双葉町)の廃炉作業は、12年が経過した今、順調とは言い難い状況だ。
長引いている処理水の海洋放出問題は、2023年の春から夏にかけて実施段階に入る予定だが、まだまだ流動的。敷地内に増え続けるタンクは、他の作業の遅れにもつながっていく。さらにコロナ禍が影響し、最難関の燃料デブリ取り出しも、21年度から23年度後半へと着手時期を延期している。
依然として終わりの見えない「廃炉作業」には重苦しい雰囲気が付きまとうが、その印象を和らげてくれたのが日本原子力研究開発機構(JAEA)の「楢葉遠隔技術開発センター(NARREC)」で開催された「廃炉創造ロボコン」だった。NARRECが掲げる“被災地から「チャレンジの地」へ”を体現するイベントが、廃炉を通じてひらかれる未来を垣間見せてくれた。
廃炉に不可欠な遠隔技術開発に特化した施設
楢葉町は、福島第1原発事故直後に対応拠点となった「ナショナルトレーニングセンター Jヴィレッジ」や、同じく廃炉作業が進む福島第2原発などがある町。NARRECはJヴィレッジの西、約1キロに位置している。
福島第1原発の廃炉作業は、未知の領域。放射線量の高い原子炉建屋内では、内部状況の確認から燃料デブリの取り出しまで、ロボットによる遠隔作業が必須になり、綿密な計画と検証を繰り返さねばならない。その実証実験のための施設が、研究管理棟と試験棟で構成されるNARRECである。
研究管理棟には原子炉建屋内を再現するバーチャルリアリティ(VR)システムが整備されており、廃炉作業の計画検討や訓練を繰り返し実施できる。ロボットシミュレーターと連携させると「カメラはどんな視点になるのか」「機材を運んで、狭い通路や階段を通過できるのか」など、具体的な検証が可能だ。
試験棟は幅60×奥行き80×高さ40メートルの巨大施設。内部は原子炉格納容器の実物大模型などがある実規模試験エリア、ロボット試験用水槽やモックアップ階段、モーションキャプチャーを備える要素試験エリアに分かれている。
廃炉作業に携わる団体・企業が実証実験を重ねている中、毎年12月に大々的に開催しているのが「廃炉創造ロボコン」である。
実践的な競技内容に大苦戦
廃炉創造ロボコンはNARRECが開所した2016年、地元・福島高専(いわき市)の教員の発案で始まったという。22年12月10日に開催された第7回大会には、全国の高等専門学校から12校、14チームが参加した。
学生3人、指導教員1人の計4人でチームを編成。壁の除染作業を想定し、高い位置に貼り付けた模造紙を、10分間でどれだけ正確に塗りつぶせるかを競い合う。
原発内での作業に見立てて、ロボットの動きを直接見ながらではなく、壁を隔てたオペレーションエリアから遠隔操作する。通路が狭く、がれきが残る原子炉建屋内での走行を想定し、スタート時のロボットのサイズは幅と奥行きが95センチ、高さ100センチ以内に制限。コースは曲がりくねり、スロープやグレーチングと呼ばれる鉄格子の作業用足場を乗り越えねばならない。高さ2.7メートルの壁に到達してから、ロボットアームなどを伸ばして除染作業に入るのだ。
大会前日には、各チームが2回ずつテスト。ただ、ほとんどのチームが最後の壁までたどり着けず、「カメラで距離感がつかめない」「床が思っていた以上に滑る」と困惑の声を漏らす。特に高さ95ミリのグレーチングを越えられないチームが目立ち、本番に備えて修理や調整に追われていた。
福島第1を訪れて、ロボット開発に生かす
競技進行を統括する福島高専の鈴木茂和先生は、「大分苦戦していますね」と笑顔で見守っていた。そして「廃炉作業を想定しているのだから、簡単な競技にするわけにはいかない。福島第1では遠隔操作が絶対条件で、床だってもっと滑る可能性がある。そうした実感を持って挑んでもらうために、夏には参加者全員を連れて現地を視察している」と話す。
廃炉創造ロボコンは4月中旬に課題を発表。アイデアシートを提出し、書類選考を通過したチームは、7月中旬からロボット開発に着手する。8月には参加メンバーが一堂に会して、NARRECで競技会場や企業が製造した廃炉ロボットを見学した上で、福島第1原発を視察するのだ。
鈴木先生は「廃炉創造ロボコンは、人材育成プログラム。世間にはさまざまな情報があふれ、今でも完全防護服でないと福島第1内に入れないと思っている学生も多い。でも実際は普段の服装のまま、原子炉建屋の近くまで行ける。廃炉の進捗や福島の復興を肌で感じた上で、本格的な開発に入ってもらうことが、このロボコンの大きな特徴だろう」と説明する。
悔しい思いをバネに成長
大会当日、除染作業までたどり着けたのは2チームだけだった。やはりグレーチングでつまずく場合が大半で、遠隔操作がうまくいかず、スタート地点でギブアップしたチームも。
それでも、リタイア後にロボットアームの動きをデモンストレーションするなど、自分たちのアイデアや技術を精一杯披露していた。
最優秀賞の文部科学大臣賞に輝いたのは小山高専(栃木)で、昨年に続いて2連覇を達成。除染エリアまでスムーズに到達し、一度塗り終えてから、さらに重ね塗りするほど余裕の勝利だった。優秀賞の福島県知事賞は、同じく除染作業までたどり着いた舞鶴高専が獲得。前後に設置したエアシリンダーでロボットを持ち上げることで、グレーチングを見事にクリアした。
鈴木先生は「技術者として社会に出れば、もっと厳しい試練が待ち受けている。今回の悔しい思いをバネに、実際に福島第1の廃炉現場で活躍するロボットを開発する技術者が出たらうれしい」と大会を総括した。
競技後、特別賞を獲得した仙台高専の佐藤健吾くんは「将来は廃炉ロボットを手掛けたい」と力強く語ってくれた。南相馬市の出身で、小学校に上がる直前に震災が起こり、避難生活を送った経験を持つ。故郷が風評被害などに苦しみ続けている状況に、「自分の手で何とかしたい」と技術者への道を選んだという。
「でも、夏に福島第1を訪れて、ロボットを原子炉建屋内の現場に届けることだけでも難しいと感じ、そんなに甘くないと知った。このロボコンでも計画性やトラブル対処の大切さを学んだので、今後にしっかりと生かして廃炉に貢献したい」と将来を見据える。
2020年の大会で文部科学大臣賞を受けた福島高専のアイデアを生かし、原発の保守管理を手掛けるアトックス(東京都中央区)が情報収集小型ロボットを開発するなど、廃炉創造ロボコンは新しい成果も生み出している。
これから30年近くかかる見込みの廃炉作業だが、未来を担う頼もしい人材は着実に育っているようだ。
撮影=山田 慎二
バナー:スタート準備する福島高専のロボット 筆者撮影