浜通りの新たな魅力を創出「福島イノベーション・コースト構想」

“走る小型スーパー”が「水素タウン」をPR:太陽光エネルギーを水素に転換、福島・浜通りで活用中

技術・デジタル 環境・自然・生物

福島イノベーション・コースト構想の重点分野の一つ「エネルギー・環境・リサイクル」は、再生可能エネルギーが核となる。浪江町では太陽光エネルギーを水素に転換する施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」を活用し、ゼロカーボンシティ達成を目指している。燃料電池で走るイオン浪江店の移動販売車を取材した。

再生可能エネルギーを水素に転換して貯蔵

福島県浪江町の海近くに並ぶ太陽光パネルは、近年よく見かけるようになったメガソーラーとはひと味違う。この「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」では、太陽光発電したエネルギーで水素を生み出している。

18万平方メートルの敷地にソーラーパネルが並ぶFH2R
18万平方メートルの敷地にソーラーパネルが並ぶFH2R

太陽光パネルに囲まれるように、巨大な水素ガスホルダーが建つ
太陽光パネルに囲まれるように、巨大な水素ガスホルダーが建つ

東日本大震災による福島第1原発事故以降、メガソーラーや風力発電施設などの整備が一気に加速した。特に原子力災害が直撃した浜通りでは、国が進める「福島イノベーション・コースト構想」において、再生可能エネルギーの活用が重点分野となっている。

しかし、太陽光や風力による発電は、天候や時間帯に供給量が大きく左右される。それを解消するには蓄電の進化が欠かせないが、発電施設で使用可能な超大容量バッテリーは導入コストの高さに加え、自己放電量の多さなど技術的な課題が多い。

FH2Rでは出力20MW(メガワット)のメガソーラーによって、世界最大級の水素製造装置を稼働させる。水を電気分解して、エネルギーを水素に転換して貯蔵するのだ。元素の中で最も軽い水素は、酸素と結びつくことで発電するため、発生するのは水のみで、CO₂排出量ゼロのクリーンエネルギー。圧縮してタンクに詰めれば長期貯蔵が可能で、長距離輸送も容易になる。

FH2R内にある水素活用社会の実現に向けた展示
FH2R内にある水素活用社会の実現に向けた展示

巨大な水素製造装置は、最大で毎時約2000 Nm³の水素ガスを製造可能
巨大な水素製造装置は、最大で毎時約2000 Nm³の水素ガスを製造可能

通常運転時は、毎時1200Nm³(ノルマルリューベ)の水素を製造。1日の製造量で一般家庭なら150世帯の電力を1カ月分まかなえ、燃料電池自動車(FCEV)なら560台を満タンにできるという。製造した水素は一旦ガスホルダーに貯蔵した後、精製機で不純物を取り除いてから圧縮。水素ガストレーラーなどに充填して、主に浜通りを中心とした福島県内へと輸送している。

内容量150立方メートルの巨大な水素ガスホルダー
内容量150立方メートルの水素ガスホルダー

大気圧の200倍に圧縮した水素を240キロも充填できる水素ガストレーラー
大気圧の200倍に圧縮した水素を240キロも充填できる水素ガストレーラー

2021年の東京五輪・パラリンピックの聖火リレーでも、一部のトーチでFH2R製の水素が使用された
2021年の東京五輪・パラリンピックの聖火リレーでも、一部のトーチでFH2R製の水素が使用された

水素の町をアピールし、買い物環境を解消

お膝元の浪江町では「水素タウン構想」を掲げ、水素を活用することでゼロカーボンシティ達成を目指している。町役場に公用車用簡易型水素ステーションを設置するほか、「道の駅なみえ」や「いこいの村なみえ」の温浴施設などで、水素で発電する純水素燃料電池を設置するなど、FH2Rと連携した活用が進む。

中でも“水素の町”をアピールするのが、浪江町と南に隣接する双葉町を走り回る「イオン浪江店」の移動販売車だ。カラフルな車両には、“水素で走っています”と大きく記されている。JR双葉駅前、「東日本大震災・原子力災害伝承館」(双葉町)近くでも営業しているので、出張や観光の際にも見かけることがあるだろう。

イオン浪江店の新田信哉店長は「この車に乗っていると『ニュースで見たことがある』『水素で走っているんですか?』と声を掛けてもらえる。そこから地域の人との交流が生まれるのがうれしい」と語る。

双葉駅東口にある双葉町役場での販売風景
双葉駅東口にある双葉町役場での販売風景

色鮮やかなデザインの移動販売車は、町中でも注目の的。後ろには“水素で走っています”の大きな文字が
色鮮やかなデザインの移動販売車は、町中でも注目の的。後ろには“水素で走っています”の大きな文字が

浪江町は役場などがある中心部で避難指示が解除されたのは2017年3月31日。現在、居住人口は約2000人まで回復したが、震災前の2万2000人から見ればまだ10分の1に満たない。

イオン浪江店は、町の要望に応える形で19年7月にオープン。地域唯一のスーパーとして、帰還者や新しく移住してきた人々の生活を支えている。水素燃料電池を搭載した移動販売車は22年6月、イオン東北と浪江町、双葉町、トヨタ自動車の連携によって誕生。双葉町の全町避難が解除されたのは同年8月末で、まだコンビニすらない。両町へ帰還を希望する町民や移住希望者にとって、買い物環境は心配の種だ。それを解消すると同時に、FH2Rの水素を活用して「持続可能な未来のまちづくり」を目指していくという。

「イオン浪江店は小さな店舗ながら、『鮮魚を扱ってほしい』という声に応えるために調理場を増設するなど、できる限り品物を充実させ、地域の人に寄り添ってきた。それでも、店から遠い地域もあるし、車を持たない年配者も多い。移動販売車によって、そうした人にも商品を届けられるようになった」(新田店長)

町民のニーズをくんだ品ぞろえをするイオン浪江店。店頭のタブレットから取り扱いのない商品も注文できる
町民のニーズをくんだ品ぞろえをするイオン浪江店。店頭のタブレットから取り扱いのない商品も注文可能

イオン浪江店の新田店長
イオン浪江店の新田店長

地域の笑顔のために走る小型スーパー

移動販売車両は2日に1度、店の目の前にある浪江町役場内の簡易型水素ステーションで充填する。作業は女性スタッフ1人で対応でき、ガソリン車の給油とさほど変わらない3分ほどで完了した。この機械は実証実験の一つで、水素の需要予測をシステムで認識し、貯蔵量が減ると、FH2Rから最適なルートとタイミングで補充される仕組みだ。

浪江町役場で水素充填中の移動販売車
浪江町役場で水素充填中の移動販売車

簡易型ステーションなら、女性スタッフでも簡単に充填できる
簡易型ステーションなら、女性スタッフでも簡単に充填できる

車両は特別仕様で最大500品目、約150キログラムまで積載可能で、冷蔵と冷凍、温熱庫などを備える。弁当やドリンク、生鮮食品のほか、冷凍食品や調味料、ラップや洗剤、歯ブラシ、マスクも積まれており、まさに「走る小型スーパー」だ。

そして、乗り心地は「静かな上にパワフル。郡山まで高速道路を走行したことがあるが、とても軽快だった」(新田店長)という。

冬にはうれしいホットドリンクも販売
冬にはうれしいホットドリンクも販売

後部ドアを開けると陳列棚が引き出せる。調味料や缶詰、レトルト食品も充実
後部ドアを開けると陳列棚が引き出せる。調味料や缶詰、レトルト食品も充実

移動販売車は平日5日間稼働し、日替わりで11カ所の販売地点を巡る。取材した金曜日は、まずは双葉町産業交流センター前に午前10時頃に到着した。

商品を並べ始めた途端、交流センターの飲食店スタッフが、足りない食材を求めて駆け寄って来る。ここでは昼食用の弁当やパン、カップ麺が人気。復興工事の作業員、隣接する東日本大震災・原子力災害伝承館のスタッフなどが次々に集まってくる。

浜通りの情報発信基地となる産業交流センターと東日本大震災・原子力災害伝承館の前で販売
浜通りの情報発信基地となる産業交流センターと東日本大震災・原子力災害伝承館の前で販売

ネギを買いに来た飲食店スタッフとは顔なじみで、会話が弾む
ネギを買いに来た飲食店スタッフとは顔なじみで、会話が弾む

毎日11時半からは、双葉駅前に新設された双葉町役場で営業。水素販売車は静かな上に、排ガスが出ないので、正面入り口前に駐車しても全く問題ない。こちらでは弁当類に加え、おやつ用の菓子類やコーヒーのニーズも高いため、伝承館前とは陳列方法まで変えていた。

12時半になると移動販売車は一度店舗に戻り、品物を積み直す。午後は棚塩産業団地、幾世橋町営住宅を回るため、販売スタッフは「家庭用の生鮮食品を多めにする。品ぞろえは回る場所や時間帯によって変え、前の週にリクエストがあった商品も用意しておく。この時期の外での販売は寒いけど、お客さまの喜ぶ顔が見られるのでやりがいがある」と駆け回っていた。

売れ筋のお菓子やドリンクを目立つように陳列
売れ筋のお菓子やドリンクを目立つように陳列

昼休みになると、役場職員が弁当を求めてどんどん出て来る。レジは大忙し
昼休みになると、役場職員が弁当を求めてどんどん出て来る。レジは大忙し!

水素社会の広まりが、浪江町の新たな魅力に

FH2Rや移動販売車の現場を見て、水素エネルギーに大きな可能性を感じると同時に、普及に至るための課題も見えた。商用の水素ステーションの整備費用は高額な上に、取り扱う70MPa(700分の1に圧縮)の水素は、高圧ガス保安法によって、厳しい条件をクリアした保安監督者を置く必要がある。そのため、役場のような簡易ステーションでは、有資格者の常駐が必須でないように、充填圧力を半分に抑えているという。

そうしたコスト面、人材確保のハードルはあるものの、2022年12月には相双地方初となる商用定置式の「浪江水素ステーション」がオープン。新田店長も「日常的には町役場、遠出が必要な時はステーションを利用すればいい。さらに便利になった」と話すように、水素の活用は着実に進んでいる。

オープン間もない浪江水素ステーションでもFH2Rの水素が使用される
オープン間もない浪江水素ステーションでもFH2Rの水素が使用される

そして「本当に復興するには、元通りになるのではなく、新しい浪江町の魅力が生まれ、新しい住民が増える必要があると思っている。水素活用がもっと広がり、町の魅力の一つになってくれたら」と語る。

町の復興が進めば、スーパーやコンビニが増え、移動販売車の役割は終わるのではと聞くと、「イオン浪江店は、地域のお客様のニーズ、要望に応え続けるだけ。それが復興のお手伝いになると思うし、そのためには我々も変化が必要。安心して帰還してもらえるように、高齢者向けの訪問販売に力を入れるなど、移動販売車はまだまだ活躍してくれるはず」(新田店長)。

今後は双葉駅西側で開発中の復興住宅を回るなど、移動販売ルートを増やしていく予定だという。

双葉駅西口近くで公営住宅の工事が進む。移動販売車のニーズは、当分なくなりそうにない
双葉駅西口近くで公営住宅の工事が進む。移動販売車のニーズは、当分なくなりそうにない

撮影=土師野 幸徳(ニッポンドットコム)
バナー:浪江町役場で水素を充填するイオン浪江店の移動販売車

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