おいしいマンガ『ラーメン発見伝』が知らしめた、マニアも納得のラーメンの本質と進化の過程とは
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日本で進化したラーメン文化
日本は、大陸とは海を隔てた島国。しかも大陸から見ると東の果てにあり、その先は巨大な太平洋。いわば「文化の行き止まり」で、かつてのシルクロードも日本列島が東の終着駅となっていた。
他の国と直接国境を接していないため、その歴史は、たとえばヨーロッパのように活発な相互刺激には恵まれなかった。それゆえか、完全オリジナルの思想や発明はあまり生まれてこなかったのだが、しかし「異文化から伝わってきたものを、本国の人が驚くほどこだわって、ブラッシュアップするのは大好き」という傾向は見られる。
もとは中国から伝来し、20世紀に入ってから庶民の食事として定着。その後、日本の国民食と言われるほど広まって、現在では世界中にファンを持つ「ラーメン」も、そうして「むやみにブラッシュアップ」されたカルチャーのひとつだ。
その裾野は幅広い。「ひとりでふらっと入り、雑誌を読みながらすする」という、リーズナブルなB級グルメとしてのテイストもまだまだ健在。
そうしたいっぽうで、希少な食材をふんだんに使用した「高級化路線」も台頭し、2014年にはミシュランガイド東京にラーメン部門が創設される。そして16年に世界で初めて、ラーメン店が星を獲得した。
今やその人気は国境を越えて、アメリカ人ブロガー、ブライアン・マクダクストンさんのように、ラーメンの魅力をYoutubeで世界中に発信するファンも登場。東京では旅行者に向けて「ラーメンを3時間で6杯食べ歩く」といったハードなツアーも企画されるようになった。ちなみにこのツアーは大盛況なのだそうだ。さらに日本各地には、それぞれ独特のラーメン文化が存在する。
ラーメンマンガは読まれる!
ファンが多い分野だけに、日本には、この「ラーメン」の世界を扱うマンガももちろんある。その歴史は古く、1970年代には早くも望月三起也氏の『突撃ラーメン』という作品が少年ジャンプ誌で連載されていた。当時からラーメンは、子どもにも人気のメニューだったのだ。
その後、80年代に連載が始まった人気グルメマンガ『美味しんぼ』(原作・雁屋哲/作画・花咲アキラ)や『クッキングパパ』(うえやまとち)にもラーメンのエピソードが登場した。特に『美味しんぼ』では、90年代前半に発表された「ラーメン戦争」というシリーズでラーメン文化研究所の所長や、ラーメン三銃士といったディープなキャラクターが出演。この時代、すでにラーメンカルチャーがマニアックな盛り上がりを見せていた状況がうかがえる。
そして20世紀も末になると、ひとつのジャンルとしての「ラーメン」を開拓する作品が現れた。『ラーメン発見伝』である。1999年、小学館「ビッグコミックスペリオール」誌にて連載開始。原作は久部緑郎(くべ・ろくろう)氏、作画が河合単(たん)氏。さらに「神の舌を持つ男」と呼ばれるラーメン評論家、石神秀幸氏が「協力」としてクレジットされている。この作品は
「ラーメンのマンガは読まれるぞ!」「ラーメンマンガはおいしい!」
と広く知らしめ、マンガ史に大きな即席、いや足跡を残すことになった。
『ラーメン発見伝』の主人公は藤本浩平。ダイユウ商事という商社に勤務する20代の会社員だ。しかし仕事にはあまり身を入れず、いつも定時には帰ってしまう。有能な人材と見られていなかった藤本だが、彼には「自分のラーメン店を開く」という夢があった。
そのために独学で修行し、夜になると屋台を引いて客にラーメンを提供する。昼の会社勤務は、開店資金を蓄えるためと割り切っていた。
すでに「会社に忠誠を尽くして働けば、一生面倒を見てもらえる」という時代ではなかった。個人の人生プランのために、会社を利用する。そうした生き方もアリといえばアリの時代になっていた。
ラーメンマニアが高じてラーメンづくりに励む藤本。まだプロとは言えないが、しかし彼は知識も豊富で味覚センスも優秀。基本技術も身につけている。折しも彼の部署が外食事業を立ち上げることになり、藤本は業務としてもラーメンに関わっていくことになる。
プライベートだけではなく、仕事としても関わる。この設定により『ラーメン発見伝』では、日本におけるラーメン発展の歴史だけではなく、こってり、あっさり、各地で生まれた新たなムーブメントやイノベーションや、業務用スープの活用など「ラーメン店の裏事情」、さらには蕎麦(そば)のような、すでに完成された成熟度を誇る他の麺類との比較など、「深くラーメンを楽しむための知識」を味わうことになる。
読んだ後にラーメン店に入ると、そこがチェーン店であっても、場末の古いお店であっても、どんな店のラーメンでも新鮮な気持ちでいただくことができるようになるだろう。
ブームをひもとく重要人物
本作で彼の前に「壁」として立ちはだかり、ラスボス的存在となるのが芹沢達也だ。「らあめん清流房」の店主であり、フードコーディネーターでもある。メディア戦略にも長け、「ラーメンブームの立役者」といっていい人物だ。
彼は冷徹なビジネスマンであるいっぽうで、毛髪の混入を防止するため、スキンヘッドにするほどのプロ意識を持ったラーメン職人でもある。
この芹沢のキャラクター造形が、『ラーメン発見伝』という作品に、深く多面的な味わいをもたらすことになった。
思い入れを込めて、とことんこだわりのラーメンをつくるのは「どんな場合でも」正しいのか。
マニアは、無条件にありがたいお客様か。
アマチュアならばそれでいい。しかしプロの職人としてラーメンをつくるのであれば、経営者としての目線も必要になってくる。
一部の人にしか理解できない繊細な味わいより、どんな人にも分かりやすいインパクトに特化したラーメンを提供するのも、ビジネスとしてならば正しい。
ラーメンの味よりうんちくにうるさいマニアについて芹沢は「やつらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ!」と断言する。しかし、そうしたマニア層も、ネットの時代において利用価値があるのであれば、利用する。それが彼の姿勢だ。
経験を積んだ老練なプロか。極めて優れた技術を持つアマチュアか。芹沢は藤本とたびたび対立し、ラーメン対決を行うことになる。そしてついにメディアを巻き込んだ大きな舞台で、直接、雌雄を決することになった。
芹沢の存在は藤本にとっても大きかった。優れた知見とラーメンに対する熱意を持ちながらも、彼はあくまでアマチュア。生活基盤はサラリーマンであり、ラーメンは趣味と言われても反論できない。そうした彼を導いてくれたのは芹沢であったことに、やがて気がつくことになる。
『ラーメン発見伝』の舞台となった時代は、ラーメンが「日本で独自に進化する創作料理」として飛躍していった90年代中盤以降。その後も『らーめん才遊記』、『らーめん再遊記』とシリーズを重ねている。そしてどんどん変容し、ついには国境を越えて広がっていくラーメンの歴史とともに歩み、今もまたその魅力を伝えている。
いったいラーメンとはなんなのか。芹沢はこう語る。
《フェイクから真実を生み出そうとする情熱そのものです。》
創作料理としてのラーメンは、フレンチや中華、そして和食とは違って、歴史がまだ浅く伝統も希薄だ。それにあくまで本来は「庶民の味」。『美味しんぼ』に登場する偉大な食通家、海原雄山(かいばら・ゆうざん)も「低劣な食べ物」と評していたが、彼の目線ではそうなるだろう。
芹沢に「フェイク」と言われるのは、そういうところだ。
ラーメンとマンガの類似性
しかしまだ新しく、未成熟な分野であるがゆえのポテンシャルを、ラーメンは持っていた。日々変容し、新たな展開を見せるダイナミズムがあった。
これって、なにか既視感を覚えるところはないだろうか。そう「マンガ」にそっくりだ。マンガもまた伝統が浅く、あくまで庶民の娯楽であって、高級な表現とは見られていなかった。海原雄山のように「主流文化重視」の人であれば(彼自身マンガの創作物だが)、低く評価することもあっただろう。
しかしその分野に情熱を注いだ人たちの手によって、今ではグローバルにファンを持つ分野に成長している。それにラーメンと同じように、マンガもまたシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンなどヨーロッパ作品のキャラクター造形、アメリカンコミックの表現など、「海外から受容した文化をブラッシュアップしていった」ところも共通している。
おそらく『ラーメン発見伝』の作者たちも、「自分たちも同じだ。マンガと同じだ」という気持ちを持ちながら描いていた、と筆者は確信している。
現代では、現実のラーメンと同じように、ラーメンを扱うマンガも多様な展開を見せている。
たとえば女子高生のラーメン愛好家を描いた作品や、あるいはマンガを通したラーメン店ガイド、ラーメン職人伝、さらにはラーメンによって人生が変わった人たちのドラマなど、実にさまざまなマンガが登場するようになった。
これからもラーメンはマンガの世界で「なくてはならない味」──存在感マシマシとなっていくことだろう。
バナー写真:『ラーメン発見伝』は『ビッグコミックスペリオール』(小学館)誌上で1999年から2009年まで連載され、コミックスは全26巻に及ぶ。完結後は『らーめん才遊記』をはさみ、現在は続編として『らーめん再遊記』が連載されている 撮影:ニッポンドットコム編集部