知られざる日台鉄道事情

新幹線が台湾で走るわけ――台湾高速鉄道の開業までの経緯と今後の課題

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日本の新幹線技術を海外で初めて導入した台湾高速鉄道。2007年の開業から15年近くを経て導入が検討されている新型車両をめぐっては、日本側の提示額が高すぎるとして、昨年末から今年の初めにかけて交渉の決裂が報じられたが…。20年以上にわたって「台湾新幹線」の建設、運営に関わってきた筆者が、これからも日本の新幹線が台湾で走り続けるための課題を分析する。

日本より安全、正確

台湾東部で2021年4月2日に発生した特急列車の脱線事故は49人が死亡、250人近くが負傷する大惨事となった。事故は、台湾鉄路管理局(日本でいう在来線)の列車であり、台湾新幹線(=台湾高速鉄道、以下「高鉄」)とは関係なかったのだが、あるニュース番組でコメンテーターが高鉄の事故と誤解し、“高鉄は車両のみが日本製、その他の設備やシステムはフランス製なので日本の新幹線に比べ安全性が劣る”といった事実に反する解説をしていた。その他にも、筆者には、“台湾新幹線が大事故を起こしたのでしょうか”といった問い合わせがあった。

日本の新幹線あるいは高鉄の安全システム、運行管理、運営などに長く関わってきた筆者から見て、高鉄の安全性については日本の新幹線技術を基本としている。さらに従業員の取り扱いマニュアルも新幹線に準じていることから、決して新幹線に劣るところはなく、むしろ新幹線よりも安全、正確に運転されていると言える。

次期車両問題はなお交渉中

台湾新幹線の次期車両については、2020年末頃から、台湾・日本の双方で、日本製車両が高すぎるため発注作業を停止したといった報道が流れた。現在使用されている700T(=700系台湾仕様)の1編成12両で約17億元(65億円)に対して、新車両は1編成50億元(190億円)と高額だが、そもそもこのような情報がリークされたこと自体が高鉄側の交渉戦術の一環であるように思う。また、新車両の試験やスタッフ教育等もメーカーが行うフルターンキー契約であったことも要因ではないだろうか。筆者の情報筋によると、その後、価格はかなり下がってきているようである。

そうは言っても、700T車両の設計・製造は今からおよそ20年前のことであり、JRが国内で調達する最新のN700S車両も20年前の1.5倍くらいになっている。次期車両にも高鉄独自の機能、設備などが多くあること、発注編成数が少ない場合、編成ごとに割り当てる設計費、製造費、試験費などの配賦(はいふ)割合が大きくなること、日本国内で製造するため輸送費が必要なことなどから、どうしても高くならざるを得ない事情もある。

また、安全システムの要である信号システムなどは地上装置との密接な連携が必要であり、参入メーカーは車両だけでなく、技術・ノウハウの所有が必要である。

これらのことから、筆者としては、いずれ交渉が決着し、台湾にN700Sが走る日が来るのではないかと考えている。

日本の新幹線技術導入の経緯

2007年に運行が始まった高鉄は台北市東部の南港駅と高雄市北部の左営駅を結ぶ約349キロ(東海道新幹線のほぼ東京-名古屋の距離)を最高時速300キロで走行、最速タイプの列車で台北高雄間を90分余りで運転している。コロナ禍前の2019年の輸送人員は1日平均18万人で、同時期の東海道新幹線(路線長約515キロ)48万人、山陽新幹線(同約554キロ)23万人と比べても、健闘ぶりがよく分かる。

台湾では南北を結ぶ高速鉄道の必要性は1980年頃から活発に議論されていた。1987年に行政院(内閣府に相当)が交通部(国土交通省に相当)に実用化調査を指示したことで、具体的な建設計画が始動した。その後、政府は財政負担リスクを考慮し、高速鉄道はBOT(※1)プロジェクトとして民間企業に任せ、受託企業を募集したところ、最終的に独・仏を主体とする欧州企業連合が支援する「台湾高速鉄路連盟」とJRの支援を受けた日本企業連合が加わった「中華高速鉄路連盟」の2つの企業集団が残った。

この受注競争で日本企業連合は、鉄道システム全体の中のいわゆるインフラ外の部門「E&M(機械・電気システム)――車両、信号、電力、コンピュータ運行管理などの基幹部門」の設計、製造、設置、試験、スタッフ教育などの受注を目指した。

1996年9月に台湾政府は両陣営から提出された建設費見込みなどを勘案し、欧州勢の台湾高速鉄路連盟に優先交渉権を与えた。日本側にとっては、韓国高速鉄道で欧州勢に敗れたることになった。筆者はこの決定の際、日本連合支援のために台湾にいたが、新幹線の実績から受注は確実と見ていただけに、ひどく落胆したことを覚えている。

ドイツ高速鉄道事故で日本連合が逆転

ところが、優先交渉権を獲得した台湾高速鉄路連盟の資金調達計画が難航。コスト削減問題で組織内で確執が生じたこと、途中解約や銀行融資に対する政府保証を巡り政府との交渉が難航したことなどから、政府との正式契約が再三延期されることになった。

こうした中、1998年6月3日ドイツ高速鉄道ICEが車輪の不具合により脱線転覆、死者101人の大事故を起こしたことで、欧州方式の高速鉄道の安全性に疑義が生じた。いったんは敗れた日本企業連合は再挑戦のチャンスと捉え、中華高速鉄路連盟を解散した後、台湾高速鉄路連盟が設立した高鉄への受注活動を開始。1998年11月に高鉄は日本企業連合とJRに対しプレゼンを要請。当時の総統の李登輝氏や台湾長栄グループ総裁の張栄発氏などの示唆もあり、日本の新幹線技術採用への気運が高まった。一方、欧州企業連合は新幹線採用を阻止すべく大々的なネガティブキャンペーンを展開し、受注競争は再度激しくなった。

1999年9月21日台湾中部南投県を震源とする台湾大地震では、2400人以上の人命が失われた。地震をほとんど経験したことのないフランスやドイツの鉄道システムと比べて、地震、台風、豪雨などの自然災害に対応する経験豊富な新幹線技術への評価が高まり、同年12月28日にE&M部門は日本企業連合が逆転で優先交渉権を獲得した。ただし、日本連合受注の条件として、高速鉄道の建設、運営では経験のあるJRの支援を受けることが要求されたことは特筆されよう。

日本企業連合は台湾新幹線株式会社(TSC)を立ち上げ、高鉄との間での正式な契約を2000年12月に締結した。他方、E&Mを受託したことと並行して、線路構造物の建設、駅舎の建設、レールの製造・敷設などにも多数の日本企業が参加することとなった。

多難だった建設、試験運転

日本企業連合が受注し、高鉄の仕様、運営体制などの検討を開始。日本側は、新幹線技術をそのまま適用することが、安全性、信頼性、工事費低減、工期順守上必須と考えていたが、事はそのようには進まなかった。

日本連合受注後も、高鉄には多数の欧米人技術者が残留した上、その後も多くが採用されたため、日本と欧米の技術者の間で哲学的、技術的な論争が果てしなく展開されることになった。筆者は日本連合支援のためこれら論争に加わったが、この間に体験した建設、試験運転での日本ではありえないようなさまざまな出来事などについては紙数の限りもあり、本稿では割愛したい。

結局、出来上がったシステムは、日本の新幹線技術の土台の上に、必要性がさほどあるとは思われない欧米的な機能、設備などが付加的に構成されたように感じるものだった。

高鉄の将来については、今後は以下の2点について動向を注目したい。

開業して15年目に入り、装置、設備、システムなどについて老朽化、性能陳腐化のため設備更新の時期が迫っている。高鉄では日本の新幹線にはない付加的な機能、設備などが多く、しかも、それらが複雑に組み合わされている。今後の設備更新に当たっては、高額にはなるが現在の仕様のまま更新するか、あるいは機能を整理して日本の設備仕様に準じた設備などに更新するかという課題がある。

技術スタッフの体制などの課題も大きい。設計時に“台湾オリジナル”という主張がしきりになされたが、設備更新の場合これがデメリットになることもある。

2019年9月に台湾政府が高鉄の屏東県への延長を発表。2021年3月の着工を目指したいとのことだったが、現時点で着工したという情報はない。

最後に、筆者が20数年にわたり関与してきた高鉄が、台湾で必要不可欠な交通機関として利用されていることに、改めて深い感慨を覚える。多くの関係者、また、日々運営に当たっておられるスタッフの方々に敬意を表す次第である。今後とも安全、正確、快適な輸送サービスが遂行されること、高鉄の一層の事業発展を心から願っている。

バナー写真=高鉄台中駅に停車する台湾高速鉄道の車両(台湾・台中市)(時事)

(※1) ^ Build(建設)、Operation(運営)、Transfer(政府への返還)による建設・運営方式

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