オードリー・タンの新世紀提言

オードリー・タンのデジタル革命 :政府内「シビックハッカー」育成法

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台湾のデジタル担当相就任前、オードリー・タン(唐鳳)氏は、NGO(非政府組織)で「共有、協力、貢献」の文化を学び、それは彼女を公共の問題に関心のあるシビックハッカー(政府がインターネットなどに公開したデータを活用し、市民が利用しやすいようなアプリやサービスを開発する人)へと成長させた。そして2016年に蔡英文政権に入閣。彼女はシビックハッカーとして培ったDNAを注ぎ、政府にイノベーションの風を起こしていった。

イノベーションを創出するシビックハッカー

2021年3月20日、蔡英文総統は台湾最大のシビックハッカー組織「g0v(ガブゼロ)」が2カ月に1度開催しているハッカソンで「皆さんのアイデアこそ、政府の政策を変えていく。一緒に持続可能な台湾をつくっていきましょう!」と述べた。

このハッカソンで、行政院(日本の内閣に相当)農業委員会で主管を務める陳振宇氏があるテーマを提案した。陳氏は、2014年に京都大学で博士号を取得後、台湾に戻って公職に就いた。

「台湾の地図に『歴史メディア・プラットフォーム』を作りたい。土石流、地震、風水害など過去の自然災害の情報を地図上に落とし込みたい。ハッカーの皆さんには画像のアップロードとGPS(全地球測位システム)での位置情報の設定に協力してもらいたい」と述べ、スクリーンに巨大な台湾の衛星地図を映し出した。

さらに陳氏は、これまでに収集した4万2000枚の被災地の画像のうち、7200枚は場所が特定されていないこと、ドキュメンタリー映像の監督から、台湾の自然環境画像10万枚の提供申し出があったものの、人手が足りず情報の処理ができないことを訴えた。与えられた3分間、熱っぽく語り、協力者を募った。

官僚が民間のシビックハッカーのコミュニティに登場するのは、今回が初めてではない。g0v では2012年の創立以来、常に行政の側がテーマを発表し協力者を募集。「公」と「民」の間で緊密な連携が続いているのだ。

2021年3月開催のハッカソンでテーマを提案する陳振宇氏(画像:陳振宇氏提供、台湾歴史メディア・プラットフォームより)
2021年3月開催のハッカソンでテーマを提案する陳振宇氏(画像:陳振宇氏提供、台湾歴史メディア・プラットフォームより)

政府機能をゼロベースで検証

ハッカソンを通して、オードリー・タン氏はより良い政策を台湾政府に提供し、官民の横断的なコミュニケーションに成功した(台湾総統府提供)
ハッカソンを通して、オードリー・タン氏はより良い政策を台湾政府に提供し、官民の横断的なコミュニケーションに成功した(台湾総統府提供)

台湾のデジタル担当相であるオードリー・タンは、2016年の入閣前はシビックハッカーとして活動していた。一般的に、シビックハッカーはデジタルテクノロジー関係の仕事に就いていることが多く、本業の業務時間外に、ボランティアとして活動しているケースがほとんどだ。

13年はオードリーの人生のターニングポイントになった。米国のアップル社の顧問に就任。同年、友人でアプリケーション開発のエンジニアである高嘉良氏に招かれ、世界三大シビックハッカー・コミュニティに数えられるg0vのメンバーになった。

高嘉良氏はg0vの発起人の1人だ。コミュニティの名には、各国政府のドメイン名である「gov」の「o」を「0(ゼロ)」に変え、政府機能を「ゼロベース」で考えるという意味を持たせたのだという。g0vは非営利組織でメンバーは無報酬で活動している。

g0vでは定期的に「ハッカソン」を開催。「ハッカソンは特定の問題に対し、ハッカー達がマラソンを走るように、一定期間集中的に取り組み、協力して解決案を打ち出すというものです」とオードリーは説明する。

そして、こう付け加えた。

「g0vは政府のサービスを最適化するための外部組織のようなものです。政府が提供するサービスの即時性や透明性が不十分であれば、g0vはITの専門知識を活用して解決案を提示する。政府がその案を採用する場合には、無償で提供します」

2020年、台湾は新型コロナウイルスの感染拡大に際して、マスク販売店の在庫がリアルタイムで分かる「マスクマップ」を公開し、大きな反響があった。これは元々、g0vのエンジニア吳展瑋氏が開発したものを、オードリーが政策として取り入れたのである。

ゲーム感覚のテクノロジーが政治を変える

「g0vではいつでも数千人のメンバーがオンラインコミュニティーにいて、どうすれば、より多くの行政事案にコミットできるか議論している」

加入から今に至るまで、オードリーはg0vを象徴する人物の1人だ。

「ここでは、誰でも新しいテーマを提案したり、すでに提案されたテーマを新たな切り口で進めたりすることができます。g0vで常に言っているのは、一つのコミュニティーがやっていることはシビックテックだということです。シビックテックとは何かというと、新しい知識やテクノロジーを用いて、市民に関係ある行政サービスに関わっていくことです」

13年当時の台湾を振り返ると、政治とテクノロジーという二つの領域が融合することはまだなかった。

「以前はネットユーザーにリアルな世界での行動を呼びかけて、1万人が “いいね!”してくれても、実際に参加するのは1人だけというシラケぶりだった」という。

しかしg0vがそんな状況を変えた。当時のg0vはネット上にある非営利の新興コミュニティに過ぎなかったが、縁あって3つの分野の専門家を迎えることができたのだ。それはIT、市民メディア、社会運動の専門家である。

「だからg0vのメンバーは思いついた様々な方法で、台湾の政治的な課題解決に関わることができた」とオードリーは語る。初期のg0vで最も有名なプロジェクトの1つが「政治献金の透明化」。これはg0vのメンバーである王向栄氏が14年のハッカソンで提案したテーマだ。オードリーはg0vの中で「市民がゲームを楽しむように政治改革に参加する」過程を目の当たりにする。

台湾では選挙戦中の候補者は行政監督期間である「監察院」に対し、政治献金の金額を公開する義務がある。

「監察院は立法や司法から独立した機構です。選挙戦では候補者の誰もが収入と支出を監察院に報告しなければなりません。しかし、それらの情報はインターネット上で公開されていませんでした。見たければ、直接、監察院まで行き、びっしり書かれた紙の帳簿をコピーしなければならなかったのです。しかもコピーした資料には監察院の透かしが入るので、一般の市民はその帳簿をコンピュータのデータ分析にかけることができませんでした」

分析できないから、監視することができず、政治に不透明さが残っていた。

さまざまなプロジェクトを通して、オードリー・タン氏は政治課題への市民参加を成功させた。市民は、外交から内政に至るまで政府に提言できるようになったのだ(台湾外交部提供)
さまざまなプロジェクトを通して、オードリー・タン氏は政治課題への市民参加を成功させた。市民は、外交から内政に至るまで政府に提言できるようになったのだ(台湾外交部提供)

ネットユーザーと連携して政治献金を監視

そこでg0vでは、政治献金の帳簿の写しを入手し、プログラムを用いて帳簿の記載欄を1マスごとに分割し、1項目ずつ入力できるよう整えた上で、ネットで広くデータ入力の協力を呼びかけたのだ。たった24時間で、1万人以上の協力者が集まり、2637ページ、3万9666項目のデータ入力が完成した。

オードリーは「Otaku Character Recognition(オタク文字認識)」があったから、プロジェクトが実現できたいう。これは、画像内の文字情報をテキストデータ化する「Optical Character Recognition(光学文字認識)」をもじったものだ。

「これまで政治献金がネット上で公開されることはありませんでしたが、g0vが新たな可能性を提示した。政治献金のデジタル化では、1項目ごとに3人のg0vメンバーがチェックしていますが、監察院側からは『100%正しいという保証はない』とケチがついた。そこでg0vから監察委員に、『政治献金の資料そのものをネット上に公開すれば、誤入力の心配がなくなります』と提言しました」

2016年、オードリーがデジタル担当相に就任すると、シビックハッカーの視点と意思を内閣に持ち込んだ。そして努力の末、18年の台湾統一地方選挙の前に、監察院は全データを公開し、市民やジャーナリストが分析できるようになったのだ。

「g0vのメンバーがそのデータを分析したところ、選挙期間中にFacebookの広告収入を政治献金予算に申告していない候補者がいたことが分かりました」

「台湾の法律では、外国人による政治献金やSNSを使った特定の候補者を応援する広告費の支出はできないと定められています。もしSNSの広告収入の内訳が不透明であれば、政治献金法をかいくぐって台湾の選挙を操作しようという勢力が出るかもしれません」とオードリーは指摘する。その後、監察院とg0vはこれらの資料をもとにFacebookなど海外のソーシャルメディアに、広告の情報開示の要望を伝えたという。

台湾政府はFacebookを規制する法律の制定はしなかったものの、台湾で総統選があった20年にFacebookは政治献金に相当する選挙関連の広告の情報開示を決めた。

「私たちg0vメンバーは、このような透明性があれば、虚偽の宣伝をしようという人がいなくなることに気付いたのです」

革新的な「ハッカソン」の発想

ハッカソンの定期開催により、ハッカーと政府の距離はますます近くなっている。2020年のハッカソンに参加したオードリー・タン氏(左から3番目)と蔡英文総統(左から4番目)(台湾総統府提供)
ハッカソンの定期開催により、ハッカーと政府の距離はますます近くなっている。2020年のハッカソンに参加したオードリー・タン氏(左から3番目)と蔡英文総統(左から4番目)(台湾総統府提供)

オードリーはテクノロジーの専門家として、大臣就任前から、「見習い顧問」として行政院入り。政府の研修センターに講師として招かれ、何度も課長クラスを対象に、将来のデジタル技術は政府の仕事にどのような影響を与えるかについて講義した。

入閣後は、g0vの提案の精神とチームワークのモデルを政府に持ち込んだ。言い方を変えると、政府という枠組みの中に「シビックハッカー」の魂を注ぎ込んだのである。

彼女のアイデアが最もよく現れたのが、総統府が毎年開催する「総統杯ハッカソン」だ。

「総統杯ハッカソンは政府のどの部門も応援します。今ある問題について部門を越えて取り組む。このような連携を通じ、部門間のデータを統合することでデータガバナンスを実現することができるのです」と話す。

ベテランのシビックハッカーであるオードリーは、ハッカソンの威力を熟知している。彼女は蔡総統に総統杯ハッカソンで得られる効果について政府がデータの流れをオープンにすることで、デジタル経済を促進させ、ビッグデータやAIなどの人工知能産業の発展を促すことができると伝えている。18年から現在に至るまで「総統杯ハッカソン」は年に1回、半年の期間をもって行われ、毎回100組以上のチームが参加している。

オードリーは総統杯ハッカソンを、政府サービスのイノベーションのメカニズムであり、ボトムアップのイノベーションへの奨励であるべきだと考えている。ハッカソンに参加する官僚の多くは若手で、市民目線で仕事をしてきた世代なので、今、市民がどんなサービスを求めているのかを知っている立場だ。つまりこのハッカソンの受賞プロジェクトは、ボトムアップのイノベーションを願い、上司のサポートを必要とする若き官僚思いが集まる場なのだ。

「受賞プロジェクトには政府の予算がつき、部門全体の評価にも反映されます。次年度の政府の計画書ではハッカソン発のプロジェクトが政策になることもあるでしょう」とオードリーはいたずらっぽく話した。どんなに素晴らしいアイデアでも、通常の行政サービスに反映されなければ全ては無駄になってしまうということだ。

総統杯ハッカソンでは、あるチームは社会安全の改善に、あるチームは社会的弱者へのケアに、それぞれ関心を寄せた。また、あるチームは既存の行政サービスの効率アップに対してソーシャル・イノベーションを問題提起した。それぞれのチームが新しいテクノロジーや人工知能を学び、取り入れることで、これまで政府が提供していた古いタイプの業務をより良く、より速く、より公平にしようと試みているのだ。

オードリーがもたらしたシビックハッカーのDNAが、保守的な官僚機構にどれほどの影響を与えられるかを知るには、もう少し時間が必要かもしれない。しかし「もう一つの政府」の役割を担うg0vが開催するハッカソンでは、常に提案したり、協力を求めたりする官僚がいる。この潮流から分かるのは、双方のコミュニケーションがますます相互に深まっていくということではないだろうか。

バナー写真=2020年9月1日に開催のイベント「デジタル・ソーシャル・イノベーション」に出席したオードリー・タン氏(前列左から4番目)。討論会出席の来賓と(台湾外交部提供)

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