
台湾に「博多の魂」豚骨ラーメンを広めた「一蘭」――人気の秘密を分析する
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行列の連続記録は312時間
台北市の東部の信義区は、1990年代に急速に成長した新開発エリアだ。商業ビルが林立し、高級レストランが軒を連ね、夜になると六本木のような魅惑的な街となる。その一角に昼夜を問わず行列ができる店がある。福岡・博多発のラーメン店「一蘭」だ。コロナ禍にあっても、その人気が陰る様子はない。
一蘭の台湾1号店がオープンしたのは、2017年6月15日。初日から長蛇の列ができ、その光景には日本の本社も相当驚いたという。「行列の連続記録は312時間です。その間、一度も途切れなかったのですよ」と、話すのは一蘭の台湾支社・広報担当の林宛瑩(りん・えんえい)さんだ。
長蛇の列を緩和しようと、18年6月にはわずか300メートルの場所に2号店をオープンさせた。林さんによると2店舗体制になった後も、行列はなくならず、平日でも2〜3時間待ち、休日は5〜6時間待たなければならないほどだったという。
2020年に入って新型コロナウイルスの流行で、一時的に客足が遠のいた時期もあったが、台湾で感染拡大の抑え込みの効果が出てくると、客は徐々に戻ってきたそうだ。
一蘭は台湾人にとって日本のラーメン店の中で最も人気がある店になった。しかし九州の豚骨味がなぜこうも台湾で人気を得たのだろうか? それは台湾の食文化と大きな関係があると言えそうだ。
2017年6月15日の台湾1号店オープン時の様子。この時、行列は312時間続いた(一蘭台湾提供)
豚肉好きの台湾人と福岡人
台湾グルメと言えば、滷肉飯(ルーローハン)と牛肉麺が代表格だが、牛肉麺は、第二次世界大戦後に外省人(戦後、蒋介石と共に中国大陸から移住してきた人達)によって考案されたものだ。一方、滷肉飯は、豚バラ肉を甘辛いたれで柔らかく煮込んでご飯にかけたもので、台湾発祥の食べ物である。他の台湾料理を見ても、切仔麵、陽春麵、初期の猪油拌飯などいずれも豚肉をメインにする料理で、台湾の食文化に豚肉は不可欠なのだ。
同様に、名物の豚骨ラーメンとモツ鍋に象徴されるように、福岡も豚肉文化圏と言える。筆者は2008年に福岡に留学したのだが、初めて豚骨ラーメンを食べたとき、昔から知っている懐かしい味のように感じた。そこから筆者の「豚骨ラーメン巡礼」が始まった。留学期間中の1年に30軒以上のラーメン店を巡り、一蘭に至っては週に2度行くこともあった。
台湾一蘭の広報・林さんはこう語る。
「豚骨スープが台湾で広く受け入れられたのは、台湾人が鶏や豚などを使ったスープを好むことにも関係があると考えられます。昔から台湾では濃厚な鶏スープが食されてきたこともあり、あっさりした醤油ラーメンよりも、こってりした豚骨スープの方が台湾人好みなのです」
福岡の豚骨ラーメンは「久留米系」と「長浜系」に分けることができ、それぞれに違った特徴がある。老舗のラーメン店に入ると、長年熟成されたような濃厚な豚骨スープの香りが鼻をつき、かつては白かったであろう壁に豚骨のエキスがしみ込んで黄色く変色している。地元の豚骨好きにとってはそれが当たり前のことであっても、女性客や他の地方からの客なら、この強烈な臭いに引いてしまうかもしれない。
一蘭の店舗は清掃と換気を徹底することで、豚骨特有の臭いの問題を改善し、さらに味も大衆に受け入れられやすいよう改良した。こうして一蘭は福岡から日本全国へと展開。筆者が留学していた頃、一蘭の店舗は日本で20店に満たなかったが、現在は85店舗を数え、世界進出も果たした。香港、ニューヨーク、そして17年に台湾に進出し、一蘭独自の風味を現地に広めていったのだ。
元祖ソーシャルディスタンスと替玉文化
一蘭独特な「味集中カウンター」は、オープン当初、台湾人の間で珍しがられたという(筆者撮影)
一蘭の店舗の最大の特徴は、席1つ1つを板で仕切った「味集中カウンター」だ。周囲の目を気にせずラーメンを味わうことだけに集中できる席で、日本でも類を見ないオリジナルのシステムだ。台湾店オープンの際には、台湾人に大きなインパクトを与え、林さんは、客から「なんだか自習室みたいですね」と言われたこともあるという。カウンター上にあるセルフ給水器の蛇口に荷物を引っ掛けてしまう客もいたという。
林さんは「日本では1人で来店されるお客様が多いのに、台湾では2〜3人で来られる方が多いですね」と話す。台湾ではラーメンをグループで食べることが好まれるため、当初はカウンターに分かれて座ることで、おしゃべりできないことへの不満の声も聞かれたそうだ。
しかし、世界中で新型コロナウイルスが猛威を奮うようになってからというもの、食事中の会話はできなくなり、台湾人も一蘭のスタイルになじんでいった。コロナ禍以降は、あちこちの飲食店が飛沫防止のアクリル板を設置するようになったが、25年以上前に味集中カウンターを生み出した一蘭は、まさかの「ソーシャルディスタンスの元祖」になったのだ。
スープを残して麺だけをおかわりする博多独自の「替玉」文化も、一蘭の台湾進出当初は台湾人にとって未知のものだった。筆者が留学で福岡に暮らし始めて間もないころ、ラーメンを注文するのと同時に替玉を頼んで、店員に「替玉は食べ終わった後ですよ」と笑われたことがあった。
台湾でも一蘭の替玉システムが定着するのには時間が必要だった。林さんによると、当初はスープを全て飲み干してから替玉を注文する客もいて、スープのおかわりができないことに相当がっかりされたそうだ。
一蘭では替玉を注文する際には、各席に設置された呼び出しボタンの上に、専用の替え玉プレートを置く。するとチャルメラが流れ、注文の受付が完了する。台湾の一蘭では店のシステムを説明したポスターを作成、座席に貼ることで客に周知した。
本社の品質へのこだわりと管理体制
一蘭のスープは毎日、日本から空輸しているという。コストが掛かってもオリジナルの味を提供し続けるためだ(筆者撮影)
海を越えてやってきた台湾で、一蘭のラーメンの価格は台湾人を驚かせた。そもそも一蘭は日本でもラーメンとしては高価格帯店に分類されるが、台湾での値段は1杯300台湾ドル(約1200円)近くで、台湾ではちょっとした西洋料理が食べられる値段だ。
林さんは価格に対する台湾人の考えは理解できるとした上で、「毎日スープを日本から直送しているため、原価が高めなのです」と説明する。また、一蘭では厳しい品質管理体制をとっている。本店と同じ味を提供するため、各店舗では送られてきたスープには水を加えることをはじめ、いかなる加工も許されていない。加熱した後に出る水蒸気ですら逃してはならないのだ。水蒸気もスープの一部であると考えられているためだ。これは日本のどの店舗も同様である。
一蘭のこだわりはオリジナルの味を守ること以外に、立地にもある。林さんはこう話す。「当初、西門町、永康街、東区などの繁華街への出店も検討しましたが、差別化を図るため、最終的に信義区を選んだのです」。それは欧米のレストランが日本へ進出する際に1号店を六本木や銀座にオープンさせる感覚に似ているのだという。
「台湾のお客様はレストランに来るような感覚でいらっしゃいます」と話すのは、もう1人の広報担当・蒋怡璉(しょう・いれん)さんだ。日本では、ラーメンは手っ取り早くエネルギーを補給するファストフードのようなものだが、林さんによると、台湾人にとってラーメンを食べに行くのは、デートコースにもなるそうで、食べながらおしゃべりを楽しみたいものなのだという。
台湾で豚骨ラーメンを紹介するために、店頭ではさまざまな工夫がされている(筆者撮影)
コロナ禍でも収益を伸ばす台湾の一蘭
一蘭では店長、副店長を台湾人スタッフに引き継がせているそうだ(一蘭台湾提供)
2017年に台湾1号店がオープンして以来、一蘭は台湾で目を見張るほどの業績を上げている。オープン2年で、のべ150万人が来店、21年2月の段階では、その数は350万人に迫っている。
「豚骨ラーメンが台湾で受け入れられたことが喜ばしく、日本側からも一蘭・台湾店は高く評価されています」
他のラーメン店と異なり、一蘭は「ラーメン1本勝負」の店だ。たった1種類のラーメンが、台湾人の心をしっかりとつかんだのだ。一蘭のニューヨーク支店は新型コロナウイルス流行の影響を受け、香港支店では香港民主化デモ後、業績が下降している。比較的、感染の拡大の抑制に成功し、政治的な不安がない台湾は、日本にとって新しい重要な市場になるのではないだろうか。
一蘭が提供しているおみやげパックも現地で人気だ。旧暦の正月に合わせたセットを展開し、現地の文化に溶け込もうとしている(筆者撮影)
広報の林さんは、現在、一蘭では新北市、台中市、台南市、高雄市等の台北以外のエリアへの出店を積極的に検討していると明かした。一蘭が台湾の他の地方へ出店するとなれば、現地で豚骨ラーメンと一蘭のシステムを広めていくのは台湾支社の仕事だ。林さんは「私たちは、毎日キャッチコピーや宣伝方法を考えています」と笑みをこぼす。
福岡人はラーメンには硬めに茹でた麺・カタ麺を好み、中でも最も硬いものは「バリカタ」と呼ばれる。台湾で一般的な硬さの麺に慣れた客は、更なるカタ麺へとチャレンジし、ラーメンを楽しんだ後は、お土産を買い、家族や友人に贈る。これは一蘭が台湾で豚骨ラーメンを広めてから台湾人の間で知らず知らずのうちに定着した文化である。
「信義区に来たら一蘭、台湾で豚骨ラーメンと言えば一蘭、そうなってほしいと思っています」
林さんは今後の目標についてこう語った。異郷の地・台湾で並々ならぬ成功を収めた福岡グルメ。彼らはその胸に今後5年間を見据えた長期的な野心を抱いている。
バナー写真=2020年のコロナ禍でも業績が好調だった一覧の台湾1号店(筆者撮影)