「神農生活」:メイド・イン・台湾のライフスタイルが関西に上陸
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逆風の中のオープン
地上300メートル、日本一の超高層ビル「あべのハルカス」。大阪を一望する展望台に加え、百貨店や美術館、ホテルなど多彩な店舗が出店する人気スポットだ。「近鉄百貨店あべのハルカス近鉄本店」の10階に2021年4月にオープンしたのが、台湾発のライフスタイル・セレクトショップ「神農生活」だ。
併設のレストランやティーサロンを含めると、フロアの約2分の1を占める広々とした売り場は洗練され、細部までこだわった台湾流の様式が貫かれている。神農オリジナルの食材や、ショッピングバッグや鍋などの調理器具が目を引く。台湾のローカル飲食店をイメージしたグラスも陳列されている。
近鉄百貨店の事業開発部課長・福島登紀子さんは「可能な限り台湾の家庭生活が再現された空間になるよう努めています」と話す。福島さんは、神農生活は商品の販売だけでなく、ライフスタイルを伝えるブランドであると説明する。そのため店内の商品は、台湾のあらゆる家庭生活にリンクしたデザインとなっている。
2021年10月、緊急事態宣言が解除されてから神農生活ではようやく客足が戻り、来店者数は増加傾向にあるという。筆者が取材をした日も、レジには多くの人が並んでいた。福島さんによれば、オープン当日の4月9日を振り返ると、隔世の感があるという。当時はちょうどコロナウイルスの流行拡大期。さらに4月末には緊急事態宣言が発令され、休業に追い込まれるという、多難の船出だった。
「5月いっぱい休業することになり、6月に営業を再開しても、来店者数が非常に少ない状態が続きました。パイナップルケーキのような消費期限が比較的短い焼菓子類が販売できなくなり、開業早々、大量の在庫になってしまった」
福島さんはたった半年前のことなのに、もう何年も前の出来事のようだと当時を振り返る。幸いなことに緊急事態宣言解除後の業績は順調に伸びているという。
神農生活のルーツは2013年に台北市の北部にある中山区圓山に設立された「神農市場」にある。台湾の神農生活は、「新しいライフ 神農へ」をキャッチフレーズに、健康的な食品、伝統的な市場、地域の風土や習慣を融合させたライフスタイルショップだ。観光客からも人気で、日本のテレビや雑誌にもたびたび取り上げられている。
台湾に目を向けた近鉄社長の「慧眼」
そんな台湾発の神農生活が、日本一の超高層ビルで日本初進出を果たしたのは、近鉄百貨店の秋田拓士社長の「慧眼」によるものだ。同社広報の福島さんによれば、グローバル化を視野に入れ、いくつか視察候補地があった中で、2018年10月末に社長が台湾を訪問、中山駅の誠品生活の視察した際、4階にあった「神農生活」に興味を持ったという。
「洗練されたデザインとノスタルジーが同居しているような印象でした。各地から職人が丹精込めて作った雑貨が集まっていて、素晴らしかった」と福島さんは振り返る。そして秋田社長自身が「これ、いいぞ!」と感銘を受け、神農生活へのアプローチが始まったという。
台湾では台北での出店がうまくいくと、次は台中、高雄などの都市に展開するが一般的なので、神農生活は日本進出の誘いに当初は戸惑った様子だったという。それでも、オファーを真剣に検討し、阿倍野が好立地であることや、運営は近鉄百貨店が担うメリットを理解し、相互の信頼関係を構築しながら、提携への話し合いを進めた。
台湾の神農生活は、旬の食材を使い、故郷料理や家庭で作られるメニューを提供する「食習」を併設している。日本人のツーリストにも人気のレストランだ。秋田社長は、提携交渉の際に、台湾での展開と同じスタイルにしたいと、「食習」も併せて誘致することを求めた。
一方、台湾の神農生活の運営チームも、明確なブランドイメージや戦略があり、日本に出店する際にも、台湾スタイルを再現するため、店内の雰囲気にも徹底的にこだわりをみせた。 こうして双方が高いレベルで認識を共有し、神農生活の日本出店の計画は順調に進んでいった。
リモートで行われた視察
しかし、2020年初頭の現地への再視察の後、コロナの流行が始まると、日台間の行き来はできなくなってしまった。開業の準備は、ウェブ会議に頼るしかなかった。
その中で福島さんにとって印象深かったのは、台湾チームの細部までのこだわりだ。当初は新型コロナの流行に対応して、日本側はコスト圧縮志向になっていたが、「台湾側は妥協せず、可能な限りコストを削減しない計画を提示してきました」。何度も衝突し、予算を超過するものもあったが、今では、福島さんは笑い話のように当時を振り返るほど、それは実り多い「摩擦」だった。
レストラン「食習」には、「金山甘薯三杯雞(鶏肉と芋とバジルの煮込み)」のような台湾の伝統料理や、日本人好みにアレンジした「牛肉老油條(牛肉と揚げパンの辛み炒め)」などのメニューが並ぶ。中でも「古早味豆花(伝統豆花)」などのデザートや、「鹹酥雞(台湾式唐揚げ)」「雞卷(台湾式豚肉入り湯葉巻き)」など軽食の再現には力を入れたという。
「調理は中華のベテランシェフが担当していますが、オンラインで台湾の料理長から細かく指導を受けた」と福島さんは語る。例えば薬膳スープ「佛跳牆(フォーティヤオチアン)」の場合、手順ごとにリモートで確認しながら日本の食材を使って丁寧に再現したという。
台湾のスタッフが味のチェックをすることはできなかったが、台湾観光協会・大阪事務所のスタッフに試食してもらい、試作を重ねた。「台湾の料理長も『もう少し色を濃く』などのアドバイスをくれました」と福島さん。こうして、台湾で提供している味の完全なる再現に力を尽くした。
関西から発信する台湾生活
オープンから一度も台湾チームの来日は実現していないが、今も2週間に一度のウェブ会議を継続している。客がSNS に投稿した写真を見て、運営上のアドバイスをくれることもあるという。
また、近鉄百貨店では、台湾の生活をより深く知ってもらうために、近所にある医薬と農業を司る神「神農」を祀(まつ)る神社とのコラボで、「神農祭」を開催。百貨店内で台湾展を行ったこともある。福島さんは大阪の神農生活が台湾の生活の発信地になるだけでなく、台湾と地元とのつながりの意識を広げていく場にもなってほしいと願っている。
日本における台湾の人気商品と言えば烏龍茶だが、神農生活ではお茶の他、インスタント麺や調味料なども売れ筋だ。「『すぐ、簡単、便利』は関西の生活習慣に合っているんです」と福島さんは話す。福島さんは意識していなかったかもしれないが、これは台湾人と関西人の共通点だ。台湾に行ったことがなく思案顔で商品を眺めていた人も、スタッフに尋ねて買ってみて気に入ると再度購入、リピーターとなっているという。
店のスタッフには、「台湾通」も多い。寺本あきさんは過去に20回近く台湾を旅行したことがあるマニアで、スタッフ募集を見て、応募したという。コロナの流行で旅行には行けなくなってしまったが、仕事で台湾の商品を紹介できることが、日々の充実感につながっているという。
神農生活の日本上陸は、当初は双方共に不安を抱えることもあったが、互いに歩み寄り、今は日台・二人三脚の歩調は安定したものになりつつある。近鉄百貨店では、台湾チームを視察に招くことができる日を心待ちにしている。ポストコロナ時代、日本と台湾は新しい文化交流に向けて歩み始めた。その道は平坦なものではないが、この大阪の神農生活は西日本における台湾文化発信の中心地になっていくのかもしれない。
バナー写真=台湾発祥の生活雑貨ブランド「神農生活」が2021年4月でオープンした。現代のライフスタイルと台湾を発信する新たなブランドとして期待されている。
※本文中の写真は、近鉄百貨店提供のものを除き筆者撮影