南シナ海もうひとつの火薬庫「東沙諸島」

絶海の孤島・東沙諸島を訪ねる

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片倉 佳史 【Profile】

南シナ海に浮かぶ島、東沙(プラタス)島。ここは南沙(スプラトリー)諸島や西沙(パラセル)諸島と同様、周辺諸国の領有権問題を抱えたアジアの火薬庫であり、要衝の地。穏やかで美しい大海原に囲まれた小さな環礁が連なる東沙島を訪れた経験を持つジャーナリストが、その知られざる姿を紹介する。

特筆すべき東沙の自然生態

島の玄関となる東沙機場(飛行場)は島の北西岸に設けられている。滑走路はもともと日本軍が整備したもので、1939年に完成した。当時の有効長は600メートルだったが、現在は拡張され、1550メートルとなっている。なお、この滑走路は西澤島時代に整備された燐鉱石の採掘場跡地を整備したものである。

飛行場に降り立つと、島は思いのほか緑が豊富なことに驚かされる。植生は亜熱帯・熱帯性の常緑樹が多く、台湾で見られるものと大きな違いはない。ただし、常に風にさらされているため、高木は見られず、高さ5メートルに満たない灌木が大半を占める。具体的には林投樹(アダン)や桑の樹をよく見かけた。

中央部にはちょっとした森があり、ここに多くの昆虫が棲息している。なお、鳥については渡り鳥や迷鳥を含め、295種が確認されている。特に、渡り鳥の中継地点としては南シナ海で唯一とも言える場所であり、餌も豊富で、理想的な環境と言える。沿岸には「海草床」と呼ばれる浅瀬が広がり、ここにも多くの生物が棲息していて、格好の餌場となっている。

東沙島はコーラル・トライアングル(珊瑚三角地帯)の北端に位置している。これはインドネシアやマレーシア、フィリピンなどに囲まれたエリアで、世界で最も生態の多様性が高いとされている。ここには世界の珊瑚礁の3割があると言われ、3000種を超える魚介類が棲息している。珊瑚礁のみならず、ウミガメも7種のうちの6種がこの海域に棲息している。

東沙島付近に広がる珊瑚礁は、魚介類にとって理想的な環境となっている。現在、729種の魚類、そして珊瑚も399種が確認されている。しかし、中国やベトナムの不法漁民がダイナマイトを仕掛けて漁労を行なうことが多く、乱獲だけでなく、中国漁民による珊瑚の略奪も繰り返されている。環境破壊については想像以上に深刻な状態であり、台湾政府は国立中山大学と連携を取り、調査と保護を進めている。

コーラル・トライアングルは「海のアマゾン」とも言われるが、すでに死滅してしまった珊瑚が少なくない。2012年には世界生物資源研究所(WRI)が報告書を出しており、コーラル・トライアングル全域の85%の珊瑚礁が絶滅の危機に瀕しているという。

また、中国から漂着する大量のゴミも深刻だ。距離的に近いだけでなく、海流の関係で、冬場は中国や台湾、東シナ海方面から、夏場はベトナムやマレーシア方面から大量のゴミが流れ着く。

なお、2016年からは豊富な日照を利用した太陽光発電と台湾島から持ち込んだディーゼルエンジンで電力をまかなっている。また、降雨量は多いものの、水不足が深刻で、脱塩処理を行なった海水淡水化システムが導入されている。

環礁内を航行する船のレーダー。東沙の英語名であるプラタス(Pratas)の表記が見える。生態調査が盛んに行なわれている
環礁内を航行する船のレーダー。東沙の英語名であるプラタス(Pratas)の表記が見える。生態調査が盛んに行なわれている

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台湾在住作家、武蔵野大学客員教授。1969年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部在学中に初めて台湾を旅行する。大学卒業後は福武書店(現ベネッセ)に就職。1997年より本格的に台湾で生活。以来、台湾の文化や日本との関わりについての執筆や写真撮影を続けている。分野は、地理、歴史、言語、交通、温泉、トレンドなど多岐にわたるが、特に日本時代の遺構や鉄道への造詣が深い。主な著書に、『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年 1895―1945』、『台湾に生きている「日本」』(祥伝社)、『台湾に残る日本鉄道遺産―今も息づく日本統治時代の遺構』(交通新聞社)、『台北・歴史建築探訪~日本が遺した建築遺産を歩く』(ウェッジ)、『台湾旅人地図帳』(ウェッジ)、『台湾のトリセツ~地図で読み解く初耳秘話』(昭文社)等。オフィシャルサイト:台湾特捜百貨店~片倉佳史の台湾体験

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