李琴峰の扶桑逍遥遊(ふそうしょうようゆう)

神々の島・小豆島――初めての四国・その二

暮らし

李 琴峰 【Profile】

自粛生活から解放されて目指したのは、初めて訪れる四国だった。島をめぐり、鬼と観音菩薩とエンジェルと日本創生の神に出会った後、夜のフェリーの中で聞いた波の音は、得体の知れない獣の低い唸り声のようだったという。あれから半年、東京は再び得体の知れないウイルスに苦しめられている。

予想外のものに出会える原付の旅

女木島から一旦高松港に戻り、そこからまたフェリーに乗って小豆島へ向かう。乗船時間は1時間、小豆島の土庄港(とのしょうこう)に着いたのは午後1時半ごろ。今日は雲が厚く、空は少し霞んで見え、港の近くはしんとしていて、観光客がほとんどいない。コンビニで適当に腹ごしらえをしてから、私は原付をレンタルし、島の旅を始めた。

自動車免許は18歳のとき既に台湾で取ったし、日本に来た後もそれを日本の免許に切り替えたが、何を隠そう、道路で実際に車を運転したことが一度もなく、免許保有歴イコールペーパードライバー歴という有り様だ。交通が便利な東京に住んでいるのだから普段は車を運転する必要はないが、地下鉄や電車がなかったり、バスの本数が少なかったりする地方や海外に旅行すると、アシがなくていつも不便に思う。2019年与那国島を旅行したとき他の観光客に言われてはじめて、バイクの免許がなくても自動車免許を持っていれば50ccの原付スクーターは運転できることを知った。原付なら台湾にいた頃は割かし乗っていたので、何ら難しくはない。かくしてあの時は原付で与那国島を回る旅をし、バス時刻に縛られることなく島内の風景をじっくり堪能することができた。以来、原付で島旅をする楽しさにハマっている。とはいえ、日本はバイク社会ではなく、レンタカーの店はあちこちあるけれど、原付やバイクが借りられる店は少ない。幸い、小豆島にはあった。港から少し距離があったので、店にはタクシーで行った。

小豆島で最も有名な景勝地は何をおいても寒霞渓(かんかけい)なのだろう。それは雄大な渓谷で、秋が深まると紅葉スポットとしても有名なので、いつも観光客が殺到するという。ただ10月上旬の今は当然紅葉が見られるわけもなく、しかも平日なので観光客がほとんどおらず、バスですら寒霞渓には行かない。原付で行くしかないのだ。

公共交通機関を使う旅はしばしば点と点の移動になりがちで、移動の途中で気になるものを見つけてゆっくり見てみたい気持ちになっても、車を降りるわけにはいかない。自分で運転するとそれができるので、予想外のものに出会う楽しみがある。小豆島大観音が、そんな予想外の出会いの一つだ。

小豆島大観音
小豆島大観音

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李 琴峰LI Kotomi経歴・執筆一覧を見る

日中二言語作家、翻訳家。1989年台湾生まれ。2013年来日。2017年、初めて日本語で書いた小説『独り舞』で群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。2019年、『五つ数えれば三日月が』で芥川龍之介賞と野間文芸新人賞のダブル候補となる。2021年、『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。『彼岸花が咲く島』が芥川賞を受賞。他の著書に『星月夜(ほしつきよる)』『生を祝う』、訳書『向日性植物』。
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