おしゃれな詐欺師か? 起業家か?: Netflix実話ドラマ『令嬢アンナの真実』
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虚実ないまぜのストーリー
物語は2017年、検事局がアンナ・デルヴェイことアンナ・ソローキン(ジュリア・ガーナー)を重窃盗罪等で起訴したところから始まる。小切手詐欺や不正融資、ホテル代・飲食代の踏み倒しなどだ。アンナはニューヨーク市のライカーズ島にある刑務所に勾留される。
アンナとは何者なのか? なぜ、銀行や金持ちたちが若い女性にだまされたのか? 『マンハッタン・マガジン』の記者、ヴィヴィアン・ケント(アンナ・クラムスキー)は、アンナを特集記事で取り上げようと取材を始める。ヴィヴィアンはプレスラーを模した架空の人物で、プレスラーは本作の制作陣に加わっている。『マンハッタン・マガジン』も架空の雑誌で、『ニューヨーク・マガジン』がモデル。
ヴィヴィアンはアンナに面会するため、たびたびライカーズ島へ足を運ぶ。アンナのインスタグラムをさかのぼり友人・知人を見つけて取材するが、皆、口が重い。アンナによって金銭的被害を受けており、それを知られるのを恥じているからだ。
ヴィヴィアンは何度も彼らを訪ね、少しずつ真実を聞き出す。それぞれが語るアンナ像は異なっていた。苦労の末に書き上げた記事は大きな反響を呼ぶ。そして、司法取引を拒否したアンナの裁判が始まった…。
ドラマは1話に一人ずつ、友人、慈善家、弁護士などヴィヴィアンの取材対象者の目を通したアンナが語られる。時系列ではないので話が前後し、少々混乱するが、それぞれがアンナとどのように関わっていたかを詳細に描いていく。
毎回、冒頭にさまざまな形で「この物語は真実である。完全なでっち上げ部分は除いて」と記される。実名と仮名が入り交じり、どこまでが事実なのかは判別がつかない。
息をするようにウソをつくアンナ
視聴者はまず、アンナという人物の不可解さに心を引かれていくだろう。アンナはドイツの富豪令嬢を名乗り、上流社会に入り込む。巨額の信託財産を持っていて、ニューヨークでアートに関わる事業を興したいと語る。
だが、事実は違う。ロシア出身、ドイツで少女時代を過ごし、ニューヨークへやって来た一文無しの26歳である。アンナは稼ぎがないのに豪華な暮らしを送り、それをSNSで発信する。なぜ、ハイソサエティーの仲間入りができたのか。謎が多すぎる。
アンナは息をするようにウソをつく。この期に及んでまだホラを吹くのか、とあきれるほどだ。そして、自分が不利になると相手を責める。
アンナには罪の意識もない。本当に不気味で、何を考えているのか分からないから知りたくなる。
次に、ヴィヴィアンの尋常ではないアンナへののめり込みぶりに圧倒される。モデルとなった記者プレスラー自身のことだけに、いらだちや怒りも丁寧に描かれている。
過去の仕事の“汚点”で窓際に追いやられているヴィヴィアンは、名誉挽回に必死なのだ。産休間近の妊婦だというのに無理を重ねる。出産ギリギリまで執筆する執念には鬼気迫るものがある。ここはドラマの大きなヤマ場だ。
だが、アンナに翻弄(ほんろう)され、アンナの弁護士トッド(アリアン・モーイエド)に必要以上に肩入れしていくところには危うさを感じてしまう。そんなヴィヴィアンの暴走を見守る夫の、なんと優しく寛大なことよ。
アンナとヴィヴィアンのぶつかり合いこそ、『令嬢アンナの真実』の醍醐味である。
さまざまな形で見せられる強欲さ
登場人物はみんな強欲だ。
アンナは言うまでもなく、ヴィヴィアンにもジャーナリストとしての欲がある。トッドも裁判で名をあげたいと思っている。
アンナの友人たち――ホテルコンシェルジュのネフ、トレーナーのケイシー、編集者のレイチェル――も、アンナがもたらす“うまみ”を味わっている。お金をもうけたい、夢をかなえたい、有名になりたいという、誰の中にもある欲望をさまざまな形で見せられるのだ。
恐らく、この中で素直に感情移入できるキャラクターは容易に見つからないだろう。でも、なぜか引き込まれ目が離せなくなる。
そんな中、欲とはあまり関係なさそうな“仕事人”に共感を覚える。ヴィヴィアンに協力するバリー、ルー、モードの窓際三人衆だ。
彼らは部屋の片隅に逼塞(ひっそく)するベテラン記者で、ヴィヴィアンと机を並べている。豊富な知識や経験をもとにヴィヴィアンに適切な助言と知恵を与え、地道な資料分析に能力を発揮する。4人で仕事を成し遂げていく様子に大いに高揚感を味わった。
人脈がものをいうセレブ社会
また、セレブリティーたちの暮らしぶりを垣間見る楽しさもある。
豪華な邸宅、贅沢な旅行やクルージング、パーティー、洗練されたファッションなど、ため息が出る。おうような金持ちが自邸に何人も居候(いそうろう)させているのも、一般人にはなかなか理解しがたい感覚だ。
そんな彼らの世界は人脈がものをいう閉鎖的なもので、なかなか入れない代わりに、いったん入ってしまえば容易に信用され、紹介でどんどん人の輪がつながっていく。アンナはこれを巧みに利用した。
金持ちが簡単にだまされていくのを見る爽快感がないとも言えない。視聴者の“のぞき見”趣味を満足させるのだ。
このドラマは、女性やマイノリティーの生きづらさも見せる。
思い通りにいかないアンナは「若い女性でなかったら、違った対応をするだろう」と地位ある男を責める。彼女は犯罪者ではあるが、この言葉にうなずく人は多いだろう。
結果として男性や特権階級が受ける傷は小さい。そして、それはさりげなく描写される。
ヴィヴィアンは大きな話題を提供する記事を書いたが、彼女の問題意識には関心が持たれず、アンナという対象が世間に消費されていくことに違和感を覚えていたのだろう。
裁判が終わり、社内で評価を得て地位を確立したものの、ヴィヴィアンはモヤモヤを引きずっている。ドラマとしての大団円はない。
最近の事件なので、すべてに決着がついていないのは仕方のないことだ。安直な結論は望まない。
実際のアンナは2021年に釈放され、その1カ月後、移民・関税執行局に拘束された。SNSでの発信は続いているという。さらに、ドラマのその後を取材したドキュメンタリーの制作も決まった。
アンナの物語は現在進行形である。
Netflixオリジナルシリーズ『令嬢アンナの真実』独占配信中