Netflix『ヴィンチェンツォ』シーズン1:スタイリッシュな悪党対巨悪の闘い

Cinema

時田 綾子 【Profile】

大ヒット作『愛の不時着』を生み出した韓国のスタジオドラゴン制作によるNetflixドラマ『ヴィンチェンツォ』シーズン1(全20話)。2021年2月に配信されるや、瞬く間に人気作となった。法で裁けない悪党を、弱者の味方の悪党が退治する“必殺仕事人”的なカタルシスと、大量の金塊を巡り繰り広げられる“貧乏長屋のドタバタ”のようなコメディー。両者の絶妙なバランスが視聴者を魅了し、一気に結末まで引っ張っていく。

韓国系イタリア人弁護士が主人公

主人公のヴィンチェンツォ・カサノ(ソン・ジュンギ)は韓国系イタリア人の弁護士で、マフィアのコンシリエーレ(顧問)である。韓国にやって来た彼の目的は、古い商業ビル「クムガ・プラザ」のオーナーと協力して、その地下に眠る莫大な量の金塊を手に入れることだ。しかし、バベル建設が違法にビルを買い取ったため、ヴィンチェンツォはビルを取り戻すべく行動を起こす。

クムガ・プラザには、人権派弁護士のホン・ユチャン(ユ・ジェミョン)が事務所を構えている。彼は多くの企業を抱えるバベルグループを相手にした裁判で、勝ち目のない闘いを続けていた。バベルグループは、政財界はもちろん、ウサン法律事務所を通じて司法組織にも食い込み、マスコミも取り込んでいる。人の命を軽んじる、悪の権化のような存在。

さらに、バベル側の弁護士はウサンに所属するユチャンの娘・チャヨン(チョン・ヨビン)で、父と対立していた。

だが、ある事件がきっかけでウサンを辞めたチャヨンは、ヴィンチェンツォとタッグを組み、バベルグループに闘いを挑むことに。マフィア流で敵を追い詰める主人公たちの活躍と、金塊をめぐる騒動をスリリングに、笑いを交えながら描いていく。

裁判での勝利を確信するヴィンチェンツォ(左)とチャヨン(右) Netflix『ヴィンチェンツォ』
裁判での勝利を確信するヴィンチェンツォ(左)とチャヨン(右) Netflix『ヴィンチェンツォ』

多彩で鮮烈なキャラクター造形

このドラマは主人公・ヴィンチェンツォの魅力に負うところ大である。容姿端麗、頭脳明晰、マフィアらしく冷酷無比。高級スーツに身を包み、時には力ずくで相手をねじ伏せる格闘の名手でもある。女性だけでなく男性をも魅了する、ドラマならではの完璧さ。右頬だけでひっそり笑う抑制のきいた表情で視聴者の心をとらえるが、雲助タクシーに引っかかったり、窓辺にすみ着いた鳩に怒りをぶつけたりもする。

しかし、主人公一人に頼らない、登場人物たちのキャラクターの造形がそれぞれ見事なのだ。相棒となるチャヨンは、気が強くて優秀で、オーバーアクションがなんともチャーミング。

また、悪役たちの突き抜けた悪人ぶりが強烈だ。中でも、検事からウサンの弁護士に転身したチェ・ミョンヒ(キム・ヨジン)の恐ろしさは格別。なかなか正体を現さないバベルグループの真の総帥の、猟奇的な行動には身の毛がよだつ。

チェ・ミョンヒはバベル側の弁護士として法廷に立つ Netflix『ヴィンチェンツォ』
チェ・ミョンヒはバベル側の弁護士として法廷に立つ Netflix『ヴィンチェンツォ』

さらに、プラザの住人たちも個性的だ。クリーニング店の店主、ピアノ教師、質店の夫婦、イタリア料理店のシェフ、食堂を営むシングルマザー、ダンス教師、寺の住職と弟子、弁護士事務所の事務員。ヴィンチェンツォのもと一致団結、プラザを守りバベルと闘おうと立ち上がり、隠された力を徐々に発揮していく。捜査のためプラザに潜入し、ミイラ取りがミイラになってしまう、対外安保情報院のアン・ギソク(イム・チョルス)はとても愉快な人物だ。

ヴィンチェンツォを監視する対外安保情報院のアン・ギソク Netflix『ヴィンチェンツォ』
ヴィンチェンツォを監視する対外安保情報院のアン・ギソク Netflix『ヴィンチェンツォ』

カタルシスを与える仕掛けのうまさ

ストーリーの巧みさ、構成の妙も特筆すべき点だ。ヴィンチェンツォたちの闘いに「正義の追求」と「復讐」の両面があることは最大の特徴だ。とても多くの人が死ぬが、物語性があり残虐だけに終わらない。アイデア満載の“局地戦”勝利の数々に、カタルシスが得られる。裏切り、怒り、絶望、思いも寄らない救世主。一瞬たりとも目が離せない。

裁判を傍聴する個性的で、意外な力を秘めたクムガ・プラザの住人たち Netflix『ヴィンチェンツォ』
裁判を傍聴する個性的で、意外な力を秘めたクムガ・プラザの住人たち Netflix『ヴィンチェンツォ』

その合間に、コメディーが巧みに挟み込まれる。ヴィンチェンツォがなかなか金塊にたどり着けないもどかしさや、爆笑を誘う法廷シーン、プラザの日常が軽やかで、ほっと息をつける。恋愛シーンはほとんどないが、それもまたいい。愛の言葉を交わさずともヴィンチェンツォとチャヨンの間にある信頼は細やかに描かれる。

危機を脱したヴィンチェンツォ(左)に駆け寄るチャヨン(右) Netflix『ヴィンチェンツォ』
危機を脱したヴィンチェンツォ(左)に駆け寄るチャヨン(右) Netflix『ヴィンチェンツォ』

そして、泣かせる。後半、冷徹な主人公が唯一涙を流す時、見ている方も存分に泣ける。

ネット上では、3話までは退屈との意見もあったが、このドラマの肝心の部分は3話までに凝縮されているのではないだろうか。金塊のことだけを考えていた悪党のヴィンチェンツォが、なぜ巨悪に挑む決意をするのか。その芽は序盤に示されているのだ。見逃すなかれ。

物語の芯になっている、ヴィンチェンツォと母、ユチャンとチャヨンの父娘という2組の親子の関係もまた同様。30年ぶりの再会に名乗り合わない母と息子、和解することなく父を失った娘の後悔。それぞれの思いと復讐心が闘いへの原動力となっていくのだ。

母(右)の思いを知り、涙するヴィンチェンツォ(左) Netflix『ヴィンチェンツォ』
母(右)の思いを知り、涙するヴィンチェンツォ(左) Netflix『ヴィンチェンツォ』

欧州の香り漂う演出が世界でウケている要因か

世界中の幅広い層が楽しめるようになっているのも、『ヴィンチェンツォ』がヒットした要因だと思われる。韓流ファンには、主演ソン・ジュンギの魅力を堪能し、他のドラマや映画を思わせる小ネタ、カメオ出演の俳優たちを見つける楽しみが尽きないだろう。勧善懲悪もの好きにとっても、最後は「正義」が勝つという予定調和の世界と、人情ものを思わせる仕立てに親しみがある。

そして、冒頭、衝撃的なイタリアのシーンで、韓流になじみのない視聴者の心をぐっとつかむ。ドラマのあちこちに漂うヨーロッパ的な香りは見逃せない。

ドラクロワの名画を連想させるシーン(傑作!)も登場するし、クラシックを巧みに配した音楽も素晴らしい。バッハ、ヘンデル、モーツァルトなどの名曲がめじろ押し。中でもさまざまにアレンジされたマスカーニ「カバレリア・ルスティカーナ」の間奏曲の効果的なことといったら! 

思えば、“バベル”も意味深長な名付けだ。天に達するような塔を建てようとして、神の怒りに触れる「バベルの塔」を想起させる。

最後に、このドラマが名セリフの宝庫であることも付け加えておこう。

「親を責めると必ず後悔が残る。後悔はこの世で最も苦しい地獄だ」

「真実を偽っているうちに、真実を見る目を失う」

「ウソをつく側に力があれば、ウソも強力になる」

思わずドキッとしてしまう。最も心に残るのは、結末近く、マフィアとしてしか生きられないヴィンチェンツォに、寺の住職がかける言葉だ。

Netflix『ヴィンチェンツォ』
Netflix『ヴィンチェンツォ』

『ヴィンチェンツォ』は中毒性があり、見終わると、また初めに戻ってもう一度見たくなる。回収されていない伏線もあり、シーズン2を期待する声もあるようだが、現在のところ次作の制作は明らかになっていない。

Netflixシリーズ『ヴィンチェンツォ』独占配信中

    この記事につけられたキーワード

    ドラマ Netflix 韓流

    時田 綾子TOKITA Ayako経歴・執筆一覧を見る

    映画・テレビ文筆家。全国紙の文化部で25年にわたってテレビ欄を担当。ドラマ、ドキュメンタリーの試写を観て読者を番組に誘ってきた。その端正な文章には定評がある。現在はフリーの文筆家として、ネット配信のドラマ・映画評論にも活躍の場を広げている。

    このシリーズの他の記事