深刻化するニッポンの「孤独」

子どもの貧困の原因に焦点を当てる「大人食堂」

社会 仕事・労働

「子どもの貧困」問題が注目され、地域のNPOなどが定期的に実施する「子ども食堂」の数は全国で3700カ所以上に達している。そんな中、仙台を拠点に活動する個人加盟の労働組合「仙台けやきユニオン」は、2019年5月から「大人食堂」を始めた。なぜなのか。同ユニオン代表・森進生(もり・しんせい)さんに聞いた。

1人で食事をするより誰かと

第8回目の「大人食堂」は、仙台市福祉プラザの9階大広間で行われた。18歳から65歳までの労働者、失業者とその家族を対象にしている。ここでの食事と法律相談は無料だ。チラシには「職場や生活の愚痴を聞いてほしいという人も、ぜひ」と書かれている。開始時間の18時にはもうすでに10人以上が並んでいた。参加者が順に席につくと、その数は約30人。ほとんどが男性で、女性は4人ほどだった。8つあるテーブルに1人か2人のスタッフがついて、参加者に声をかける。ほどなく食事が提供され始めた。今日のメニューは、ナポリタンと山芋のポタージュ。同じテーブルの人たち同士の、食べながらの会話も聞こえてくる。

ナポリタンと山芋のポタージュ
ナポリタンと山芋のポタージュ

第1回からほとんど全回参加しているというアルバイトの女性がいた。最初は、「どうぞ、どうぞ」とスタッフに招き入れられて訳も分からず参加したが、20代のスタッフと話が合い、楽しかったのと、「1人で食べるより誰かとご飯を食べるほうがおいしいから」と通い続けている理由を語る。

別のテーブルの50代の男性は、仕事を失って山形県から仙台にやってきた。前回、この大人食堂にきたときは無職だったが、9月末から派遣で介護の仕事を始めた。振り込まれた初めての給料で1万円のスーツを買い、コートは友人から安く譲ってもらい、それを着て来たのだという。今まではジーンズ3本を着回す生活だった。仕事は得たが、来月はシフトが少なく給料は7万円ほどになってしまう。そのため「背広を着たホームレスだよ」と自嘲する。「ここには愛情と交流関係があるし、若い人を見ると生き生きした気持ちになる」と話す。

月によってシフトに入れる回数は違い不安もあると言う50代男性
月によってシフトに入れる回数は違い不安もあると言う50代男性

働いている人が集まれる場所を作りたい

そもそも、なぜ「大人食堂」を始めたのか。森さんはこう言う。

「仙台のホームレス支援団体『仙台夜まわりグループ』が炊き出しを行い、クビを切られたり体を壊したりして仕事を失った人を支援しています。しかし、そこから家を持って自立するのはなかなか難しい。貧困状態にある人がまだ仕事を持っている段階で支援を始めたいのですが、そういう人たちは『家もあるし、まだ大丈夫だから』と考えて相談には来ません。そこで、これまでの貧困支援とは違い、働いている人が集まれる場所を作りたいと思い、始めたのが大人食堂です」

第1回目の参加者は3人だったという。月に1回開催していく中で、2回目には13人、その後は平均10人で、前回の7回目は25人になった。急に人数が増えたのは路上生活者がグループで訪れたからだった。

「そうなると、大人食堂に来づらいという人もいます。そういう意見に対しては、もっと部屋を大きくして、ほとんどが路上生活者のグループというように感じないようにしたいと思っています。しかし、いま働いている人と路上生活者の間に垣根はないと伝えていく必要もあると思います。特殊な人がホームレスになっているのではない。厚生労働省の2019年1月の調査で確認されたホームレスは全国で約5000人となっていますが、実際は何万人もいると思います。いま働いている人も、いつそうなってしまうかわからない。だから毛嫌いするのではなく、この問題自体を何とかしないといけないのです」

実際、この8回目の大人食堂にも路上生活者のグループが来ていた。

「彼らは少し言動が荒く見えたり、つっけんどんに感じたりするかもしれません。しかし、そうなってしまうのは、迫害を受けるからなんです。ここに来た人の中にも、襲撃を受けて寝ているときに耳に液体を入れられ、耳が聞こえなくなってしまった人もいました。そのため差別や迫害に敏感になっています。食事の提供が他の人より遅れたら、『差別』と感じてしまったりもします。でもそれは、彼らのせいではないんです。だから絶対に排除はしません」

正社員でも低賃金でボーナスも年功賃金もない人

「仙台けやきユニオン」代表の森進生さん
「仙台けやきユニオン」代表の森進生さん

大人食堂には、ほかにもいろいろな人たちがやって来る。非正規や無職、そして少ないが正社員もいるという。森さんたちが呼ぶところの「周辺的正社員」「ブラック企業正社員」で、正社員でも低賃金でボーナスも年功賃金もない人たちだ。

「大人食堂ではなく、生活相談に来られた女性なのですが、本人に精神疾患があって無収入で、子どもにご飯を食べさせることができないということでした。母子家庭なのかと思いましたが、よく話を聞いたら同居する夫がいるという。有名個別指導塾の塾長で、本来であれば貧困になりようがありません。しかし彼はフランチャイズのオーナーであり、1カ月25万円程度の月収から本部へのロイヤリティや塾の家賃、光熱費を引くと、手元に残るのは7万円でした。こういう事例は多い。この大人の貧困問題にメスを入れないと子どもの貧困問題も解決しないのです」

「オーナー」「個人事業主」というと聞こえはいいが、実質は会社との契約にがんじがらめにされた「労働者」であるような場合は、「名ばかり個人事業主」と呼ばれたりする。

「自己責任論」が染み付いている

「大人食堂に来ている人と話をしていると、『派遣の契約がもうすぐ切れる』など、明らかに不安を持っている人たちがいる」と森さんは言う。しかし労働相談までする人は、1回にわずか1人か2人だという。なぜなのか。

「考えられる理由は3つあると思います。1つは、過去にいろいろなところで相談済みだということです。労働基準監督署などで『このままだと会社に名前が知られて立場が悪くなりますよ』と諭されたり、労組に『解決するのは難しい』と言われたりする。そのため相談しても仕方ないと思ってしまっているのです。2つ目は、残念ながらこの国は賃金水準も低く、社会保障も十分ではなく、多くの人が食べられなくなるまで、苦しくても耐えないといけないと思っていること。自分で何とかしないといけないという『自己責任論』が染み付いてしまっている。3つ目は、貧困支援や生活保護に繋がると『甘え』だとバッシングを受けること。『労組を使って金をせしめている』というバッシングに遭う組合員も多いのです」

助けられる側から助ける側に回った人たち

「大人食堂」の会場には、持って帰ることができるお米や、手作りのおにぎりもある
「大人食堂」の会場には、持って帰ることができるお米や、手作りのおにぎりもある

支援を受ける人は本当に「甘え」ているだけなのだろうか。「違う」と言える事例もある。この食堂の参加者から支援する側に回った人がいるのだ。

「その40代の女性は所持金が1200円になったとき、『死のうかな』とも思ったそうです。でも、ここで相談して生活保護を受給できた。それで『生きていていい』と思えた。だから、できたら自分もお返ししたいと、ボランティアスタッフとして働いてくれています」(森さん)

もう1人、40代男性の元参加者が、この日初めてスタッフとして働いていた。食堂でその人は、慣れていない様子ながら一生懸命、参加者たちに「お茶でいいですか?」と飲み物を運んだりしていた。心療内科でドクターストップがかかり、働けずひきこもっていたが、人との繋がりが欲しくて、ネットで見つけた大人食堂に9月に初めて来たのだという。

「最初は食堂の入口で入るかどうか迷いました。でも入ってみたら、大学生のボランティアスタッフも頑張っていて、楽しかった。それから参加を楽しみにするようになり、自分も何かお返しできたらと思ったんです。今日は初めてで、スタッフとして何をしていいか分からなかったし、役に立ったのかどうかも分からないけれど」と、男性は控えめに笑う。

森さんは、「大人食堂」を運営していく上で一番大事なのは「信頼関係」だという。

「支援してあげるのではなく、お互い分かち合って助け合おうということなんです。その信頼関係が支援や権利行使、居場所、そして人間的な繋がりになる。自分ひとりじゃない、何かあったらだれかに頼っていいんだというのが、自己責任論を乗り越えていくきっかけになるのだと思います」

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部
写真撮影:今村 拓馬

バナー写真:大学院生のボランティアスタッフと話す、「大人食堂」の女性参加者

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