たたかう「ニッポンの書店」を探して

本屋を植える仕事、書店なき町に本を届ける-掛川・高久書店

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自称「本屋バカ」の店主は、48歳で大型書店を退職し、9坪の書店を始めた。夢は今暮らすこの町より人口の少ない地域にも本屋を出すこと。そのことを「本屋を植える」と店主は言う。

高校生の息抜きの場

 夕刻、わずか9坪の高久書店は帰宅途中の高校生でごった返していた。
 静岡県掛川市のJR掛川駅正面の高台に掛川城がそびえる。そのふもとにある静岡県立掛川西高校の生徒たちだ。

 入り口を入ってすぐ右側は大学受験参考書のコーナーだ。受験シーズン本番の冬に向けて、「赤本」を始めとする受験参考書が充実していく。
 女子高生がファッション誌の予約注文をしたいという。人気の男性アイドルグループが表紙を飾るらしい。
「ふつう、2週間前までで雑誌の注文は締め切るんだよねえ」

 店長の高木久直さん(49)が困った顔をしながらもすぐにケータイで電話をかけ始めた。取次の担当者との数分の交渉ののち、なんとか追加で2冊確保した。心配そうに電話の成り行きを見守っていた女子高生が笑顔になった。
 予約注文していたコミック本を受け取るために立ち寄った男子高校生は、明日の運動会が予定通りに開かれることを話して帰って行った。

 はしご階段で屋根裏部屋に上がると、頭が天井に届きそうな空間の窓際に小さな机と座布団が並んでいた。ここでは誰でもくつろいだり勉強したり、好きなように過ごすことができる。

 在庫数は6000冊。限られた冊数だが高校生を意識したラインナップ。「10代の君へ」というサインの立てられた棚には、古典文学や現代小説が高木さんの選書で揃えられている。コミックは「新刊」と「セカンド」に分かれていてセカンドの棚には手塚治虫や美内すずえを始め長く読み継がれてきた作品が充実している。いずれも長編ぞろいだが、棚に並ぶのは古典に触れてもらうきっかけを提供するための3巻までで、気に入れば続きは取り寄せをというわけだ。

書店チェーンで腕を磨いたプロ書店員

  高木さんが20年以上働いた静岡の書店チェーンから独立してこの高久書店を開業したのはコロナ危機が囁かれ始めた2020年2月のことだ。すごい店だからぜひ取材するようにと私に教えたのは、広島の書店、ウィー東城町店長の佐藤友則さんだ。3月に電話で取材を申し込んだとき、高木さんから芳しい返事はなかった。
 開店早々にコロナ打撃に見舞われた不運な船出を案じながらタイミングを待ち、取材が叶ったのは9月末、秋晴れの日。掛川市は人口11万人、日本でも有数のお茶どころの静かな町で、高久書店は開店以来、経営計画の予算を超える売り上げを上げている。

 前の書店には27歳で入社し、1年で150坪の店の店長を任されることになったとき、高木さんは経営の独学から始めている。早朝から22時まで店に立ち、閉店後の深夜、貸借貸借表、売り上げと経費の整合性、帳簿管理など、店舗管理を数字で捉える基本を本で学んだ。

 高木さんによれば「どこに並べるか」で本の売れ行きは大きく変わってくる。ジャンルをまたいでつながりのある本をかたまりにしてコーナーをつくるなど、棚の工夫を実践していった。そして「どうやって来店してもらうか」については、店がどんなフェアをしているのか、どの本に力を入れているのか、書店に足を運ばない人たちにも伝わるよう、隔週でニュースレターをつくり、2000枚配布した。

 1000坪の新規大型店の文芸担当スタッフに抜擢され、その後は郊外店の店長とエリアマネージャーを兼任するなどキャリアを上げた。

 2012年に始まった「静岡書店大賞」の発起人は高木さんだ。地域で書店が沈んでしまうことへの危機感から地域全体の書店が活気づくよう、静岡県下の書店や図書館、地元紙と連携して静岡の今年の1冊を選び店頭でキャンペーンを行う仕組みをつくった。受賞作は大賞事務局がまとめて仕入れるため、参加書店は作品を確実に店頭に並べることができる。

無書店地域に本を届ける「走る本屋」

 高木さんは4年ほど前から、書店勤めのかたわら「走る本屋」という活動をしている。週末を利用して書店のない地域に車で本を売りに行く。書店のない自治体を無書店地域というが、その割合は全国の自治体の約3割にのぼる。静岡県の40市町のうち無書店地域は8カ所。これらの町に書店を届けるために高木さんが「走る書店」を始めたのは、ある再会にさかのぼる。

 本の読み聞かせのボランティア活動で伊豆半島の町に出かけたときのことだ。公民館で読み聞かせが終わって帰ろうとした高木さんは「先生、私のこと、覚えてる?」と小さな子どもを連れた若い母親に話しかけられた。

 高木さんは大学卒業後の数年、伊豆の中学校で社会科の講師をしていた。結婚してこの町に暮らしているという教え子は、「今日、読んでくれた本、よかった。なんていう本?どこで買える?」と尋ねた。高木さんが読んだ『はらぺこあおむし』は絵本作家エリック=カールの代表作で、絵本の取り扱いのある書店なら大抵は置いている。そう説明した高木さんは、教え子の次の言葉にショックを受けた。「そんなこと言ったって、うちらの近所に本屋なんかないもん」

「ただ読み聞かせをして帰っていくのは、まるで見せびらかしているだけのような残酷な行為に思えたんです」(高木さん)

 ほとんど使命感のような思いで高木さんは自前で車を買い、「走る本屋」を始めてしまった。月に2回ほど、仕事が休みの日に紺色のワンボックスカーに仕入れた本を積んで出かける。地域のお年寄りも本が届くのを楽しみにするようになった。本を待つ人たちと直接顔を合わせ、言葉を交わしながら、高木さんは「地域に本屋は必要」との思いを深め、高久書店の開業を決めた。

 自分が経営者になれば、自分が望む限り、いつまでも本を売ることができる。定年が頭にちらつき始める50歳を目前にした決断だった。電話で取材の申し込みをした際に短い会話で聞いた高木さんの言葉を思い出す。高木さんは自身を「本屋バカなんですよ」と言った。サラリーマンの頃より月収は下がるうえ、高木さんには9歳と6歳のお子さんがいるのだ。

棚をつくり、伝える

 この半年、コロナ禍に耐え抜いた。
「毎日情報を確認してこまめに新刊動向を把握しています。タイトルや著者を見て、ああ、あのお客様が買われるだろう、というのはだいたいわかりますが、そればかりで揃えると本屋の魅力は下がります。買われるお客様の顔が思い浮かばなくても、いい本だと思ったら注文します」

 棚の一角に『橙書店にて』(田尻久子著)、『本屋がなくなったら困るじゃないか』(11時間ぐびぐび会議 ブックオカ編)など、書店にまつわる本のコーナーがつくられていた。本づくりについて伝える新しい出版物として注目を集める『BOOK ARTS AND CRAFTS』もある。「攻めてるでしょ」。高木さんは、誇らしげににやりとした。

 棚が充実していても、お客様にそのことが知れ渡らなくては意味がない。「客単価×人数=売り上げ」という公式はどの商売でも基本ですね、と言うと、高木さんは次のように説明した。「お客様ひとりあたりのご購入額はそれほど変動しないものです。であれば、多くのお客様に足を運んでいただけるような工夫が大切です」

 毎日数回、ツイッターで新刊情報や配達風景を発信する。屋根裏部屋兼ギャラリーは、高校生のためにつくった場所だが、結果としてゆるやかな集客と売り上げの向上につながっている。

 地元の図書館で活動する本好きの人たちのサークルと連携した「俳句大賞」の仕組みは奮っている。投句希望者は地元のアマチュア写真家が撮影した掛川の自然や親子の写真で構成する写真集「日々のことのは」を200円で購入し、好きな写真を選んで詠んだ俳句を巻末の投句用紙に記入して、高久書店や図書館に設置された投句箱に投句する。集まった句を選考委員が選句し、句集を編集。中央図書館で写真展と表彰式を開催する。副賞として図書カードを出す高久書店賞もつくった。投句のために高久書店を初めて訪れる人もいるだろう。何より、高久書店の「言葉と表現」を支える姿勢を伝え広めることができる。

本屋がなくなると、人は本を読まなくなる

 荷開け、棚詰め、掃除、返品、経理、企画の立案、来店客への応対などすべての仕事をひとりで裁く。
「予約注文や定期購読への応対はイノチですよ」

 来店がままならない高齢なお客様や定期購読客の自宅に朝から配達に回り、途中立ち寄った神社の写真をSNS にアップする。高木さんのSNSを通して掛川の四季を知ることができる。小さな仕事を大切に積み重ねていく先に未来があると、高木さんの勤勉な日々は教えてくれる。掛川は二宮尊徳の報徳の教えを受け継ぐ土地柄だ。高木さんは、二宮の「道徳のない経済は犯罪であり、経済のない道徳は寝言である」という言葉を大切にしている。

 周辺の地域に暮らす高齢者も多く訪れる。掛川の商店街から最後の書店が姿を消して2年、地域の人たちは本を買う場所をなくし、本を読む機会が減っていたと聞き、地域に書店がなくてはならないという思いを強くした。

 本屋がなくなったことで心を支える本との出会いが減ったかもしれない。それは地域にとって幸せなこととはいえない。レジの奥から店の様子を眺めた半日の間には、俳句大賞の投句に訪れた年配の男性、孫の絵本を選びにきた初老の女性、お姉ちゃんの誕生日プレゼントの漫画を買いにきた小学生の男の子と父親など、実にさまざまな顔ぶれがあった。

 両親が共働きだった高木さんは、子ども時代に伊豆・松崎町の祖母の家に預けられた。祖母に連れていかれた地元の書店には、本を仲立ちに大人と子どもが年代を超えておしゃべりをするおおらかで自由な雰囲気があった。お行儀の悪さを注意されることはあっても、追い出されることはなかった。子どもたちはここで学習漫画や学年誌に始まり、知の冒険の扉を開いた。高木さんも高校時代、生きる意味に悩み、気づけば死すら近くにあった一時期、その書店で手にした『火の鳥 第2巻』から、人間が多様な存在で、どんな人間でも生きていてよいのだと教わり、救われたことがあった。

 そんな書店を掛川より人口の少ない町や書店のない地域につくるのが、高木さんの夢だ。

「空き家問題はどの地域にもあることですが、空き家を無料で提供して本屋をつくることを自治体や地元企業に働きかけようと考えています」

 「本屋を植える」と高木さんは表現した。これから高木さんは何年もかけて、いくつもの本屋を確かに植えていくのだろうと思った。

バナー写真:高久書店店長の高木久直さん(撮影はいずれも三宅玲子)

高久書店

静岡県掛川市掛川642-1
https://sites.google.com/view/books-takaku
営業時間 10〜19時
定休日  日曜
ジャンル 新刊
蔵書数 約6000冊

本・書籍 過疎 書店 本屋 掛川