地域を立て直す書店の役割-広島県庄原市東城町「ウィー東城店」
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店長は「地域のおいっ子」
広い敷地に駐車スペースはたっぷりと25台。書店の一角に小さな美容室が見えた。駐車スペースの奥には大きなコインランドリー。金曜日の朝、何台ものランドリーマシンがクルクルと忙しく働いている。ランドリーの隣には、玉子の自動販売機と精米機が並ぶ。
100坪の店内は明るくすっきりとしていた。半分を書籍が占める。次いで大きいのが化粧品コーナー。奥にエステルームがある。続いて文具、CD、タバコ。レジカウンター前には雑貨コーナーとコーヒースペース。
文具は1本1本真っ直ぐに、書棚の本は整然と並ぶ。コーヒーを作る水場は磨き上げられてピカピカだ。
仕事の休憩だろうか、雑誌のコーナーで作業着姿の青年が立ち読みしている。化粧品コーナーから、ベテランのスタッフと中年の女性客の笑い声がした。
ガラケーが動かなくなったと老夫婦が相談にやってきた。レジカウンターでガラケーを受け取ったのは店長の佐藤友則さん(43)だ。佐藤さんがSIMカードを入れ直して再起動をかけると、ガラケーは息を吹き返した。
「店長さん、ありがとうねー。もう買い換えにゃあいけんかねえって思っとったんじゃけど、助かったわー」
にこにこと老夫婦を送り出すと、佐藤さんが言った。
「こういう相談、うちではしょっちゅうです」
パソコンを風呂敷で包んだお年寄りが2人続けて来店した日もある。困りごとは家電だけではない。急に家族が亡くなったとき、葬儀や喪中ハガキの手配をどうしたらいいか。あるいは、他人に言えない家族の問題。相談者は高齢者に限らない。高校受験を控えた中学生が、模擬面接をしてほしいとやってくる。
そういえばガラケーの老婦人は会計なしで帰って行った。
「簡単なことでお金はいただきません。ちょっとややこしいことだとワンコイン(500円)ということにしてます」
一応の料金設定をしないと、お礼にと牛肉の包みを持ってこられたり、千円札を3枚も入れた封筒を押しつけられたりして困るのだと、佐藤さんはまたにこにこした。
こうした相談を引き受ける自身を「地域のおいっ子」でありたいのだという。
書店だから地域を立て直せる
ウィー東城店は、広島と岡山の県境の山間(やまあい)にある。江戸時代には浅野氏の城下町として栄えた東城町の街道には古い家並みが残る。
2005年の町村合併で庄原市の一部になった。日本有数の石灰岩地形のため、石灰石製品製造業の仕事と農業を兼業する家庭が多い。
ウィー東城店が開店した1998年、町には12000人が暮らし、ブックスタンドを含めると4軒の書店があった。22年が経ち、今、人口は7500人、書店はウィー東城店だけだ。高齢化率は47パーセント。
限界集落の定義は高齢化率が50パーセントを超えることだという。限界集落を目前にしたこの町で、子や孫がすぐそばに暮らす老人は少ない。些細な困りごとを相談できる「地域のおいっ子」がいたら、心強い。
だが、売上のために役目を引き受けているわけではない。それよりも、町の人たちから「店にとって何が必要なのか」を教えられ、育てられたことへの感謝なのだという。
佐藤さんは、ウィー東城店を経営する総商さとうの4代目だ。初代は福山から馬に生活雑貨を積んで行商をしていた。東城町から南へ15キロの神石高原町で初代が商いを始めたのは明治22年のことだ。初代から4代目の現在まで、書籍を中心に衣類や化粧品など地域のニーズに合わせて商材を入れ替えてきた。
だが、出版市場の縮小やアマゾンのインフラ化などの影響は避けられず、佐藤さんの店でも売上に占める書籍の割合は3割を切った。商材の中で粗利率が最も低い書籍を取り扱う意味は薄れているのではないか。
ところが、
「うちの商売から本をなくすことはあり得ません」
佐藤さんははっきりと言った。
「書店は地域の再構築に大きな可能性を持っています」
地域の人たちが教えてくれた
東城町に出店したのは父の洋さん(72)だ。念願の2店目を長男の佐藤さんに任せる場所として東城町を選んだ。修業先の名古屋の書店から戻ってきて店長になってみると、書籍の棚は取次からの自動配本をただ並べただけで魅力がなかった。段ボールで届く配本を棚に並べ、返品する作業で手は腫れ上がった。来店客の目線に合わせて店内の動線を変え、従業員と信頼関係を育てようと、手探りの日々。店の床に敷いた段ボールで仮眠して迎えた朝は数え切れない。
そのうち、お客さんから「あの本が欲しいんじゃけど」「これ、佐藤くんとこ、ある?」と、本の注文を受けるようになった。リクエストに応えていくうちに、この町の人たちが求める傾向がわかるようになっていった。
「例えば、高齢者のひとり暮らしに関する本です。注文されるタイトルによって、ああ、なるほど、こういう本を求めているのか、と教えられます。1冊の注文を手がかりに、同じテーマで切り口の違う本を数冊集めてコーナーをつくることができます」
人の生き死にや孤独に関するテーマ、あるいは不登校や引きこもりといった子どもに関わる本。冠婚葬祭、ガーデニング、健康、料理……。
町の人たちは「生きること」全般に関する本を求めていた。
地域の書店が人々の人生に必要とされる「知」の集積であることを、佐藤さんは全身で吸収していく。
地域の人たちが教えてくれたのは、本のことだけではなかった。化粧品を買いにくるお客さんは、接客する佐藤さんの妻・恵さんに、髪型の相談をした。恵さんは結婚前、腕のいい美容師として大阪で働いていた。恵さんがアドバイスをするうちに、お客さんの間から「恵さんに切って欲しい」という声が上がり、美容室ができた。
座ってコーヒーが飲みたいというお客さんの要望に応えてコーヒーコーナーをつくり、「ちょっと食べたい」という追加のリクエストに応じてポップコーンを売るようになった。
雑貨コーナーで酢や海苔などの特産品を売り始めたのは、ちょっとした土産物を手軽に買いたいという声による。
「特に、美容室を、という声を受けて開業したとき、ああ、これでパズルの最後のピースがピタッとはまった、という感覚がありました」
美容業は書籍と反対に粗利率が極めて高い。
初代が始めた「よろず屋」の商いが4代目でも続いているのは、そのときどきで地域のニーズに応えたためだったが、お客さんの要望に応えると、不思議なことに書籍の低い粗利率をカバーする組み合わせができてしまう。
ウィー東城店は開店以来、22年にわたって売上をほぼ維持し、利益率はここ最近上がり続けている。
本に宿る再生の力
あるとき、中学まで不登校だった16歳の男の子をアルバイトに雇うことになった。はじめは週1回店に出て、ほとんど立っているだけだった。それにも慣れた頃、電話番を教えるところから始めた。佐藤さんがつくったマニュアルを棒読みするような話し方だったが、そのうちに電話の先の相手に合わせて話し方を変える配慮ができるようになった。今、24歳だ。
もうひとりは29歳。大学卒業後、企業に就職したものの精神的に不調となり、退職。ウィー東城店でのアルバイトで元気を取り戻し、別の企業に再就職したが、再び不調になり、ウィー東城店に戻った。こうして2度ほどウィー東城店でのアルバイトと企業への就職を繰り返した後、ウィー東城店の正社員になり、結婚した。現在はコミックの責任者だ。
ノルマは与えない。求めているのは「去年の自分を超える努力を」ということだ。2人とも、自分で勉強し、考え、工夫をするようになった。
24歳の彼は、棚づくりをはじめ書籍のマネジメントの技量が佐藤さんに追いつくほどに成長した。29歳の彼は、新人漫画家の中から成長株を見出す目利きとして、書店関係者に講演ができると言われるレベルになった。
彼らの成長を話すとき、佐藤さんは一瞬言葉を詰まらせた。
「2人とも、一流の仕事をします。うちには彼らの前にも何人か、不登校の子がバイトに来ていい仕事をしてくれました。彼らを見ていると、現在の社会のシステムに合わないことの方がまともなんじゃないかと思うくらいです」
現在の社会システムには適合しない彼らが、書店員としては、なぜ優れた力を発揮できるのだろう。
「それは、本がもともと持っている力だと思います。心が弱ったときや何かを知りたいとき、人は本を読みますよね。つまり、人は困ったときに本に助けられ、救われるんだと思います。書店空間には、人を助け、救う本がぎっしりと並んでいる。そんな空間で人が何かしらの力を得て、元気を取り戻すのは考えてみれば不思議なことではありません」
本に宿る「知」は人の再生を支える。このことが彼らとの時間を通して佐藤さんの身体に沁み込んでいる。
書籍が中心
佐藤さんが紙に図を描き始めた。
紙の真ん中に「本」。それを「ライブ」「料理」「バー」「化粧品」など、いくつもの商材でぐるりと囲み、「本」と個々に矢印でつなぐと、曼荼羅のような図が現れた。
「例えば、うちではイタリアン茄子を売るのだって違和感がない。肉だって売れます」
なぜですか?
「料理本があるからです。料理本のフェアとして、茄子を売り、イタリア料理教室を開くことができるでしょう?」
佐藤さんはニコッと笑うと、「本」から広がったイベントを挙げた。
82歳の女性による料理教室。魚が獲れないこの土地には山陰地方から運ばれてくる保存したサメを使った伝統料理「ワニ料理」がある。「ワニ料理」を伝えたいと、女性が佐藤さんに相談したことから始まった。毎月1回の教室はコーヒーコーナーで行われる。ゆくゆくは本にする予定だ。
「こんな地元ならではのテーマの出版を事業にするのも、地域をよく知る本屋の役割だと思うんです」
2月には、オリジナルで制作したインバウンド旅行者のための日本観光の日本語テキストをAmazon.com(アメリカのアマゾン)で発売した。出版事業の船出だ。テキストに登場する観光の舞台は、もちろん広島。それも、日本人にも知られていない場所だ。
閉店後、レジを締めた佐藤さんがこの日のレジ客数を教えてくれた。188人だった。7500人の町で、1日にこれだけの人が集まる「奇跡」が起きている。
翌朝の土曜日、10時に開店すると、「店長さーん」とレジカウンターに男の子がやってきた。
佐藤さんがトランプを取り出し、男の子がじっと手元を見つめる。
手品歴は20年近い。親に連れられてきた小さな子どもが書店をつまらない場所だと思うようではいけないと、独学で子どもたちを楽しませてきた。
地域のおいっ子は、相手が変われば地域のおじさんにもなる。
「この町で本屋の可能性を証明するのはこれからなんですよ」
初代から今年で130年、4代目の言葉は力強かった。
バナー写真:ウィー東城店の外観