たたかう「ニッポンの書店」を探して

「100年続く書店」を目指す書店界のドン・キホーテ 東京赤坂の選書専門店「双子のライオン堂」

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三宅 玲子 【Profile】

出版不況と言われて久しいものの、「本」という形をとったメディアは決して不要となったわけではない。しかし、本を買う「場所」は劇的に変わった。アマゾンで本を取り寄せる習慣は私たちの生活に定着したのだ。かつて商店街には小さな書店があるのが当たり前の風景だったが、今、年間800〜1000店のペースで姿を消している。それなのに、「100年続く書店」を合言葉に始まった書店がある。

選書専門店

店主と妻の星座に由来する「双子のライオン堂」という店名から書店を連想する人はほとんどいないだろう。風変わりなのは名前だけではない。店の所在する赤坂は、テレビ局や歓楽街があり、政治の中心地・永田町にも隣接する都心の一等地だが、「双子のライオン堂」があるのは、表通りから入り組んだ道を六本木へ抜ける谷間の一角である。しかも青く塗られた分厚い扉は閉ざされていて、中を覗き見ることはできない。

青い扉の「双子のライオン堂」
青い扉の「双子のライオン堂」

「せめて扉は開けておきなさい、って常連のお客様からよく助言をいただきます。これじゃあ一見(いちげん)さんが入ってこられないよって」

店主の竹田信弥さん(33)は頭をかいた。

「これ、本の扉を形どっているんです。さあ、本の中に飛び込んできてください、というつもりでつくったんですが」

10坪ほどの空間は、壁いっぱいに本棚が組み上がり、国内外の小説、思想哲学、評論、エッセイなどが並ぶ。池澤夏樹編集の世界文学全集(河出書房新社)のカラフルな背表紙も揃う。この小さな書店は30巻からなるこの全集を8セットも売った実績を誇る。本棚の前に積まれた小さな本箱にも、ぎっしり。満杯となった書棚から溢れた本たちが横向きに寝かされている。

3600冊の本からなるカオスな空間は静かに充足していた。
棚の脇に木札がある。作家の辻原登、元ライフネット生命会長で立命館アジア太平洋大学長出口治明、出版社ミシマ社の三島邦弘など、記されているのは選書者の名前だ。

辻原登は竹田さんの大学時代の恩師だ。開店にあたり、恐る恐る選書を依頼したところ、恩師はとても喜び、協力を約束した。

選書者は現在36名。
竹田さん自ら選書を依頼した人たちだ。各々の選書者の棚に、お薦めの本が並んでいる。

選者別のお薦め本
選者別のお薦め本

選書を依頼するにあたっては、100年は一緒にやっていきたいという気持ちであると、次のように話す。

――あなたが100年後にも紙の本として残したい本を10〜100冊教えてください――

そして、古本、新刊を問わず可能な限り集めることを約束する。

竹田さんは本の持つ力をこう表現した。
「本は物理的には紙とインクでできたただのモノですが、100年、200年と読み継がれる本には、コピーや複製に形を変えてもなお残り続けるエネルギーが宿っています。それは言霊のようなものかもしれませんし、叡智が込められているということなのかもしれない。そういうものを書いた著者への畏怖を、例えば本の表紙や背表紙から僕らは自然と感じ取っているんだと思います」

インタビューに答える店主の竹田信弥さん
インタビューに答える店主の竹田信弥さん

竹田さんは「双子のライオン堂」を選書専門店と位置づけている。

町の本屋から大型書店まで、書店が次々と廃業に追い込まれる中、竹田さんは書店を経営する。選書者とともに100年続く書店を。そう竹田さんは本気で考えている。それは、自らが書店という場所に救われた経験がもとになっている。

書店は呼吸がしやすかった

東京・目黒で生まれ育った。
中3でライトノベルに夢中になった。
本読みだった友達の勧めでもりもりと読んだ。読書は受験勉強からの格好の逃げ場になった。近所の書店に通い始めたのはその頃だ。同居する祖母が本代にと小遣いを惜しまずにくれるので、せっせと本を買って読んだ。

高校に進学すると、書店通いはいよいよ加速する。
書店に行かない日はなかった。日に何軒か書店をはしごしたり、友達と待ち合わせに指定した書店で本棚から離れない竹田さんに友達が呆れはてたり。

のちに結婚することになる獅子座のガールフレンドとも、デートはもっぱら本屋だった。渋谷にあった総合書店ブックファースト(2017年閉店)に通いつめた。社会から少し切り離されて守られている空間は、呼吸がしやすかった。

「例えば、キャンプが好きな人が森に行くとリラックスできる。それと同じように、ぼくは書店で圧倒的な量の本に囲まれているとき解放されていたんだと思います。自分の当時の悩み事に対する答えを本の中に探すこともできたし、未来に向かう入門書も大量にある。それがすごく心地よかった」

部活を早々に辞め、クラスでは人間関係の問題から不登校になるなど、高校生の心は不安定だった。それが、大量の本が洪水のように渦巻く書店という空間の中にいると、きっちりとした答えが見つかるわけではなくとも、気持ちが晴れた。

「例えるならネットサーフィンのリアル版のようなものだったかもしれません」

好んで読んだのは、舞城王太郎、佐藤友哉、絲山秋子といった純文学やエッセイ。高2の夏休みに東海大学の文芸創作の夏期プログラムに参加した。作家を目指す学生や教えに来ていた辻原登をはじめとする作家たちと交わり、高校とは異なる世界を知り、見晴らしがよくなるような思いがした。

高3の春、ネット古書店「双子のライオン堂」を始めた。それは東海大学文学部文芸創作学科(現在は文化社会学部文芸創作学科)へ進み、さらに卒業して2008年春、ITベンチャーに就職してからも継続する。

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三宅 玲子MIYAKE Reiko経歴・執筆一覧を見る

1967年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。「人物と世の中」をテーマに取材。2009~14年、中国・北京に暮らす。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「Billion Beats」運営。近著は「真夜中の陽だまりールポ・夜間保育園」(2019.09 / 文藝春秋 )、個人サイト www.miyakereiko.com

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