ニッポンの性教育

シリーズ・ニッポンの性教育(2) 性について学ぶ権利を奪われている子どもたち

社会 教育

多くの人たちは小・中・高校時代、性について学んだのは、保健体育などでのほんの少しの時間だったのではないだろうか。性教育を受けていないということは、どういうことなのか。性教育によって、生徒たちは何を学ぶのか。長く学校での性教育に携わり、その現場を見てきた「“人間と性”教育研究協議会」の代表幹事・水野哲夫さんに聞いた。

学ぶ権利を奪われ大人になっても性の知識が乏しいまま

性教育に反対する人たちは、「寝た子を起こすな」と言う。これは、わざわざ性的好奇心を喚起することはない、自然に学ぶ、ということだ。本当にそうだろうか? 水野さんはこう反論する。

「例えば、イギリスのカーディフ大学とスイスの不妊治療の製薬会社『メルクセローノ』が共同で実施し、2011年に発表された『スターティング・ファミリーズ』という18カ国の妊娠希望カップル対象の意識調査があります。このうち『妊娠に関する知識の程度』の調査の中の基本的だと思われる質問で、日本人男女の正答率はとても低かったのです」

その質問は「健康なライフスタイルであれば受胎能力がある」「月経がない女性でも受胎能力がある」「男性が精子を産生するなら授精能力がある」「男性が勃起できることは授精能力があることを示す」など。これらは、いずれも誤りだ。日本の男女の正答率は、「男性が精子を産生するなら授精能力がある」との問いでは18カ国中最下位。ほかの質問ではいずれも17位だったという。

「真剣に子どもが欲しいと思っている、大人のカップルの知識がこの程度だったのです。各国と比べて、明らかに知識量が足りない。つまり、教育が違うということ。妊娠に必要な知識も与えず、政治家は『子どもを3人産め』と言っているのです。自然に学べばいい、と言いますが、そこで得られる知識はせいぜい性交のことくらい。性と人権の関係のほか、デートDV(交際中のカップル間で起きる暴力)やセクハラの本当の問題点などは、主体的に学んで同世代と話し合わなければ身につきません」

こうした中で今年、東京都の「性教育の手引」が14年ぶりに改訂された。保護者の了解が得られれば、避妊や人工妊娠中絶など学習指導要領の範囲外の内容も教えることができるとしている。水野さんはこの改訂を経てこれから必要なのは、「学校の中で性教育ができる環境」だという。

改訂された東京都の「性教育の手引」に掲載された中学校の指導事例

生殖に関わる機能の成熟 1年:保健体育科 11時間
異性の尊重と性情報への対処 1年:保健体育科 11時間
男女相互の協力(合唱コンクールに向けて) 1年:特別活動  
性情報への対応・性犯罪被害の防止 2年:特別活動 2時間
異性との人間関係を深めるには 2年:道徳  
自分の命を精一杯生ききる 3年:道徳  
エイズの予防 3年:保健体育科 7時間
大人計画(多様な生き方) 3年:道徳  

「性の問題は、人の発達に欠かせない、人間が生きていく上で欠かせない問題です。しかし、日本では『性的に自立していない人間で大丈夫だよ』と言わんばかりに、学ぶ権利は奪われています。改訂された都の手引は、行政が作った文書ですが、『指導要領を超えた内容の指導がありうる』と書くのは非常に勇気がいることです。その点はよかったと思います。しかしまだ、学校で性教育をするには学校全体で合意が必要ですし、保護者の了解を取らなければならないなど、ハードルは高いままです。加えて、先生は多忙にさせられている。そういう中でも、学校の中に安定した性の学びの場を作っていけるかがこれからの課題です」

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部

バナー写真:東京都足立区で開かれた講座で話をする水野哲夫さん(本人提供)

この記事につけられたキーワード

教育 人権

このシリーズの他の記事