日本のロケット打ち上げ成功率は世界最高峰|第4次宇宙基本計画を読み解く(2)
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本題に入る前に、日本のロケット産業が欧米にも比肩しうる事例をご紹介しましょう。
日本のロケット打ち上げ価格は、諸外国に比べて2~3割以上高いといわれています。打ち上げ回数自体が少なく、また打ち上げは一般に赤道に緯度が近いほど低コストで済むため、そもそも種子島は射場としての条件がそれほど良いわけではありません。従って、打ち上げ価格を安くすることには限度があります。(フランスのギアナ射場は赤道上にあります)
ただし、日本のH-IIAロケットは42回中41回の打ち上げ成功、H-IIBロケットは全9回の打ち上げすべてに成功というように、成功率は世界最高峰です。打ち上げの信頼性を重視し、値段は二の次とする中東諸国は、日本の宇宙産業発展のためには有望な顧客といえます。
実際に、日本はトルコやカタールの衛星製造を受注し、UAEの火星探査機の打ち上げサービスを提供しています。かつては日本の宇宙ビジネスの有望な市場としてアジアを中心に考えられていましたが、この10年で大きく変わっています。
第4次宇宙基本法は、このような宇宙産業のさらなる発展を意図しています。
新たな戦闘領域「宇宙・サイバー・電磁波」
それでは本題です。
第4次計画が掲げる目標は、一言でまとめると、多様な国益に貢献するために「自立した宇宙利用大国となること」です。その意味するところは、宇宙活動の自立性を支える産業と科学技術基盤を強化し、宇宙利用を拡大するということです。
もう少し、具体的に見てみましょう。
目標とする多様な国益のなかでも、トップに宇宙安全保障の確保が挙げられています。前回も触れましたが、今回の宇宙基本計画は、宇宙の安全保障環境がいっそう悪化し、脅威は増大している、という環境認識に基づいて作成されています。そこで、宇宙安全保障の確保が今まで以上に重要となりました。
すでに2018年12月に策定された現行防衛大綱が、宇宙領域での優位性の獲得が死活的に重要であるという見方を示しています。防衛大綱は、現在の戦闘形態は、陸・海・空といった伝統的な空間に、「宇宙・サイバー・電磁波」といった新たな領域を組み合わせたものに抜本的に変わりつつあることに注目します。
そして、伝統的な空間と新領域での能力の有機的な融合、その相乗効果により、全体としての能力を向上させること、すなわち「多次元統合防衛力」が必須であると判断しています。つまり、陸・海・空のいずれかで劣勢であっても、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域で優勢であれば、劣勢な部分を克服し、日本の防衛を全うできる、という発想です。
そこで、防衛大綱および防衛大綱に従って同時に策定される中期防衛力整備計画(中期防)に基づいて、2020年5月、航空自衛隊に宇宙作戦隊が新編されました。中期防によると、宇宙作戦隊の任務は以下のものとなります。
- 宇宙状況監視(SSA)システムの整備
- 宇宙設置型光学望遠鏡及びSSAレーザー測距装置を新たに導入
- 我が国衛星の脆弱性への対応を検討・演練するための訓練用装置や我が国衛星に対する電磁妨害状況を把握する装置を新たに導入
4次計画で策定された宇宙安全保障の施策
国家安全保障戦略(2013年)、防衛大綱(2018年)やその他の関連政府文書は、宇宙基本計画策定における重要な要素です。防衛大綱で新たな領域の1つとしての宇宙の位置付けが決まれば、それを宇宙基本計画において最適な方法で履行する方法を考えなくてはいけません。中期防での計画、日米安全保障協議委員会(「2+2」)や日米包括宇宙対話などで進められている計画などは、第4次宇宙基本計画とその工程表の中に含められています。
宇宙基本計画は、本文(固定、現行は2020年)と毎年12月中旬から下旬にかけて決定される工程表により構成されていることは以前も述べました。世界や日本の状況変化に素早く対応し、基本目標を達成するためには、工程表の改訂を通じて「常に進化し続ける宇宙基本計画」とすることが求められるからです。
第4次宇宙基本計画には、2020年度用の工程表が本文に続いて掲載されています。第3次では、53の具体的な施策について工程表を作成していましたが、第4次では、より大きな項目で分類し、24の施策に絞っています。そして、4つの目標を掲げ、それらの実現を支えるものとして、産業・科学技術基盤など総合的基盤があるという構造をとりました。4つの目標とは、
- 宇宙安全保障の確保
- 災害対策・国土強靱化や地球規模課題の解決への貢献
- 宇宙科学・探査による新たな知の創造
- 宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現
となります。
その中でも、「宇宙安全保障の確保」に9つという最大数の施策が振り分けられていることからも宇宙安全保障確保の重視が見てとれるかもしれません。9つの施策とは、具体的には、準天頂衛星システム、Xバンド防衛衛星通信網、情報収集衛星、即応小型衛星システム、各種商用衛星などの利活用、早期警戒機能など新技術の研究、海洋状況把握、宇宙状況監視(SSA)、宇宙システム全体の機能保証強化となります。
テポドン発射を契機として
この施策とはどういうものなのか、いくつか説明してみます。
まず、準天頂衛星システムについてですが、準天頂衛星5号基(2021年打ち上げ予定)に、米国の宇宙状況監視(SSA)センサーを搭載することは、すでに書きました。(「宇宙作戦隊とはなにか(4)」参照)
今後は、2023年度までに準天頂衛星「みちびき」7号基までを打ち上げることになっていますが、内閣府、外務省が中心となり、6号基、7号基にも米国のSSAセンサーを搭載するよう米国と調整することになっています。
この施策によって、さらにその価値が高まる準天頂衛星を守るための宇宙機器やシステムの開発などに民間が乗り出すということも十分考えられ、予見性に基づくビジネス振興の一助となり得ます。
次に、日本では唯一の公式の軍事衛星Xバンド防衛衛星通信網は、2022年度までに3基体制を完成させる計画は変わりません。基数自体が少ないがゆえに、より衛星網の抗たん性を高めることが重要であり、主として防衛省が抗たん性強化を担うこととなっています。抗たん性とは、敵から対衛星攻撃(ASAT)などを受けたときに、その攻撃に耐えて可能な限り本来の機能を維持する能力をいいます。
3番目に挙げた施策、北朝鮮のテポドン発射(1998年)を契機として開発された情報収集衛星も、10基体制の確立に向けて、2020年度中にデータ中継衛星初号機が打ち上げられる予定です。
この衛星も入れると、今後10年(2029年度まで)に光学基幹衛星3基、光学時間軸多様化衛星(撮像頻度を上げるための追加衛星で、小型衛星であるため相対的に安価になることが期待される)2基、レーダー基幹衛星4基、レーダー時間軸多様化衛星2基、データ中継衛星2基が情報収集衛星として打ち上げられる予定です。
打ち上げ予定数だけで10基を超えますが、寿命を迎えて退役する光学・レーダーの基幹衛星がありますから、運用体制としては今後の打ち上げで最高10基となります。
そして、準天頂衛星、Xバンド通信衛星、情報収集衛星ともに、抗たん性を備え、かつその機能が間違いなく発揮されることを請け負うという意味での「機能保証」を強化するために必要な施策を講じることになっています。
民間の宇宙産業への期待
日本の宇宙産業には大きな可能性があります。
第4次計画の新しい部分は、世界が経験しつつある宇宙活動やアクターの形態の変化に取り残されない、という決意に基づく施策が定められていることです。それらは、民間の宇宙産業をさらに発展させることが目的になっています。
現在、日本は欧米を追いかける立場であったとしても、民間企業が持つロボティクスやIT技術、他分野からの資産や知見をも導入して、一気に宇宙産業を推進力とするイノベーションを実現し、それにより宇宙の自立を守り、経済成長を起こそうとしています。積極的な攻めの姿勢は、基本計画で初めて見られる「失敗を恐れず」挑戦するという言葉にも現れています。
具体的にはなにをするのでしょうか。
例えば、衛星データの利用拡大を通じた新ビジネスの創設に向けて、政府衛星データを無償提供する「オープン&フリー化」プラットフォームを確立することです。欧米ではすでにこの試みが進んでいます。そこで、日本が欧米と同等水準のプラットフォームを作り上げると、欧米のさまざまな衛星データプラットフォームとの連携が可能になります。
衛星データの国際共有により、日本企業がさらに多くのデータを使い、AI処理を施し、これまでになかった新たなビジネスを創出することが期待されています。なにが出てくるかわからない、しかし、そのための資源を使いやすい形で民間に無償で提供し、その過程で友好国との国際連携も深めるというやり方です。
政府衛星データプラットフォームTellusには、登録すれば誰でも原則無料でアクセスが可能です。
また、日本政府は、民間が汎用利用のSSAシステム構築を行うことを支援し、国の宇宙プロジェクトにはベンチャー企業を中心に民間からの調達を拡大する、というやり方を取りつつあります。この方式を大規模に行ったのが米国で、その結果が国際宇宙ステーション(ISS)への民間有人輸送機にまで結実した、といえます。日本ではまだ、米国と同等の規模で民間からのサービス調達を行うことは困難です。しかし、民間が小型ロケットを開発する中で、将来の需要を見据えて射場整備やサブオービタル宇宙観光用のスペースポートを整備することなども視野に入っています。
さらに、輸送システムのたゆまざる進歩は、自立した宇宙利用大国であるために必須の条件となります。国としては、例えば新型ロケットH-III(2021年度以降に打ち上げ予定)の次、将来的な輸送システムを考えることが不可欠です。
政府は、再使用型、高速2地点間輸送(P2P)(航空機とロケットの中間体による超極音速滑空体)など、新たな開発対象システムを考えようとしています。そのなかにサブオービタル宇宙観光機、即応型小型ロケット、成層圏でのビジネス用宇宙機など、民間が開発、製造する航空宇宙物体が入ってこられるような環境整備を、法的整備も含めて行うことが考えられています。
民間参入の手引きとなる法整備
第3次計画時代には、宇宙活動法と衛星リモートセンシング法(ともに2016年)を策定し、民間の打ち上げ産業、リモートセンシングデータ販売業などを円滑に進める手助けをしました。そのために、手続きが透明になり、外国の衛星運用事業者は日本のロケットに打ち上げを依頼しやすくもなりましたし、データの機密性保持と流通によるビジネスの利益のバランスを取ることにもなりました。
次は、サブオービタル飛行法制(航空法か宇宙法か、それとも新たな法か)や、月探査を前にしての宇宙資源(月の水や小惑星の鉱物資源など)採掘の条件や鉱区の規則が、法整備の有力な候補です。それに続いて、より明確なルールがあった方がビジネスの予見可能性という面から好ましいのが、積極的スペースデブリ除去(ADR)や衛星の燃料補給と修理に関する許認可や政府の監督、となるでしょう。
宇宙を推進力としたイノベーションにより、日本の宇宙産業が日本の経済成長の牽引力となり、強靱(きょうじん)な産業基盤が宇宙安全保障を向上させることができるならば、日本の将来に希望が持てます。強い日本、豊かな日本の出現です。
第4次宇宙基本法は、それを目指したものといえるでしょう。
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