宇宙空間で武力衝突はありえるか|宇宙作戦隊とはなにか(3)
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宇宙作戦隊の任務の出発点が、宇宙状況監視(SSA)であることを前回述べました。
SSAは、もともとは軍事用語です。しかし、宇宙をとりまく現在の状況でいうと、SSAは軍事領域だけの問題ではなくなっているのが実情です。
というのも、現在では国連宇宙物体登録簿に衛星登録を行う国が60カ国と2つの国際組織(欧州宇宙機関と欧州気象衛星開発機構)となっており、さらに国だけでなく、ますます多くの企業や大学・研究所が大小さまざまの衛星を運用しています。そのため、どこにどのような宇宙物体が飛翔しているかという情報は、軍事コミュニティ以外でも宇宙の安全な利用の問題として、多くの活動主体に必要とされるものとなっています。
現在では、軍事的な目的利用に加え、宇宙機の運用に影響を及ぼす太陽活動や、地球近辺に飛来する隕石や彗星など地球接近天体(NEO)のような自然の脅威も監視対象に含めて考える。それがSSAと理解する場合も少なくありません。むしろ、そちらの方が一般的になっています。
「宇宙支援」「軍事力増強」「宇宙支配」「軍事力適用」
軍事と民生で、対衛星攻撃(ASAT)衛星やデブリ、あるいはNEO、と対象は異なるとしても、軍事、民生とも、それらを監視する方法はほぼ同じです。前回も触れましたが、地上からの光学望遠鏡とレーダーによる監視と、対象の近傍を航行する衛星による監視です。
衛星による監視は、技術的により困難であるだけではなく費用もかかるので、現在、ほぼ軍事目的に特化されていますが、地上からの監視と衛星によるASAT監視の差異は、基本的にはないといえます。日本は2008年以前は、宇宙の軍事目的利用は排除してきました。それでも日本の宇宙作戦隊は諸外国に比べて必ずしも不利ではないといい得るのは、日本は天文学やデブリ観察で優れた成果を挙げてきたからなのです。
しかし、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や天文台が行う民生のSSAと、宇宙作戦隊が行う軍事のSSAは目的が異なることから、自衛隊ならではの任務というものを考えていかなければならないでしょう。10年後を視野に入れた宇宙作戦隊のSSAの射程はどこまでとすべきなのか。次に、米国の宇宙軍事利用の枠組みを概観し、日本の宇宙作戦隊の在り方を考えてみたいと思います。
Congratulations to our @ModJapan_en, @JASDF_PAO partners! We’re excited to welcome Japan’s new Space Domain Mission Unit! We look forward to building upon our already strong partnership as we continue to ensure peaceful use of #space & collectively defend our vital space assets! pic.twitter.com/dbmYzLZkzi
— U.S. Space Command (@US_SpaceCom) May 18, 2020
米国では、歴代政権が公表してきた米国家宇宙政策における安全保障分野の目標は一貫しています。すなわち、敵国の攻撃を抑止し、抑止が失敗した場合には敵を打ち負かすというものです。国家宇宙政策という名前で公表していなかった時代も含めると、アイゼンハワー大統領の時代からこれは変わりません。
現在に引き継がれる指針は、1988年、レーガン政権が発表したものが基調となっており、国防省は4項目の任務を遂行すると定められました。これは「スター・ウォーズ作戦」(戦略防衛構想)と俗称されていたミサイル防衛計画がもとになっています。しかし、その後、ミサイル防衛は宇宙空間でのそれ以外の任務と切り離され、独自の戦略をもつようになりますので、若干の修正を加えた上で歴代政権に継承されています。4項目は、最も国際協調志向の強かったオバマ政権の国家宇宙政策にも明記されています。
4項目とは以下の通りです。
- 宇宙支援(space support): 十分な数のロケットと軍事衛星の獲得
- 軍事力増強(force enhancement):陸海空の作戦展開に必要な軍事衛星の開発、運用、維持
- 宇宙支配 (space control):米軍の宇宙での自由な活動を確保するために、対衛星攻撃(ASAT)能力の確保、ASATを受けた場合の残存能力確保、偵察・警告・検証能力などの開発、運用、維持
- 軍事力適用 (force application):宇宙兵器の獲得・配備に向けた調査、開発、計画ならびにいざというときに宇宙兵器を使用する準備
2020年8月10日に宇宙軍としての最初の「スペースパワー・ドクトリン」文書が発表されましたが、この4項目が、現在も米国の宇宙軍事利用枠組みの基本をなしています。予見可能な将来、米軍の宇宙の軍事利用の基本的な枠組みは、「宇宙支援」から「軍事力適用」まで、段階的に積極性を加味した行動にあるといってよいと思われます。
では、日本の宇宙作戦隊が、今後3年かけて準備する宇宙状況監視(SSA)は、米軍の任務と照らし合わせてみると、どこに当てはまるでしょうか。偵察能力、検証能力の開発に該当し、「宇宙支配」の中に含まれるとみることが素直ではないでしょうか。
宇宙空間での「自衛権行使」とは
先に記した米軍の「宇宙支援」から「軍事力適用」までの段階的行動を、多国間の軍備管理を交渉する軍縮会議での議論とあわせて考えてみます。
4項目の前半が、衛星を用いて地上の戦闘能力を向上させる宇宙の「軍事化」に当たります。後半が、それ自体が攻撃能力をもつ宇宙物体を宇宙空間に送る、また宇宙空間において使用するという宇宙の「兵器化」に対応するといえます。
これまで軍縮会議では、対衛星攻撃(ASAT)能力の獲得は禁止すべきという方向性で議論されてきました。しかし、軍縮会議では、65カ国のコンセンサスがある場合のみ、合意に向けて行動し得るという仕組みになっているので、ASAT禁止条約案などは交渉の俎上に乗る可能性はありませんでした。大勢として、ASATを禁止することが望ましいとされていた、とはいえます。
米国防省の任務としての4項目に照らすと、軍事としての宇宙状況監視(SSA)は宇宙の「兵器化」に入るという評価は当然ともいえます。軍事SSAは、敵の宇宙物体の運用軌道を確認して、必要な場合、その物体を物理的にまたは機能を破壊するためのものであり、いざというときの攻撃の前提だからです。
もっとも、そう簡単に外国物体への攻撃がなされるとも思えません。それは、国連憲章上、武力行使が許されるのは「自衛権の行使」の場合か、または国連軍が第7章下の集団安全保障行動に出る場合に限定されるからです。(憲章上の国連軍の編成はできていないため、多国籍軍で代用するのが慣行となっています)
つまり、前提として相手国側の先行する武力攻撃がない場合には、自衛権の行使はできません。そのため、自国の軍事衛星の機能を確認しようと執拗に接近してくる潜在的敵国の衛星の存在のみで、いきなりその衛星を撃ち落とした場合、撃ち落とした側が宇宙での武力行使という国際法違反を犯すことになってしまうのです。
しかし、米国防省の軍事用語辞典によれば、SSAを、宇宙作戦を遂行するために必要な宇宙物体や作戦環境についての知識と定義し、宇宙作戦が前提とされています。これは、この連載の第1回で紹介したように、2008年以降、中国とロシアの不審衛星が、米国の重要な軍事衛星と同一軌道に入り、長い時には数カ月間接近して監視を続け、標的衛星の能力の把握を行うようになったという事態に対処する定義だといえます。
このような「ストーカー」衛星の存在が、宇宙空間での武力衝突の危険性を示しているといえるのです。
「ストーカー衛星」への反撃
軍事SSAの重要な任務は、このような不審衛星を発見し、その軌道や衛星の機能、性能をできるかぎり判定し、必要に応じて自国衛星を守る行動に出ることです。
米国の軍事衛星は、先に紹介した例では中国のストーカー衛星から逃げ回ったものの、高価な諜報衛星の性能を知られること自体が、総合的な宇宙軍事能力の低減を招くので、これも一種の対衛星攻撃(ASAT)とすらいえます。一般論として、宇宙のストーカー行為の形態と継続期間によっては、何らかの反撃も必要となるかもしれません。
今後も、宇宙作戦隊にとって保護する順位の高い衛星に対して、外国衛星がストーカー的な監視を行い、かつ、挑発的な接近行動を取るということは十分あり得ることです。宇宙作戦隊の任務は、それがなされていることに気づくこと、そして、さらにどこの国の、どのような衛星であるかをつきとめることとなります。一定の受忍限度(国際的な基準はない)を超えた場合には、ジャミング(電波妨害)やその他の手段で可逆的にストーカー衛星の機能を奪うということを超えて反撃することも必要かもしれません。可逆的なものであれば、ジャミングやダズリング(めくらまし)は、現在も軍隊間では行われているといわれています。
こうした反撃への動きは、米国以外の国でもみられるようになってきました。
フランスの国防大臣は、2019年7月、自国の重要な衛星の回りに護衛のための小型衛星を配置する、さらに重要な衛星が攻撃されそうになったときには護衛目的の衛星がレーザーその他の手段で反撃に出るという方向に向けて機器の開発を進める、と宣言しました。
フランスは、同年9月1日に宇宙司令部を220名体制で空軍内に創設しており、近い将来、空軍は航空宇宙軍と名称を変える予定もあります。フランスも軍事SSAに基づく反撃へと舵を切ったといえるのです。(この稿続く。次回9月25日掲載予定)
バナー写真:Payless Images