「宇宙監視」能力の向上に、利用できる手段はすべて用いる|日本の宇宙政策(5)
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画期的だった多国間机上演習への参加
宇宙空間の安全保障の確保は、「いま」「どこに」「どのような」宇宙物体があるかを、なるべく精確に把握することから始まります。宇宙物体とは、地球で製造し、宇宙に投入したもので、ロケット、その部品や構成要素など。デブリも含まれます。
そこで、第3次宇宙基本計画が開始された直後の2015~16年度には、宇宙状況監視(SSA)能力の具体化の調査研究や、米戦略軍との連携強化の在り方について検討が始まりました。
その結果、2018年度には、日本は初めてSSA多国間机上演習(それまでは、米、英、加、豪、ニュージーランド、仏、独)に参加することとなりました。従来、「ファイブ・アイズ」と呼ばれる米国と特別の関係のある国のみが机上演習に参加可能であり、仏独を除く5カ国は、2014年以来、連合宇宙作戦を行うことができる体制も構築しています。そのような特別な関係の中に日本が入っていったのは、画期的なことです。そこには、日米同盟の深化が大きくあずかっていたと言えるでしょう。
天体観測から「宇宙監視」データ共有協定へ
日本のSSAのための観測は、岡山県に所在する美星(びせい)スペースガードセンターと上斎原(かみさいばら)スペースガードセンター(かつては日本宇宙フォーラム所有。現在、JAXA所有)で行われてきました。それぞれ光学望遠鏡、レーダーを備えており、JAXAが中心的な役割を担ってきました。
最近までは、安全保障目的の観測という意識でなく、天文学研究や宇宙の安全な利用のためのデブリ観測、地球接近天体(NEO)観測として行われてきました。もっとも宇宙活動に対する脅威であるデブリ、小惑星や彗星が地球に衝突した場合、甚大な被害をもたらしかねないため地球に対する脅威であるNEOは、広い意味では安全保障に関係してはいます。
以前には、日本の衛星を狙って怪しげな軌道を通過し、日本衛星のミッションをストーカー行為のように監視し、時には攻撃を仕掛けようとする物体を観測し同定する、ということまでが任務になるとは想像していなかったことでしょう。そして、その任務のために要求される望遠鏡の性能やデータ解析能力は、デブリやNEOの観測に比べてはるかに高いものです。
一握りの宇宙先進国を除き、SSAについて、各国とも日本と同じ状況、否、より厳しい状況に置かれている、といっても過言ではないでしょう。
宇宙が戦闘領域と認識されるようになり、安全保障上の懸念がますます高まると、多くの国や企業は、米国戦略軍との間で米軍の提供可能なSSAデータを得る代わりに、自らの持つSSAデータを提供するSSAデータ共有協定を締結するようになりました。
2019年4月、ルーマニア宇宙機関が米戦略軍と締結したSSA協定は、その100番目のものでした。米戦略軍も、外国や国内外の企業・団体と次々に協定を結び、SSAデータをより完全なものとしていこうと努めています。
最終的には、どのような宇宙物体がどの軌道に位置しているかの運航状況を精確に把握しているのは、その運用者だけだからです。そこで、より多くの活動主体からの情報を集積することができると、SSAデータはより精度の高いものとなります。それは安全保障に直結する以上、現在の100を超える協定の中に、ロシアや中国とのデータ共有協定はありません。
日米「相乗り」で宇宙インフラ強化
現在、航空自衛官がJAXAに派遣されて、SSAデータ解析技術などの訓練を受けています。防衛省自体としては、山口県に2023年度以降の運用開始を目指す、SSA設備「ディープ・スペース・レーダー」を設置する予定です。
19年4月19日に開催された日米安全保障協議委員会(「2+2」)において、米国がディープ・スペース・レーダー開発に協力し、また、23年打上げ予定の日本版GPS準天頂衛星「みちびき」に、米国の所有するSSAミッション機器をホステッド・ペイロード(相乗り)として搭載することも併せて発表されました。
これは、第3次宇宙基本計画でも、目標として具体的に掲げられた同盟国との相乗り型衛星の実現です。日米同盟を深化させる形でのSSA能力の涵養(かんよう)でもあり、相乗り型で相互の衛星にセンサーを搭載すると、いずれかの衛星が攻撃を受けた場合の保証ともなります。宇宙インフラの強靱化です。
「対抗措置」「報復」―待たれるルール明確化
2018年12月に策定された現行防衛大綱により、宇宙作戦隊(当面は20人、22年度には100人体制)の新設も決まり、将来は米国の宇宙軍との協働も視野にいれています。
宇宙作戦隊は、SSAに従事し、日本の重要な衛星がジャミング(電波妨害)などの妨害やその他本格的な衛星破壊(ASAT)を受けないように監視します。攻撃を受けたときにはどうするか、ということは今後検討すべき課題ですが、いずれの国も、国際法に合致した対抗措置(countermeasures)(※1)や報復 (retorsion)(※2)を行うことはできる、という点では合意しています。
問題は、物理的破壊を伴うASATまでいけば違法であるのは明らかですが、どのような干渉行為が国際法に照らして違法行為であるのかについて、国際的な合意がないことです。国際法形成の待たれる分野です。同時に、日本は積極的にルール明確化―しばしばルール形成とはいわず、隠れている現行国際法を発見して言語化する作業と考え「明確化」と言います―に参画しなければなりません。
汎用小型衛星の活用は宇宙ビジネスのチャンス
自衛隊が現在保有する通信衛星は、Xバンド(気象の影響を受けにくい周波数帯域)で運用する2基。2022年度に3基目を打ち上げる予定です。イタリアやスペインよりも数自体は少ないのが現状です。自衛隊の専用衛星を増やすことは厳しい財政状況を考えるとそれほど簡単なことではありません。そこで、宇宙を活用した日本の安全保障強化については、汎用衛星、政府の民生衛星を安全保障用途にも用いる、という方式が現実的です。
日本の汎用衛星である情報収集衛星については、既に強化策が取られています。情報収集衛星は、第3次宇宙基本計画が定められた15年1月には4基体制での運用が予定されていました。
同年12月に宇宙開発戦略本部が決定した16年度に向けた工程表以降では、従来の目標であった光学2基、レーダー2基に加え、時間軸多様化衛星(時間分解能を上げた衛星群、つまり、同一区域を頻繁に撮像しうる低軌道に置いた衛星群)4基、データ中継衛星2基を含む10基体制を目指すことになりました。そのためのコスト縮減方法や財源確保の方途などが、現在も検討され続けています。
いまだ時間軸多様化衛星についての詳細は定まりませんが、コスト面から小型衛星が開発されることがほぼ明らかです。これは妥協でもありますが、同時に宇宙ビジネスにとっては可能性ともいえるでしょう。
小型衛星は急速にその性能を高めています。なぜなら、打上げ決定から数日以内に打上げを行うことが可能な即応型小型ロケットの開発と、そのための自前の射場の建設を進めている日本のベンチャー企業も存在するからです。
商用の即応型小型ロケットの利用により、時間軸多様化衛星がサイバー攻撃などにより破壊された場合でも、すぐに代替機の打上げが可能となります。これは、衛星の抗堪性を高め、ひいてはミッション全体の機能保証ともなります。
日本企業の存在感、増す可能性も
民生衛星の利用という方式では、20年度打ち上げ予定の文部科学省の先進光学衛星(ALOS-3=70キロという広い観測幅を維持しつつ分解能80センチを達成)や21年度打ち上げ予定の先進レーダー衛星(ALOS-4=夜間撮影が可能で分解能3メートル)が有力です。既に、ALOS-3に防衛省の2波長赤外線センサーが、ホステッド・ペイロード(相乗り)として搭載されることが決まっていますが、このセンサーにより、植生や建造物に紛れた地上目標や、港湾背景の不審船などの目標に対する警戒・監視能力の向上が見込まれています。
このように、可能な限り政府の汎用衛星や民生衛星を工夫して利用し、自衛隊の専用衛星の不足を補おうとしていますが、それだけでは不十分です。国内外の商用衛星のデータを購入し、また地上局での受信契約を結んで偵察情報を得る、という方法を前提としての計画です。この分野では、冷戦期は長くフランスのSPOT衛星画像が市場を抑えていました。現在は米国企業の分解能25センチまでの高分解能データ(政策として25センチまでの画像販売が許されています)が最も有用とされます。日本企業の衛星画像は分解能という点ではまだまだ米欧に比肩するところまではいっていません。しかし、ここ数年、次第に日本企業が世界市場で頭角を現す可能性が見えてきたことも事実です。
バナー写真:国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」から、米ナノラック社の宇宙ゴミ(スペースデブリ)除去衛星を宇宙空間に配備した。2018年9月20日(© NASA/ZUMA Press/アフロ)