ヨーロッパで進む「一帯一路」宇宙版│シリーズ・21世紀のスプートニク・ショック(7)
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欧州主要国に食い込む中国
中国が地上と海上で「一帯一路」構想を進め、欧州大陸やインド洋深くに影響を拡大しようとしているのは、よく知られたところです。その宇宙版があります。通信、リモートセンシング、測位航法衛星群、地上施設の機能を統合し、これを「宇宙情報コリドー(回廊)」と呼んだうえ、拡大しようとするプラン。第13次宇宙5カ年計画(2016~20年)で、重点事項になりました。
前回までの記述から、やり方は既におわかりでしょう。中国製衛星を、継続して使ってもらう、運用を担う地上局の、建設と運用を肩代わりする、そこを拠点に、宇宙状況監視の世界的ネットワークをつくる――などの道筋が、すでに見えています。あわせて、地上と衛星を結ぶデータ送受信機器のプロトコル(基準)でも、中国はあわよくば世界標準を握りたいと考えていることでしょう。
そんな計画が誰の目にも明らかとなっていた2018年1月、フランスのマクロン大統領は中国を訪れます。その際、フランスの衛星通信企業ユーテルサット社が、中国政府系企業チャイナ・ユニコム社と文書を交わし、「一帯一路」に関わる協力をする意思を明らかにしました。
中国と欧州連合(EU)の測位航法衛星システム(「北斗」と「ガリレオ」)が、周波数を共用することも、つとに2015年、合意をみています。先立つ2014年、ドイツは中国と、宇宙の平和利用8分野の協力了解覚書を締結しており、独中間では、有人宇宙プログラムでの協力も進んでいる。
イタリア・中国間の協力協定締結は、2016年。これに基づき、ロケット打ち上げを共同して担う合弁企業が生まれる予定です。ことほど左様、欧州の有力国で、中国と宇宙協力計画をもたない国を探すほうが、いまや難しくなりました。
高い撮像技術を英国から入手
以上の記述で名前が出なかったのが、英国です。とはいえ英国も例外ではありません。英国のサリー・サテライト・テクノロジー・リミテッド(SSTL)という会社をめぐっては、いささか詳述が必要です。英国のこの会社は、高い撮像能力(識別できる分解能1メートル)を持った小型リモートセンシング衛星をつくることで有名です。
そんなSSTL社製衛星の撮像能力そのものを、中国は英国から、リース契約で手に入れることにしました。2011年、英国を訪れた中国の温家宝首相が、英国のデイビッド・キャメロン首相(いずれも当時)と取り交わした約束によってです。
リースという以上、使用権を購入することになります。そこで、撮像能力をリースする契約となったわけですが、そもそもなぜリースにしたのか。中国側の契約主体は、政府でなく会社でした。リースにすれば節税になるからでしょうか。共産党の息がかかった中国の会社にとってそれは切実な要請たりえません。
衛星には、米国の技術が含まれていたのかもしれません。この連載で以前にも触れた米国の輸出管理制度(武器輸出管理法と汎用品についての輸出管理法の規則)は厳しい。米国法は、再輸出制度を持つので、米国の技術が一定の基準を超えて含まれている英国の衛星(ここでまずいったん技術輸出管理が行われている)を中国に売却する場合は、再び米国からの許可が必要です。米国の輸出管理法の適用を受けないためには、軌道上の衛星は英国企業が所有し続ける必要があったのかもしれません。
米国は自国の衛星を中国に輸出することを禁止しています。そこで、英国企業も、外交的配慮によって衛星を中国に売ることを避けるかもしれません。
ところで、中国からの打ち上げのために衛星を中国に送ることも輸出です。そこで、SSTL社は撮像能力をリースする衛星を相次いで3基、軌道に乗せましたが、中国のロケットは使っていません。いずれもインドからの打ち上げでした。
米国の眼を意識しながら
米国の眼を意識しながらの事業は、地上の基地局をどこにするかでもう一段、込み入った図柄を見せることになります。SSTL社が契約したのは、ノルウェーにある「コングスベルク衛星サービス」という会社です。北極圏のノルウェー領「スバールバル」という諸島にある同社の敷地内に、衛星との交信をつかさどる地上局が作られました。
このノルウェーの会社について興味深い歴史があります。かつて2007年と08年、米国の衛星2基がそれぞれ別の日時に同社地上局とつながったとき、同社の回線経由で、サイバー攻撃を受けた事実があるのです。
米国の衛星とは、ひとつは米国家海洋大気庁(NOAA)と米地質調査所(USGS)が共同管理するリモートセンシング衛星ランドサット7でした。もうひとつは、NASAのテラAM-1という衛星です。
これらの衛星は、ソフトウェアを更新するため、定期的にノルウェーのスバールバルにある「コングスベルク衛星サービス」の地上局の公衆回線と接続されていました。
米政府の調査によると、この際、公衆回線を経由して、軌道上の衛星に対しサイバー攻撃が行われた可能性が濃厚です。ランドサット7もテラAM-1も、長い時には12分以上、地上からの制御ができなくなりました。「TT&C」という人工衛星を地上から監視、追跡、指令する機能の制御が、何者かによって奪われたのです。
スバールバル局を経由し、中国政府が関与したと目される事案は、このほかにも存在します。衛星に対し、マルウェアを送ったと疑われているケースです。
2018年にやはりインドから打ち上げられたSSTL社のSSTL-S1という衛星も中国の同じ企業に撮像能力の一部をリースしています。中国との宇宙協力を進める欧州各国が、セキュリティー対策における「弱い環」とならないか、危惧されるところです。
バナー写真:手前、スバールバル諸島の町ロングイヤービエンに設置されたドーム型サテライト(ゲッティイメージズ)
次回からは「日本の宇宙政策」です。