五輪まで1年:東京の課題

東京の夏は「最悪」を想定せよ:迫られる酷暑、ゲリラ豪雨などへの対策

社会 スポーツ

2018年の東京の夏は、猛暑だった。外出するのに危険を感じるレベル。20年の真夏に開催される五輪の暑さ対策はどうなっているのか。屋外での過酷なレース、マラソンでの選手への配慮は? また観客やボランティアスタッフは、どんな備えが必要なのか。

早朝スタートのメリットとデメリット

NHKの大河ドラマ「いだてん」で、1912年のストックホルム五輪が描かれた。資料によれば、マラソン競技の日は暑く、日陰でも32度あったという。レースのスタートは真っ昼間の13時48分だった。日本代表の金栗四三(かなくり・しそう)は途中で倒れ、近隣の人に助けられた。ポルトガル代表のフランシスコ・ラザロも倒れて病院に運ばれ、翌日亡くなった。彼は、オリンピック競技で亡くなった初めての選手だ。このとき、途中で棄権した選手はこの2人を含め、68人中34人にも上った。

それから100年以上の時が過ぎた。猛暑が懸念される中、東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会は、当初午前7時スタートとしていた男女マラソンを、1時間繰り上げて午前6時スタートとした。男子50キロ競歩は当初より30分繰り上げ午前5時半、男女20キロ競歩は1時間繰り上げ午前6時スタートとなった。

スタート時間繰り上げによって、競技の環境はどう変わるのか。気象予報会社「ウェザーニューズ」のスポーツ気象チームとして、五輪選手をサポートしている浅田佳津雄さんに聞いた。

「首都圏の夏の平均気温は30度前後です。日中はおそらく33度くらいになると思います。マラソンがスタートする午前6時は、過去10年の平均気温から考えて27度くらいでしょう。しかし気温と湿度は反比例するので、1時間前倒しで気温は0.7度ほど下がるものの、湿度は3〜4%上がることになります」

「熱中症には、特に気温・湿度・直射日光が関係するので、時間を前倒したことによるメリットは、直射日光に当たる時間が少なくなるということ。ところが、湿度が高いコンディションが苦手な選手であれば、条件はより不利になるかもしれません」

早朝のスタートに合わせて、選手は夜中から準備しなければならない。

「コンディションの作り方がとても難しくなります。多くの選手は午後の時間帯にパフォーマンス発揮のピークを迎える傾向にありますが、それが早朝スタートでは7〜8時間前倒しになる。このため、時差を感じている外国の選手のほうが、体内時計がピッタリ合う可能性があります。日本選手にとっては事前の調整で、暑熱対策とともに体内時計の調整も行っておくことが重要です」

マラソンコースの日陰と日なた、気温は2度弱も違う

浅田さんらスポーツ気象チームは、2018年8月18日からインドネシア・ジャカルタで開催されたアジア競技大会で、日本陸連と協力し、マラソンや競歩の選手たちに現地の気象データを提供した。この時期のジャカルタと五輪が開催される時期の東京は、気温・湿度がとても近いという。

「『仮想東京五輪』ということで、選手に帯同し、コースの状況を調査したり、測定した気象情報を提供しました。この時のジャカルタの気温は30度前後。競歩50キロは朝6時スタートで、気温が上がりきる前にレースが終わる感じでしたが、それでもゴール時には気温が32~3度になり、リタイアする選手も続出していました。そうした過酷な条件の中、日本の勝木隼人選手が金メダルを獲得しました」

気象予報会社「ウェザーニューズ」の浅田佳津雄さん
気象予報会社「ウェザーニューズ」の浅田佳津雄さん(撮影:今村拓馬)

競技コースの調査・測定は、アジア大会でも東京五輪のマラソンコースなどでも、車で走って動画や写真を撮影しているという。

「コースは車道なので、選手はレースまで実際に走ることができません。そのため、コースのどこが日陰になるか、日なたになるのかをマップに落としたり、それぞれの箇所での気温などコースのデータを収集しています」

「例えば、東京五輪のマラソンのスタート地点は、昨年の極端に暑かった日の午前7時で気温31.7度、湿度70%でした。35キロ地点の9時の気温は36度、湿度は下がって50%です。日陰と日なたで、気温は2度弱も違います。ですから、選手は可能な限り日陰を走るほうがいいです」

また、熱中症予防を目的にした暑さ指数「WBGT」について、浅田さんはこう話す。「18年夏、7時スタート想定のマラソンコースの観測では、7時25分を過ぎた8キロ地点付近から、ビルの陰になる一部の箇所を除いて、ゴールまではずっとWBGT28度を超えていました」

「WBGT」は気温と湿度に加え、日射や輻射などの熱環境データを取り入れた数値。WBGTが28度を超えると、熱中症患者が急激に増える。環境省によれば、東京でWBGTの値が28度を超えた日数は2018年7月で27日、8月では25日。31度以上は7月、8月ともに20日で、これは日本の他の大都市と比べても際立って多い。

台風やゲリラ豪雨の可能性も

五輪・パラリンピック開催時に懸念されるのは暑さだけではない。台風やゲリラ豪雨がやってくる可能性もある。2018年8月に日本に上陸した台風は2つ。東京への直撃はなかったが、9月30日には台風24号の接近により、首都圏のJR在来線が午後8時以降すべて運休し、ダイヤの乱れは翌日朝も続いた。樹木が倒れて道路や線路を塞ぎ、店舗が倒壊するなどの被害もあった。

「台風は進路が分かり、予測がしやすいのです。停滞するものもありますが、普通は台風のピークは6時間くらいです。予測には自信があるので、競技に影響のある時間に来るのか、来ないのか、来るのであればいつ抜けるのかという適切な情報を、選手のコンディションづくりのために提供できればと思っています」

ウェザーニューズによると、18年のゲリラ豪雨の発生数(全国)は、過去4年と比べて少なかった。それでも、8月27日に東京を襲ったゲリラ豪雨は1万回近い雷と、世田谷区付近では1時間で約110ミリの猛烈な雨、練馬区から杉並区にかけては突風が発生し、倒木の被害があった。環状8号線が冠水で一部通行止めになり、停電も起こった。夕方の帰宅時間に、停電で京王井の頭線が全線で運転を一時見合わせ、一部の駅で冠水被害が出るなど、交通が混乱した。こうしたゲリラ豪雨やビル風のような都市で起こる局地現象についてはどうか。

「筑波大学と協力して、都市部の気象を5メートル毎に予測するモデルの構築を行っています。通常は細かくても1キロ毎なので、画期的なものです。気象観測ドローンなどを用いて気象データを取得、そこからビルの高さなども加味して計算し、2018年夏に予報したものと同年夏の実測値を比べて、どれくらいの誤差があるのか確認しています。今年の夏も同様の検証をして、さらに精度を上げていきます。これにより、通常では『東京は』という予報ですが、『銀座の中央通りは』という細かい予報にして選手と観客に提供しようと進めています」

「最悪を想定」したほうがいい

記録的猛暑だった18年の夏は、7月23日に青梅で都内初となる40度超えを記録した。また総務省の発表資料よると、8月に東京都で熱中症により救急搬送された人は、2768人に上った。

「選手はプロフェッショナルですから、熱中症対策もそれほど心配していません。懸念されるのは、観客やボランティアスタッフです。先ほどの5メートル毎の予報で、例えばマラソン観戦に最適な日陰のポイントもアドバイスできると思います。帽子も有効ですが、熱中症にならないためには日傘のほうがいい。スペースが確保できる場所ならぜひ日傘を使用してほしいです。ボランティアスタッフは持ち場が決まっていて自由には動けないので、適切な休憩を取って活動できる環境が必要だと思います」

東京都は観客の暑さ対策として、最寄り駅から競技会場までの歩行ルートにミストやテントを設置、熱中症の予防に関する情報発信や、うちわ・帽子の配布などを検討している。今夏行われるテストイベントでその試行や検証を行うという。また、「シティキャスト」と呼ばれる都市ボランティアについては、「5時間の活動時間のうち、半分程度を休憩時間として想定」している。

さらに先ごろ、小池百合子東京都知事が、暑さ対策として試作した頭にかぶる傘を発表した。小池知事は5月31日の定例会見で、暑さ対策は「ハイテクとローテクで。ローテクの極みは『打ち水』」としている。

東京都が五輪・パラリンピックの暑さ対策で製作している「かぶるタイプの傘」の試作品=2019年5月24日、都庁(時事)
東京都が五輪・パラリンピックの暑さ対策で製作している「かぶるタイプの傘」の試作品=2019年5月24日、都庁(時事)

「フィールドキャスト」と呼ばれる大会ボランティアについては、組織委員会が所管で、屋外配置や連続屋外勤務時間の上限などに関する基準の設定や、専用の冷房・壁付き休憩エリアの設置を検討している。組織委はまた、観客にこれまでは禁じられていたペットボトル入り飲料の持ち込みを認めることを検討している。

浅田さんは、東京オリパラの期間の暑さは「最悪を想定してください」と言う。予報をもとに、十分な備えが必要だ。

取材・文:桑原利佳、POWER NEWS編集部

バナー写真:ジャカルタ・アジア大会の陸上男子50キロ競歩で水を取る丸尾知司(右端)=2018年8月30日(時事)。同大会は2020年東京五輪と似た気候下で行われた

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