海とプラスチック

海ごみの実態解明へ : 東大大気海洋研究所の道田豊氏に聞く

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大阪で開催されたG20サミットでは、増え続けるペットボトルやレジ袋などのプラスチックごみによる海洋汚染に歯止めをかけるため「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」をまとめ、50年までに海洋プラごみをゼロにする目標を掲げた。海洋学の専門家で、マイクロプラスチックの研究プロジェクトを率いる東京大学の道田豊教授に話を聞いた。

海洋プラスチックごみによる生態系への影響などが世界的な問題となる中、2019年6月末に大阪で開催されたG20サミット(20カ国・地域首脳会議)は、首脳宣言に50年までに海洋プラごみをゼロにすることを盛り込んだ。

プラごみは紫外線と波動により、1ミリにも満たない微小なサイズに分断される。これらが海中でどのように分布しているのか、また、人体にどのような影響を与えるのか、詳細は解明されていない。

東京大学は日本財団のサポートを受け、3年計画でマイクロプラスチックに関する分野横断の研究を始める。プロジェクトには、東京農工大学や京都大学も協力、海洋学、農学、環境学、工学の研究者に加えて、課題解決のための提案には法学や政治学の専門家も加わる。総勢50人のプロジェクトを率いる道田豊教授(東京大学大気海洋研究所国際連携センター長)に、その狙いを聞いた。

——世界経済フォーラムが2016年に発表した「2040年に海洋ごみの量が海の生物と同じ量になる」という予測は衝撃的です。中でもプラスチックごみの問題は、どのくらい危機感を持って受け止めるべきことなのでしょうか。

東京大学 道田教授
東京大学大気海洋研究所の道田豊教授

道田豊教授 確かにショッキングです。しかし、どれくらい多いかは、どちらかというと感覚的な問題でしかとらえられていません。というのは、海に行くと魚はいますが、ものすごくたくさんいるかと言えば、目の前に見える魚の量はそうでもありませんね。

海洋プラスチックが生物資源の成育に影響があるかどうかも、現在のところはっきり解明されていません。それが分かった時、プラスチックをはじめとする海洋ごみが増え続けていることが、私たちにとってどれくらい危機なのか、初めて評価できます。

プラスチックは簡単に分解しません。いったん海に出てしまったら、時間とともに微細化し、人間の寿命よりも長い、100年単位で海に残り続けるでしょう。つまり、私たちが同じ時代に、影響を見届けられないくらいの長い時間スケールです。

——海洋ごみの問題とともにマイクロプラスチックという単語が浸透しつつありますが、科学的に解明されていないのは、なぜなのでしょうか。

道田 世界中の研究者がこのテーマに取り組んでいますが、まだ「決定版」といえる先行研究は出ていません。海中でどのように存在しているのか、海中生態系や人体へどのような影響があるかなど、何も解明されていないのです。それほどに難しく、チャレンジングなテーマです。

難しい理由は大きく2つです。海という広くて固定していない場であるということ。対照的に、その海で極めて微細な物体を調査しなくてはならないということです。

——具体的にはどんな研究を行うのでしょう。

道田 実態把握と生体影響評価が2大テーマです。そもそも、海洋中のマイクロプラスチックがどこから来てどこへ行くのか、分かっていません。たとえば、ポイ捨てされ、海に流れ着いたレジ袋は、海水や紫外線の影響で、切れたり破れたりを繰り返して、何千・何万個ものマイクロプラスチックになります。すると、海水をすくうと、大きなサイズのプラスチックより、マイクロプラスチックの方が海水中に多く含まれていると考えるのが普通ですが、その証拠はありません。

海中のマイクロプラスチックの数が少ないことが明らかにできた場合、考えられる理由は、次の3つです。「魚のふんや死骸などのマリンスノウに付着して海底に降り積もる」「海中生物に取り込まれる」「海水に溶ける」。貝殻は炭酸カルシウムなので、長時間をかけて海水に溶け出していくのですが、プラスチックは石油由来なので3番目は考えにくいかもしれません。

これほどにマイクロプラスチックは分からないのです。私たちのプロジェクトでは、東大大気海洋研究所の津田敦教授を中心に、相模湾と対馬の外洋で、海面、海中、海底泥の3つの層で採水し、高性能の赤外線顕微鏡を使いクリーンルームで海水の成分を調べます。これによって、マイクロプラスチックの動的構造を把握する狙いです。

海水を採取する採水器。筒のふたは船上から電気信号で操作する
海水を採取する採水器。筒のふたは船上から電気信号で操作する

マイクロプラスチックは浮力がほぼニュートラルですので海水中に浮かんだことになっていますが、小さな粒子に海水中の物体がくっついてストンストンと海底に落下していることも考えられます。そこで、マイクロプラスチックが海面から海底までの縦方向にどのように分布しているのか、また、海底にはどれくらいあるのかを調べます。

海面から落ちてくるマイクロプラスチックを海中で網を張って待ち構える実験も行います。動的構造が明らかになれば、実態解明への大きな一歩です。

——人体への影響も気になります。

採水器の筒を手にする道田教授
採水器の筒を手にする道田教授

道田 今回の研究ではバイオ細胞を使い、マイクロプラスチックの粒子が腸管細胞に取り込まれるかどうかを調べます。取り込まれたと確認できた場合、免疫細胞がマイクロプラスチック粒子にどう反応するのかが着目ポイントです。もしも免疫細胞が何らかの反応をすれば、生体はマイクロプラスチック粒子を異物としてとらえていることになります。

そうではなく、マイクロプラスチック粒子を無視したり、あるいは排除したりするということが明らかになれば、免疫細胞が関与するような粒子ではない、つまり、人体に影響がないということになります。それよりむしろ、尖っているなどのマイクロプラスチックの物理的な形状によって細胞が傷むなどのことが明らかになるのかもしれません。

といったようなことはすべて仮説です。調べてみないと分かりません。これらをはじめとする人体影響については、東大工学部化学システム工学科の酒井康行教授が中心になって取り組みます。

——実態把握や人体影響を明らかにすることで、どのようにプラスチックごみやマイクロプラスチックの課題解決につなげようと考えていますか?

道田 プラスチックは軽くて衛生的で便利な素材です。医療の現場などで活用されているのは、その特性によります。ごみ対策では3R(Reduce,Reuse,Recycle)が大切とされていますが、中でも私たちはReduce、つまり、減らすことに真剣に取り組む時期を迎えています。

プロジェクトチームには、公共政策を専門とする政治学や法学の研究者が参加しています。マイクロプラスチックやその元となる海洋ごみを減らすために、どのような方策が必要なのか。例えば、制度設計、場合によっては法制度の必要性があるのかどうかなどを検討することになっています。

プラスチック工業会など産業分野からも議論に参加していただき、異なる立場の意見を聞きながら、われわれ研究者はニュートラルな立場から純粋にプラスチックを減らすための提言ができればと思っています。

——分野横断的な研究体制を率いるにあたり、重要視していることを教えてください。

道田 私自身は海洋物理を専門に海流の研究をしてきました。20代では海上保安庁に技術専門官として勤務し、28歳のときには南極観測隊に専門官として参加しました。当時から現在まで、年に数回、調査のために船で外洋に出ます。1980年代の終わりには陸からずいぶん離れた洋上で流木を見かけることがありました。2000年に入ると、大型の発泡スチロールを見つけるようになりました。洋上で明らかな変化を感じていたわけです。

われわれ研究者の研究はともすれば専門的に入り込んでしまいがちなこともありますが、全体のバランスを見ながら成果を出していきたい。マイクロプラスチックに関することは分からないことばかりですが、もう「待ったなし」の生活に直結したテーマです。

ぜひ関心を持って見守っていただきたいです。

バナー写真 : マイクロプラスチックに関する分野横断の研究プロジェクトを率いる道田豊教授(東京大学大気海洋研究所国際連携センター長)

バナーを含む全ての写真は筆者撮影

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