海洋ごみの防波堤、対馬 : プラスチック消費とどう向き合うか
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美しい港に並ぶ黒い袋
5月の空は晴れ渡り、入江の水は青く澄んでいる。すぐ裏の新緑に覆われた山でウグイスが時折さえずる。穏やかにないだ港には、中型漁船に船員たちが乗り込み、沖合へと漁に出掛けていく姿があった。
福岡市から北東へ120キロメートル、日本海に浮かぶ対馬(長崎県)は南北に細長い島だ。朝鮮半島の南端、釜山までわずか49.5キロメートル。大陸から至近距離にあるこの島は、古くは遣隋使、遣新羅使など、外交の最前線となった。12世紀から江戸時代までは、宗(そう)家を藩主とする対馬藩が治め、豊臣秀吉の朝鮮出兵により日朝間の国交が断絶した際は、国交回復に力を尽くした。
大陸との中継点として歴史的に重要な役割を担ってきた対馬の港の一角に大量の黒い大きな袋がズラリと並ぶ。60個の袋の中身は、漁師たちが収拾した海洋ごみだ。美しい港には似つかわしくない光景だった。
生活にプラスチック製品の割合が急増した結果、1990年代から海洋ごみは問題視されてきた。世界の海を漂流する海洋ごみは増え続け、2050年までに海洋中に生息する生物の量を超えると予測される(16年世界経済フォーラム報告書より)。
海洋ごみには、洋上の漂流ごみ、海底に堆積する海底ごみ、海岸に打ち寄せられた漂着ごみがある。全容はまだ科学的に明らかになっていないが、大まかには、プラスチックをはじめとする生態系で有機物に分解することが不可能なモノが、河川を経由して海洋に流れ出て漂流し、海岸に流れ着くというものだ。
対馬市海岸漂着物地域対策推進協議会によると、年間漂着量は推定1万2000〜1万5000立方メートルだが、18年度に回収したのは約8500立方メートルにとどまった。内訳は、発砲スチロール35%、プラスチック類20%、木材30%弱、漁網・ロープ10%弱だ。また、16年度の環境省のモニタリング調査によると、対馬に漂着したペットボトルのうち中国製が17%、韓国製が25%。日本製も23%に上った。
かつて浜辺は美しかった
美しい海に浮かぶ対馬の海岸線は、複雑に入り組んでいる。船でないとたどり着けない場所が多い。そのため、対馬市環境対策課では海洋ごみの収拾を漁協に有償で委託している。西海岸にある10の漁協の下、34地区の漁師たちが年に1回、各地区の海洋ごみを収拾している。
「漁協にお願いしている海岸は、船を着けるのも難しいような場所です。そこへ船から降りてごみを集めて積み込むのはかなりの重労働です」
環境対策課課長の舎利倉政司さん(55)は言う。
舎利倉さんは西海岸の南方、佐須浦に近い集落で生まれ育った。先祖は代々、 佐須浦の小茂田浜神社の神主を務めた。12世紀に元寇を迎え撃った対馬藩主以下戦没者を祭る神社だ。晴れた日には海の向こうにうっすらと朝鮮半島が見えるという。海岸には数え切れないほどのごみが流れ着いている。舎利倉さんがそれらを指差した。
「子どもの頃からこの海岸で泳いでいましたが、ごみなんかまったくありませんでした。おかしいなあと思うようになったのは、10数年前からですよ」
国が「海岸漂着物処理推進法」を施行したのは2009年。翌10年度には国や県から海洋ごみ対策の補助金が交付されるようになった。国内で最も深刻な状況にある対馬市には、補助金の総額の1割にあたる約5億円が交付された。だが補助金は削減傾向にあり、18年度の交付額は、2億9000万円にとどまった。当初は全額補助金でまかなっていた漂着物の回収処理事業も、現在では約1割は市の予算から捻出することとなっている。
「予算に見合う分しか回収はできません。補助金が減らされれば、積み残しで海岸に放置されたままになってしまうものもあります」(舎利倉さん)
アジアで洪水が起こると流木の量が増えるなど、海洋ごみの内容にも地球全体の気象の動きが現れていることに気付くという。
対馬市が処理している海洋ごみは、海流に乗って大陸や国内の他の地域から押し流されてきたものが大部分を占める。だが、それが国に理解されていないと感じることがあったと、 2019年3月まで環境対策課の課長補佐だった阿比留孝仁さん(48)は話した。
「予算が削られるとの連絡を環境省から受けた時のことです。担当者は、財務省が対馬は一向に改善していないと指摘したと言うのです。でも、島の外から流れ着くものを、われわれが努力してコントロールできるわけではありません」
海洋ごみは繰り返し漂着する。対馬市による取り組みは、精一杯である。
次の世代につなぐ試み
深刻な海洋ごみの問題だが、実は、島民が実際に目にする機会はそれほどない。
「子どもたちが泳ぎに行く海水浴場は、ごみが打ち上げられたとしても撤去しやすいので、わりに環境が保たれています。船でなければ近付けない入り組んだ海岸に堆積しているわけですが、そういった場所には子どもたちは行ったことがありません」(阿比留さん)
海洋ごみを見に出掛ける体験授業を組もうにも、バスや船などの費用がネックとなり、実際に子どもたちに現場を見せる機会は少ない。
島民の高齢化率は4割に届こうとしている。山がちな対馬で、山間部と海岸沿いをうねうねと走る路線バスの乗客は、高齢者が多い。日頃は海岸に出ることなく暮らす人たちが、ふだん間近に見ることのない海岸の海洋ごみに思いを寄せる機会がないのも無理はない。
対馬ではごみのモラルの問題にも直面していた。ごく一部の人間だろうと思うけれど、と前置きをしたうえで、前出の舎利倉さんは、山間部で大型家電品の不法投棄があり、また、空き缶やペットボトルのポイ捨ても見られると話した。
そんな中、次世代とともに海洋ごみの課題を考えようという活動が行われていた。海岸や海洋環境の保全活動に取り組む一般社団法人「対馬CAPPA」は、海洋ごみ問題を次世代につなぐ教育プログラムの運営に取り組んでいる 。
「日韓海岸清掃フェスタin対馬」はその一つだ。例年、韓国の釜山外国語大学日本語学科の学生を迎え、対馬に3校ある高校生と合同でごみ拾いやワークショップを行う。7回目は2019年6月8日に予定している。古くから歴史の共有が続いてきた二つの地域の若者が、21世紀、海洋ごみという世界共通の課題に一緒に関わっている。
19年1月には、初めて対馬の高校生36人が釜山に出向き、現地の大学生と海洋ごみ問題を考えるワークショップに参加した。人口3万人の対馬は、年間40万人の韓国人観光客を受け入れている。韓国の生活習慣を体験し、外から島を眺めた高校生からは、「韓国の人たちも漂流ごみの問題に向き合っていることを知った」「小さな島だからこそ力を合わせられることがあると思った」など、問題の解決に積極的な感想が聞かれた。
プラスチック消費社会の縮図
海洋ごみを収集してトランクに詰めて展示する「トランクミュージアム」の島内小学校の巡回事業も行っている。対馬CAPPA理事の末永通尚さん(48)は、こうした子どもたちとのコミュニケーションが、保護者と海洋ごみの課題を共有するきっかけとなる可能性を感じているという。
大船越小学校で「トランクミュージアム」展覧会を行ったときのことだ。海洋ごみは押し寄せるだけではなく、自分たちの生活で出たごみを海の向こうの国に押し出している側面もある。このことを学んだ子どもたちが寸劇を作った。
子どもたちが日本、中国、ロシア、韓国など各国のごみの役になって、漂流するごみの実際と、流れ着く先、受け止める側を演じた。それぞれの立場に立って海洋ごみについて考えるストーリーが大人の心を揺さぶった。漁協の婦人部などからもトランクミュージアムの回覧やレクチャーの開催を依頼されるようになった。
「海洋ごみの問題って、世界平和の課題と似ていると思うんです。有事にならならないと気付けない、差し迫らないと行動を起こさない」
末永さんは力を込めた。
日本列島に押し寄せる海洋ごみの防波堤となっている対馬の住民でさえ、プラスチック製品の消費についてさほど強い問題意識があるわけではないという。ましてや、遠く離れた東京や大阪などの大都市で暮らしていると、自分たちが海洋ごみの発生に加担している側であることに気づかずに済んでしまう。
「自治体のルールに従って分別してごみを出しているからといって、都市部でごみ問題を完結できているわけではありません。誰もが当事者であり、もう、待ったなしの状況にあります。この事実をどうすれば対馬の中で共有し、対馬の外に発信できるか。そのことを常に考えています」(末永さん)
対馬にはプラスチック消費社会の縮図がある。私たちが当たり前のように使い、捨てているプラスチックについて見直すきっかけを対馬は提示している。
(バナーを含む全ての写真は筆者撮影)