「なお一層、心を一つに」が天皇陛下のお気持ち:宮内庁長官の「五輪ご心配と拝察」発言を考える
社会 皇室 東京2020- English
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陛下のお気持ちを正確に述べた宮内庁長官
西村泰彦・宮内庁長官は定例記者会見で東京五輪・パラリンピック(以下、五輪)に関する質問に、「国民の間に不安の声がある中で、陛下ご自身が名誉総裁をお務めになる五輪開催が感染拡大につながらないか、ご心配であると拝察しています。陛下が名誉総裁の五輪で、感染が拡大するような事態にならないよう、組織委員会をはじめ関係機関が連携して感染防止に万全を期していただきたい」と答えた。
「拝察」の意味について西村長官は、「日々、陛下とお話する中で、私が肌感覚でそう感じているということ」「陛下はそうお考えではないかと、私は思っています。ただ、陛下から直接そういうお言葉を聞いたことはありません」と説明した。
「拝察」は耳慣れない言葉ではあるが、筆者が宮内庁担当記者だった頃も皇居の中ではよく聞いた。侍従や長官らが天皇のご様子からみて、陛下がこんなふうに考えていらっしゃるのではないかと推し量るときに使われる。
今回は会見内容(記者とのやり取り)からみて、宮内庁トップの長官が、五輪開催による感染拡大を懸念している陛下のお気持ちをできるだけ正確に述べたことは、間違いないだろう。長官は陛下に、直近の記者会見でこのことを話す了解も、陛下から取り付けていたはずだ。陛下に関して何らかの政治問題となる可能性もあることを、長官が単独で行うはずはない。
これに対し、政府側の反応は「長官本人の見解を述べたと理解している」(菅義偉首相)というもので、宮内庁長官が個人の考えを語ったまでのことだとした。この政府の対応について、あまりにもそっけないと感じた国民も少なくない。また、政界では「憲法で天皇は政治に関わらないことになっており、それを守るべきだ」「拝察という形で天皇の名で政治的意見を発表するのは、象徴天皇制を揺るがす大問題」などの批判があった。
学士院賞授賞式での「コロナ」に関するお言葉に鍵が
それではなぜ、五輪まであと1カ月のタイミングで、宮内庁は拝察発言を発信したのだろうか。
菅首相は2日前の6月22日に、国政などを陛下に伝える「内奏」を行った。その内容は明らかにされないことになっているが、間近に迫った五輪についても陛下に報告したはずである。陛下はもちろん、大会に関し首相に指示する立場にはない。
首相の五輪報告を聞いて、陛下は何か宮内庁サイドから述べる必要性を感じられ、宮内庁長官の拝察発言につながっていったのではないか。筆者は長官の拝察にならい、陛下のお気持ちを大胆に「推察」してみることにした。
拝察発言の鍵が、内奏の前日の6月21日、皇后さまと共に臨席された日本学士院会館(東京・上野)での日本学士院賞授賞式でのお言葉にあった。この賞は優れた業績を挙げた研究者に贈られるもので、毎年、陛下が臨席する格式高い式典が開かれる。昨年はコロナ禍で延期となり、今回は2回分の授賞式となった。
お言葉は例年あまり変わらないが、今回だけは大きく変わり、コロナ禍に関する内容が全体の3分の1を占めていた。陛下がいかにコロナ問題に心を砕き、早期克服を期待されているかが分かる内容だ。
政府と国民の分断をご心配
コロナ関係のお言葉はこう始まる。「現在、我が国を含め世界各国は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大という大変に厳しい試練に直面しています。この試練を乗り越えるためには、国内外を問わず、私たちがなお一層、心を一つにして協力することが大切です」
次いで、「この感染症問題は医学の問題にとどまらず、経済や社会の課題も提起しました。学問は常に新しい未来を切り拓く力となるもので、試練に世界が直面している今こそ、学問諸分野の叡智(えいち)を結集し、この困難な状況を乗り越え、希望に満ちた未来を築いていくことを期待します」(要旨)と続いている。
このお言葉で注目すべき部分は、前半の「私たちがなお一層、心を一つにして協力していくことが大切」である。陛下は「なお一層」という強い表現で、まだ私たちの心は一つになっていないから、さらに国民みんなが心を合わせて行くべきだと訴えていらっしゃる。
コロナ禍の日本で今、最大の試練は五輪開催である。しかし、政府と国民の間に大きな溝ができてしまった。世論調査でも、政府の方針に反対し、五輪中止を求める人は少なくない。しかし、五輪まであと1カ月となり、このまま政府と国民がバラバラの異常事態では大変なことになると、陛下は憂慮されている。国民に寄り添うことを常々明言されている陛下は、是非とも国民と政府にメッセージを送りたかったのであろう。
しかし、陛下が直接、ビデオメッセージなどの形で話すのは、東京都議選のさなかでもあり、政治的問題とされるリスクがある。そこで、「長官の拝察」という、陛下ご自身には影響が及ばない“無難”な発信となったのではないか。
「国が一つになるため、政府は五輪開催についてもっと国民に説明して理解を得るように。そして、第一に感染拡大を絶対に防ぐように。国民も、世界から選手らを迎えるのだから、感染拡大となる行動には注意しよう。感染爆発で大会が中止とならないよう、さらに皆の心を一つにしていこう」。陛下はこんなお気持ちを、みんなに伝えたかったのではないだろうか。
陛下のお気持ちをもっと謙虚に受け止める必要
陛下のお気持ちが今回、「宮内庁長官の拝察発言」の形で伝わってきたことに、違和感を持った方がいるかもしれない。だが筆者は、陛下からの発信が国民に届くことを歓迎する。
昨年、陛下は2月の天皇誕生日に際しての記者会見以来、コロナ禍の中、同8月の戦没者追悼式まで半年間、正式のお言葉を発することがなかった。国民を励ますことができず、積極的に国民に話しかけた欧州王室と対照的だったので、一部の雑誌には「天皇の沈黙」などと書かれることもあった。
今年も2月の記者会見以降、広く国民に話しかける機会がないまま、国際的に最大のスポーツ大会である五輪を迎えようとしている。名誉総裁の陛下は、大会をめぐって政府と国民との分断された現在の状況が改善されることを強く願われた。こうして今回の長官による「拝察発言」となったのではないか。
その内容は、開催の是非には触れておらず、五輪による感染拡大を心配されているという、ごく当然のもので、政治性は感じられない。これを天皇の政治的発言と解釈して、許されないとしたら、陛下にとって誠に窮屈で、お気の毒なことだ。
五輪開催を目
五輪と感染拡大を心配され、大会が無事行われることを願う陛下のお気持ちを、政府も国民も「なお一層」謙虚に受け止め、「心を一つに」するべきである。
バナー写真:日本学士院第110回及び111回の授賞式であいさつされる天皇陛下と皇后さま=2021年6月21日、東京都台東区[代表撮影](時事)