
コラム:亜州・中国(25) 米中「AI覇権」争いとディープシーク・ショック
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トランプ99分演説と李強54分報告
地中で冬ごもりしていた虫が地上に這(は)い出てくるという「啓蟄(けいちつ)」の3月5日。春の訪れを告げるこの日、太平洋を挟んだ米中両国の首都で、重要な演説が相次いだ。
トランプ大統領は3月4日夜(日本時間同5日昼)、ワシントンの連邦議会議事堂で施政方針演説に臨んだ。自画自賛が目立った演説は異例の1時間39分に及んだ。施政方針演説としては過去最長となった。
大統領は貿易相手国に4月2日から「相互関税」をかける関税戦争を布告、中国に対しては貿易赤字や合成薬物流入問題を理由に関税を引き上げる方針を示した。中国の軍事的脅威には直接触れなかったものの、「最高司令官として、私の焦点は未来の最も強力な軍隊の構築だ」と言明した。世界一の軍隊の座を中国に明け渡さないとの決意表明にほかならない。
これに先立ち北京の人民大会堂では3月5日午前、全人代(国会に相当)が開幕、李強首相が施政方針演説に当たる「政府活動報告」を読み上げた。その時間は歴代首相より短めの54分だった。
李首相は2025年の実質経済成長率の目標を3年連続で「5%前後」にすると発表、米国の追加関税に対抗して財政出動をテコに内需拡大を目指す姿勢をみせた。「一国主義と保護主義が激化している」と暗にトランプ政権を批判したものの、報告原稿の最後の方に書かれていた「覇権主義・強権政治に反対し、あらゆる形の一国主義、保護主義に反対する」とのくだりは読み飛ばした。米国への過度の刺激を避けたかったのかもしれない。
中国の全国人民代表大会(全人代)で、会場から拍手で迎えられる習近平国家主席(左)と李強首相=2025年3月8日、北京(AFP=時事)
中国AI「DeepSeek」、世界に衝撃
李首相はこの報告で、AIをさまざまな領域と融合させていく「AI+(プラス)」という新概念を打ち出した。AI搭載スマホ・パソコン、AIロボットなどを列挙したが、文章や画像を自動作成する生成AIに関して「大規模言語モデル(LLM)の広範な応用を支援する」と表明したことは注目に値する。LLMは生成AIの基盤となるものだ。
トランプ氏が米国の第47代大統領に就任した1月20日、中国では生成AIの新興企業DeepSeek(ディープシーク)が革新的なLLM「R1」を発表した。高性能かつ低コストとされるR1は、米オープンAIの「Chat(チャット)GPT」など米国製をしのぐのではないかと世界に衝撃を与えたことは記憶に新しい。
中国の生成AI(人工知能)開発企業「ディープシーク(深度求索)」が開発したアプリのアイコン=2025年1月(時事)
ディープシークは2023年、起業家の梁文鋒氏が浙江省杭州市で設立した。彼は1985年生まれ、AI研究で知られる浙江大学を卒業した。同社の開発チームは百数十人規模で、中国の有名大学・大学院の出身者や「天才」と呼ばれる若者らが中心、全員留学経験はないという。無名だった中国本土のスタートアップ企業が「便利で安い生成AI」で世界を驚かせたのである。
李首相は1月20日、中国の経営者らとの座談会で、実は梁氏とも会っていた。3月5日の報告ではディープシークの社名こそ出さなかったが、国家としてお墨付きを与え「支援する」ことを強く印象づけたのだ。
習近平氏、民間企業に「報国」求める
中国共産党総書記の習近平国家主席は2月17日、人民大会堂で「民間企業座談会」を6年3カ月ぶりに開いた。李首相ら党最高指導部も同席、IT(情報技術)などを駆使したテック企業を中心に中国を代表する経営者約30人が招かれた。そこにはディープシークの若き創業者、梁氏もいた。
消息が途絶えていたアリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏が姿を現し、習主席と握手を交わしたのは象徴的だ。アリババや騰訊控股(テンセント)など巨大民間企業はかつて独占禁止法違反で罰金刑を言い渡されるなど厳しい時代が続いた。国有企業を優遇して、民間企業を圧迫する「国進民退」ともささやかれたが、ここにきて民間企業の重要性が再び脚光を浴びるようになった。
習主席は今回の座談会で、「民間経済の発展に対する党と国家の基本方針は今後も一貫して堅持し、実行していく」と強調、民間企業の経営者に安心感を与えた。同時に「報国の志を胸に抱き、発展を図る」よう訴え、党と国家への忠誠を求めた。対米戦略の一環として、AIなど先端技術の開発に民間企業も総動員したいとの思惑がみてとれる。
米国、対中半導体輸出規制を強化
生成AIの開発には米エヌビディアなどが生産する先端半導体が不可欠といわれてきた。AIは軍事技術への転用の可能性もある。米国は中国のAI開発を遅らせようと、バイデン前政権が2022年からエヌビディアの先端半導体の対中輸出に規制をかけてきた。
バイデン前政権は今年1月13日、AI向け先端半導体の新たな輸出規制を発表した。その1週間後、「ディープシーク・ショック」がトランプ政権を直撃した形だ。
ディープシークは規制前のエヌビディア製半導体を大量に調達していたとされるが、トランプ政権はAI向け先端半導体の対中輸出規制をさらに強化するだろう。
米中はAIの軍事利用に歯止めを
AI開発競争は米国が先行していたが、ディープシーク・ショックで中国の追い上げが加速する可能性もある。米中のAI覇権争いは今後、ますます激しくなるだろう。
もっとも、米中双方ともジレンマを抱えている。米国の企業や研究機関でのAI研究者は中国の大学を卒業した人が多く、中国が人材の供給源となっている。半面、中国はAI向け先端半導体の調達が難しく、生成AIにしても共産党の言論統制で政治的に微妙な問題は検索不能という制約がある。
バイデン大統領(当時)と習近平国家主席は2024年11月16日、ペルーの首都リマでの米中首脳会談で、核兵器使用の意思決定にAIを関与させないことで合意した。
しかし、AIの軍事利用は既に始まっている現実がある。自律型致死兵器システム(LAWS)への国際ルールづくりなども急務だ。AIを制する者が世界を支配することになるのかもしれない。そういう時代だからこそ、米中両国はAIの安全性を確保するため、国際基準づくりで連携して軍事利用に歯止めをかける責任があるのではないか。
バナー写真:米連邦議会議事堂で施政方針演説に臨むトランプ大統領。後方左はバンス副大統領、同右はジョンソン下院議長=2025年3月4日、ワシントンDC(AFP=時事)