コラム:亜州・中国(24) 遠藤和也・駐フィリピン大使に聞く 「マルコス政権の対日協力を高く評価」
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訪日フィリピン人、訪比邦人の倍
泉 日比関係は現在、極めて良好です。経済関係、人的交流などについて現場の声を聞かせてください。
遠藤 日比両国の間で幅広い分野での協力を深めているのが今の状況だと思います。ハイレベルの往来でもフェルディナンド・マルコス大統領は昨年2回、日本を訪問、岸田文雄首相も昨年11月にマニラを訪問しました。
経済の分野ではフィリピンにとって日本は引き続き主要な直接投資国であり、貿易相手国です。政府開発援助(ODA)についてみれば、日本は長年の最大の援助供与国でもあります。
人的交流では特に最近、フィリピンから日本に行く人が急増しています。2023年は訪日フィリピン人観光客が62万人となり、訪比日本人観光客(約30万人)の倍になりました。今年も前半だけで40万人のフィリピンの方が日本に行かれました。
日本の学校で外国語を教える外国語指導助手(ALT)などを招くJETプログラム(日本政府が1987年に開始した外国青年招致事業)で、今年はフィリピンから123人が日本にきていただいています。そこに7000人くらいの応募をいただきました。
日本に住んでいる在留フィリピン人は約32万人おられます。こうした中で、対等なパートナーとして、あるいは戦略的なパートナーとしてさらに関係を深めていくために、どういうことができるかが当面の課題です。
人的交流という意味では、短期的には2025年国際博覧会(大阪・関西万博)をどういった形でフィリピンとの交流に活用していけるかが課題となります。
税制などビジネス環境改善が課題
泉 マルコス大統領は外資の誘致に積極的ですが、フィリピンに進出している外国企業の間で、付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)の還付制度が機能していないとの不満があります。
遠藤 直接投資について申し上げると、フィリピンにおけるビジネス環境のさらなる改善・整備が課題だと思います。VATの還付制度がうまく回っていなかったり、税制上のインセンティブが縮小していたりとかが、日本企業の関心事項でもあります。
これはわれわれ大使館としても、日本政府から首脳レベルでもさまざまな形での働きかけをしています。フィリピンのCREATE MORE法案(税制改正法案)の審議は継続しているところであります。
投資の面ではエネルギーなどのインフラをどう強化していくかが、重要な課題だと思います。より中長期的には、私自身としてはフィリピンから日本への投資をどのような形で進めていけるかが関心のひとつです。
日比安保協力の強化は自然な流れ
泉 2年前にマルコス大統領が就任してから、日米との外交・安全保障の分野での連携を強化しています。日比両政府は今年7月、日比部隊間の交流をしやすくする「部隊間協力円滑化協定(RAA)」に署名しました。
遠藤 今年4月、ワシントンで岸田首相、バイデン大統領、マルコス大統領による日米比首脳会合が初めて開催されました。日米比三カ国は、協力の中身を非常に充実させてきていると思います。
安全保障の分野では、さらに日本、米国、オーストラリア、フィリピンの4カ国防衛相会談も今年5月にハワイで開かれました。様々な枠組みでの協力を重層的に強化していくことが重要です。
一方で、日本とフィリピンとの間でどういう協力ができるかが最も大きな関心事です。日比両国とも海洋国で、基本的価値と原則を共有し、戦略的パートナーであり、東シナ海、南シナ海の状況にそれぞれ深刻な懸念を抱えています。地域の安全保障環境を考えても、やはり日比の間での安全保障、防衛面での協力を強化していくのは自然な流れだと思います。
協力は互いの経済成長にも貢献
泉 3年目に入ったマルコス政権をどう評価されますか。
遠藤 マルコス大統領は7月22日、就任後3回目の施政方針演説に臨まれました。内政と外政のさまざまな課題について一つひとつ着実に取り組んでいく姿勢をみせておられました。
マルコス政権下で、日本との協力をきちんと深化させていく姿勢をわれわれとしては高く評価しているところです。幅広い分野での協力を進めていきたい。その結果として、フィリピンの経済の発展に貢献しつつ、日本自らの経済の成長にも貢献してもらえるようにしていければと思います。
2026年は日比国交正常化70周年に当たります。その年はフィリピンが東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国です。自ずといろいろな形で交流ができるタイミングをも念頭に置きながら、さらなるフィリピンとの関係発展を考えていきたい。
【インタビューを終えて】
フィリピンの歴史と中国に深い理解
「現在の日比関係はかつてないほど強固だ。大使のリーダーシップの下、両国関係をさらなる高みに引き上げるべく緊密に連携していきたい」。フィリピンのマルコス大統領は今年4月4日、マニラのマラカニアン宮殿(大統領府)での信任状奉呈式典で、新任の遠藤和也大使にこう伝えたという。
遠藤大使は式典後、マニラ湾に近いリサール公園に向かった。独立運動の国民的英雄で、日本にも一時滞在したことがあるホセ・リサール(1861-96年)に敬意を表し、遺体が葬られている記念碑に献花したのだ。実は日本を発つ直前、都内の日比谷公園にあるリサール像も訪れている。
もともとはマレー系の人々が多かったフィリピンの歴史は曲折をたどり、多様性に富む。14-15世紀にイスラム教が伝わった。16世紀後半から300年余りはスペインの植民地となり、カトリック教国に変容した。そのずっと前から、中国の人たちの流入は続いてきた。第二次世界大戦では日米が激しく戦い、巻き込まれたフィリピン人犠牲者は100万人以上、フィリピンでの日本人戦没者は50万人以上となった。
日比両国は過去の不幸な歴史を乗り越え、安全保障面でも連携を強める時代になった。日米同盟、米比同盟、そして日比も“準同盟”の様相を呈している。日比両国とも海洋権益では中国と鋭く対立しながらも、経済の分野では中国との関係は切り離せない。
今回のインタビューは、日本のチャイナハンド(中国専門家)と呼ばれる谷野作太郎・元駐中国大使からの紹介で実現した。外務省の中国語研修組で、遠藤氏は谷野氏の後輩に当たる。
国際情勢が激動する今、中国通でもある遠藤氏だからこそ、駐フィリピン大使に白羽の矢が立ったのではないか。
アジア報道に関与してきたひとりとして自戒を込めて言えば、日本とフィリピンのお互いのイメージは実態と少しずれている。比中両国間の微妙な間合いも熟知している遠藤大使には、日比相互理解の深化を期待したい。
バナー写真:遠藤和也駐フィリピン大使(左)と筆者の泉宣道氏=2024年9月3日、マニラの日本大使館