コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(6)戦後75年 “コロナ停戦”と外交力

政治・外交

新型コロナウイルスが世界ではびこる中、戦後75年の夏を迎えた。国際社会はコロナ禍の克服に向け結束すべきたが、米国と中国は鋭く対立、日中、日韓の間でも争いが続く。各国・地域は今こそ、外交の力を発揮しなければならない。

『フィリピンと中国の残留邦人』

ドキュメンタリー映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』(小原浩靖監督)が7月25日、都内の映画館で公開された。コロナ感染防止対策のため座席は縦横で間隔を空け、定員の半分以下。観客は全員マスク姿で、中高年が多かった。

映画は太平洋戦争後、二つの国に取り残された日本人や日系二世の過酷な歴史と現状、そして国境を越えて彼らを支援する民間人たちの献身的な活動を生き生きと人間臭く描く。

日本がポツダム宣言を受諾した1945年8月14日、日本政府は軍人軍属以外の海外在留邦人について「居留民はできる限り現地に定着させる方針」とする訓電を在外公館に打った。敗戦国・日本は、いわば“棄民政策”をとったのである。

映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』の公式ハンドブック(2020年7月25日発行、游学社)
映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』の公式ハンドブック(2020年7月25日発行、游学社)

「敗戦処理」いまだ終わらず

この映画のナレーションによると、米国の植民地だったフィリピンには戦前、3万人を超す日本人移民社会が存在した。出稼ぎの日本人男性と現地女性の間に生まれた日系二世は戦後、反日感情が激しかったフィリピンで身を隠すように生きてきた。彼らは満足に教育を受けられず、就職にも恵まれなかった。

父の祖国の国籍を得たいと願うフィリピン在留二世らは現在、およそ1000人いるという。平均年齢は80歳を超えている。しかし、日本政府は積極的に手を差し伸べようとはしていない。

一方、中国東北部で敗戦を機に預けられたり、置き去りにされたりした中国残留孤児たちの姿も映画で紹介される。彼らの多くは1972年の日中国交正常化後、日本への帰国を果たしたものの、言葉や文化の壁にぶつかった。

帰国後、貧困に陥った孤児たちに日本政府が生活の保障をするまでには、集団訴訟などさまざまな曲折があった。彼らも今、老境にある。

この映画の製作プロデューサー、河合弘之弁護士(76)は旧満州生まれの引揚者で、長年にわたりフィリピン残留二世の日本国籍取得を手伝ってきた。河合氏は7月25日午後、上映前の舞台あいさつで「非常に焦っている」と時間との闘いであることを訴えた。

日本政府は国籍取得問題の「解決」ではなく、高齢化による「消滅」を待っているのではないかと疑問を呈したのだ。終戦から75年――。自国民の「敗戦処理」はまだ終わっていない。

米中は「五輪休戦」に反する動き

この夏は本来、東京で「平和の祭典」と呼ばれるオリンピック(五輪)、引き続きパラリンピックが開催されるはずだった。実は、国連総会決議による「五輪休戦」も予定されていた。

五輪の源流は、紀元前8世紀の古代ギリシャ。当時、都市国家間で戦争が続いていたことから、競技者らが開催地オリンピアまで無事に往復できるように「聖なる休戦」を制定したといわれる。

故事に倣(なら)い、1994年のリレハンメル冬季五輪から「五輪休戦」が設けられた。拘束力はないものの、今回も昨年12月9日の国連総会で、東京五輪・パラリンピック期間中を挟む2020年7月17日から9月13日までの「五輪休戦」を加盟国に求める決議を北朝鮮も含め、全会一致で採択していた。

コロナ禍による東京五輪・パラリンピックの延期に伴い、今年7月6日、オンラインの国連総会で「五輪休戦」の期間を来年7~9月に変更した。

その一方で、オンラインの国連安全保障理事会は7月1日、コロナ禍のパンデミック(世界的大流行)対策として、世界の全ての紛争地に対して少なくとも90日間の停戦を求める決議を全会一致で採択した。

国連安保理の“コロナ停戦”決議は、当初の「五輪休戦」と重なる今年7~9月が対象期間となった。だが、米中の対立で採択に至るまでに3カ月以上も要した。最近の米中関係は1979年の国交樹立以来、最悪の状態に陥っている。両国は「五輪休戦」の精神に反している。

大会延期を受け、メンテナンスのため東京・お台場から移動する海上の五輪マーク=2020年8月6日(時事)
大会延期を受け、メンテナンスのため東京・お台場から移動する海上の五輪マーク=2020年8月6日(時事)

米国は対中「関与政策」から決別

国際社会の懸念を無視する形で、中国の習近平国家主席は6月30日、香港での反体制活動を禁じる「香港国家安全維持法」への署名を強行した。同法は即日施行され、香港では民主活動家らの逮捕が相次いでいる。

これに対し、トランプ米大統領は7月14日、香港の自治侵害に関与した中国を含む金融機関への制裁を可能にする「香港自治法」に署名し、成立させた。米中はその後も制裁合戦を繰り広げるなど、両国の対立は一段とエスカレートしている。

「破綻した全体主義のイデオロギーの真の信奉者だ」。ポンペオ米国務長官は7月23日、カリフォルニア州のニクソン大統領記念図書館で「共産主義の中国と自由世界の未来」と題して演説し、中国共産党の習近平総書記(国家主席)を名指しで痛烈に批判した。米国は従来の対中「関与政策」から決別する姿勢を鮮明にしたのである。

米政府は7月21日、テキサス州ヒューストンの中国総領事館の閉鎖を要求、中国政府は同24日、四川省成都市の米国総領事館の閉鎖を通知、双方がそれぞれ閉鎖した。こうした報復合戦は両国間の外交チャネルを著しく傷つけている。

トランプ、習近平両政権の「新冷戦」が急拡大しているのは、11月に米大統領選挙を控えていることと無関係ではない。中国側は来年夏に中国共産党創設100周年の節目を迎える。お互い対外的には強い姿勢で臨まざるを得ない事情がある。

とはいえ、米中の対立は貿易戦争から始まって、米国が華為技術(ファーウェイ)を排除したり、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用を禁止したりする安全保障絡みの技術覇権の争い、そして南シナ海を舞台とした軍事上の確執にまで及んでいる。

日本は尖閣、徴用工で中韓と対立

コロナ危機のさなか、アジアの安全保障環境も平穏ではない。中国とインドの国境紛争など、様々な軋轢(あつれき)が生じている。

沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領海の外側の接続水域を中国公船(中国政府に所属する船舶)が4月14日から8月2日まで111日間連続で航行した。2012年9月の日本政府による尖閣国有化以降、最長となった。この間、公船は月に数回、領海にも侵入した。

リオデジャネイロ五輪が開かれていた4年前も、同じような事態が起きた。2016年8月5日から中国漁船が大挙して尖閣諸島周辺に押し寄せ、中国公船は断続的に領海にも侵入したのである。接続水域では例年より多い約200~300隻の漁船が操業するという異様な光景となった。

中国が尖閣諸島周辺で設定する休漁期間は今年、8月中旬に明ける。4年前のように漁船の船団や公船が続々と尖閣諸島に接近すれば、東シナ海に荒波が立つ。

日本と韓国との関係も波乱含みだ。韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(現日本製鉄)に賠償を命じた韓国人元徴用工訴訟で、原告側が差し押さえた同社資産を売却(現金化)する司法手続きの効力が8月4日、発生した。日本製鉄は同7日、不服を申し立てる即時抗告書を提出した。実際に資産が売却された場合、日本政府は対抗措置を発動する構えで、戦後最悪とされる日韓関係がさらに冷え込みかねない。

問われるG7と日本の外交力

8月15日は「終戦記念日」。だが、韓国では日本による植民地支配からの解放記念日「光復節」、北朝鮮では祖国解放記念日だ。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は8月14日を「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」に制定している。

先の大戦で戦勝国側にとって勝利の日は1945年9月2日。東京湾に浮かぶ米戦艦ミズーリの艦上で、日本の全権代表、重光葵外相が降伏文書に署名した日だ。

中国共産党は9月3日を「抗日戦争勝利及び反ファシスト闘争勝利記念日」としている。9月18日は日中戦争の引き金となった柳条湖事件(満州事変)が勃発した日である。

毎年8~9月は日中韓など東アジアでナショナリズムが過熱しやすい。こういう微妙な時期こそ、各国・地域の外交力が問われるが、今年はコロナ禍のあおりで、4月上旬に予定されていた習近平国家主席の国賓としての訪日が延期になるなど、対面での首脳外交は停止状態だ。

2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪、来年に延期された東京五輪、2022年に予定される北京冬季五輪……。北東アジアの3カ国は五輪つながりでもある。反目し合っていては「平和でより良い世界の構築に貢献する」ことなどが盛り込まれたオリンピック憲章に反する。

「この7年間、80の国・地域を訪問し、800回を超える会談を重ねてまいりました。各国首脳との信頼関係の上に、国際社会が直面する共通課題の解決に向け、世界の中で、主導的な役割を果たしていく覚悟です」。安倍晋三首相は今年1月20日の施政方針演説で、首脳外交への強い意欲を披歴した。

安倍首相の外国訪問は飛行距離で158万キロメートルを越え、地球を約40周した形だ。コロナの世界的蔓延で、今年1月のサウジアラビアなど中東3カ国歴訪以来、外遊できない状態が7カ月も続いているが、電話やテレビ会議での首脳外交に取り組んでいる。

コロナとの戦いは人類共通の課題である。国際社会はコロナ対策で協力し、連携する必要がある。とりわけ自由や民主主義などの価値観を共有する主要7カ国首脳会議(G7サミット)の責任は重い。

中国は「人類運命共同体」の構築を主張しながら、コロナ危機の虚を衝いて香港の自由と民主主義を抑圧している。今年のG7サミットの開催時期は二転三転し、11月の米大統領選挙後にずれ込んだが、G7首脳らは中国に対して、はっきりと物申すべきだろう。

安倍首相は国内で支持率が低下しているものの、連続在任日数は8月24日に佐藤栄作元首相の2798日を超え、歴代首相で最長となる。現在のG7首脳の中でもドイツのメルケル首相に次いで古株だ。いよいよ「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」の真価が問われる。

バナー写真:被爆から75年の8月6日に行われた広島の平和記念式典。新型コロナウイルス感染防止のため、参列者が例年の10分の1に絞られた(共同)

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