コラム:亜州・中国(20) アジア太平洋と向かい合う南米チリとペルー
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アタカマ銅鉱山の地下坑内に入る
チリの首都サンティアゴから北へ約600キロメートル、アタカマ州に日鉄鉱業が操業するアタカマ鉱山(社名:アタカマ・コーザン鉱山特約会社)がある。雨がほとんど降らないアタカマ砂漠の南端部に位置し、標高は約500メートル。地下に銅鉱床が眠っている。
11月27日午前、約1時間にわたって地下坑内を視察した。事前に保安講習を受講し、つなぎの防護服、ヘルメット、ヘッドランプ、保護メガネ、防塵マスク、安全靴などを身に着けた。万一、一酸化炭素(CO)が発生した場合に二酸化炭素(CO2)に変換する非常用呼吸器(アウトレスカタドール)はベルトで腰に装着したが、ずっしりと重かった。
地上の坑口から四輪駆動車でトンネルのような暗闇の主要坑道を突き進んだ。地中奥深くで枝分かれした坑道、採掘現場、坑内食堂(最大60人収容)などを見て回った。銅鉱石は小割機(ブレーカー)と破砕機で細かく砕き、ベルトコンベヤーで地上に運ばれる。
アタカマ鉱山は2003年6月に商業生産を開始した。同社の新井專介社長は「操業20周年の今年5月、累計粗鉱生産量は3000万トンに到達した」ことを明らかにした。
アルケロス銅鉱山、開発の最前線
チリ北部コキンボ州の州都ラ・セレナは同国有数の保養地。首都サンティアゴからは北へ約400キロメートルにある。そこから北東約35キロ、標高1400メートルの山中で開発中なのがアルケロス鉱山(社名:アルケロス鉱山株式会社)だ。2026年操業開始を目指し、鉱山・プラント建設、送電送水配管設置工事などを急いでいる。
11月29日、美しい街並みのラ・セレナから2時間半かけ、車で同社の津嘉山良治社長らとアルケロス鉱山に向かった。標高が低い山道にあった緑のサボテンは、北坑口の予定地にはなく、高地性の灌木(かんぼく)がまばらに生えている。半乾燥気候の荒涼とした茶色い光景が広がっていた。目撃した動物は灌木に身を隠す野生の小さなキツネ一匹だけだった。
日鉄鉱業がアルケロス・プロジェクトに参入したのは11年。探鉱から開発のための環境許認可の取得、鉱山・プラントの詳細設計など、コロナ禍を乗り切って今年4月に開発工事着手を正式決定した。津嘉山社長は「粗鉱生産量は1日当たり5000トンを計画している」。3年後から年間180万トン体制を目標にしているのだ。
チリはFTA先進国でゲートウエー
南米大陸で太平洋岸にある国々は北からコロンビア、エクアドル、ペルー、チリの4カ国。このうちペルー、チリ両国はともに21カ国・地域で構成するアジア太平洋経済協力会議(APEC)、環太平洋経済連携協定(TPP)のメンバーで、名実ともに“太平洋国家”だ。
チリは2010年、南米で唯一の経済協力開発機構(OECD)加盟国となった。12年にはメキシコ、コロンビア、ペルーと「太平洋同盟」を結成、自由貿易に基づくアジア太平洋地域との連携を強化してきた。
とりわけチリは自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)に熱心で、世界73カ国・地域と締結済みだ。日本の発効・署名済みのFTAとEPAは24カ国・地域にすぎない。チリはFTA先進国といえる。
米国のシンクタンク、ヘリテージ財団による最新の「2023経済自由度指数」ランキングでもチリは世界22位、中南米で首位だ。因みに日本は31位にとどまっている。
「チリは外国企業にとって南米へのゲートウエー(玄関口)の役割を果たしている」――。銅鉱山の開発や新規プロジェクト推進のためチリに2回、計8年以上駐在し、現地でのビジネスに詳しい日鉄鉱業の三田晋一郎・海外資源事業部長はこう指摘する。
中国、重要鉱物の争奪戦で主役に
チリ、ペルーとも南米の資源大国。特にチリは銅の埋蔵量、生産、輸出で世界トップクラスだ。「白いダイヤモンド」と呼ばれるリチウムの生産量でもチリはオーストラリアに次ぐ世界2位。どちらも電気自動車(EV)、スマートフォン、再生可能エネルギーなどに不可欠な鉱物だ。EV部品に使われる銅はガソリン車の3~4倍といわれる。
日本企業は戦後、チリでの銅鉱山開発に関与してきた歴史がある。三菱商事をはじめとする大手商社、三菱マテリアル、JX金属などが権益確保に動いてきた。住友金属鉱山はチリ北部タラパカ州で、カナダ企業と共同で「ケブラダ・ブランカ銅鉱山」開発を進めている。今年10月26日の開山式にはチリのボリッチ大統領も出席した。
チリに進出している日系企業でつくる日智商工会議所(1980年設立)には現在、70社以上が名を連ね、チリの経済界でも一定の地歩を築いている。
しかし、同会議所の会員企業、日鉄鉱チリ有限会社の田形善之社長は「チリでは中国企業の存在感が増している」と証言する。実際、中国企業はチリへの攻勢を強めている。EV大手の比亜迪(BYD)はチリ北部にリチウムイオン電池用正極材の工場を建設、ニッケル大手の青山控股集団もリン酸鉄リチウム工場の建設を計画している。
チリを舞台とした銅、リチウムなどをめぐる各国の争奪戦は熾烈を極めている。首都サンティアゴの対蹠地(たいしょち)、いわゆる「地球の裏側」は中国のかつての王朝の都だった西安(長安)に当たる。その中国は今、南半球で重要鉱物奪い合いの主役を演じているのだ。
21世紀の太平洋は「中国の海」か
チリといえば、ワインが世界的に有名だ。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の統計によると、チリは2022年生産量ランキングでイタリア、フランス、スペインなどに続いて世界8位。生産量は9位のアルゼンチンとほぼ同じだが、輸出比率では隣国をはるかに上回る。
ペルーのアンデス山脈にある“天空都市”マチュピチュ遺跡は世界遺産に登録されている。秋篠宮家の次女、佳子さまが11月4日に視察したことで注目を集めたが、ふもとのホテルのレストランにはチリ産の高級ワインが常備されていた。インカ帝国の古都クスコなどペルー各地で、チリ産ワインは人気だった。
今回のマチュピチュ見学では、ちょっとした“発見”もあった。宿泊したインカテラ・ホテル(Inkaterra Machu Picchu Pueblo Hotel)の敷地内に「茶園」があったのだ。もともとはコーヒー園だったが、現在は茶樹を栽培、ホテル客向けに紅茶もつくっている。
アジア原産の茶が、地球の裏側でたくましく生き延びている……。南米とアジアが太平洋を挟んで強く結ばれていることを物語っている。
大航海時代から1898年の米西戦争まで、太平洋はいわば「スペインの海」だった。20世紀は米国が支配する「アメリカの海」に変容した。中国が最近、TPPへの加盟を強く望んでいるのは、太平洋地域での影響力拡大を虎視眈々と狙っているからだろう。
(文中写真はいずれも筆者撮影)
バナー写真:チリのリゾート、ラ・セレナ市の美しい海岸線と太平洋=2023年11月28日、コキンボ州(筆者撮影)