コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(2)米中貿易戦争が揺らす日中関係

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今年は米国と中国が1979年1月1日に国交を樹立してから40周年――。いわば不惑に当たるが、現実は米中貿易戦争が繰り広げられ、「新冷戦」とも称される。最先端のデジタル技術などをめぐって21世紀の覇権を争う世界第1、第2の経済大国の対立は、日本の経済や東アジアの安全保障に深刻な影響をもたらしかねない。

習国家主席は「自力更生」で持久戦覚悟

「われわれは2019年、中華人民共和国成立70周年を盛大に祝うことになる。自力更生と刻苦奮闘を堅持し、一歩一歩着実に前人未踏の偉大な事業を推進していかなければならない」。中国の習近平国家主席は新年を迎えるあいさつで、「自力更生」を訴えた。

その背景には、毛沢東の著書『持久戦論』が見え隠れしている。同書は日中戦争さなかの1938年(昭和13年)に刊行された。当時の日中の軍事的な力の差から、抗日戦争は短期決戦を避けて第1段階は戦略的な守勢、第2段階で反攻を準備し、第3段階で反攻に打って出るべきだと説いた。つまり持久戦に持ち込む方が人口の多い中国に有利と考えたわけだ。

米中貿易戦争は、トランプ大統領と習国家主席が2018年12月1日、アルゼンチンのブエノスアイレスで会談し、とりあえず「90日間の休戦」で合意した。3月1日を期限とし、協議などを通じて落としどころを探るが、トランプ政権は中国側が大幅に譲歩しなければ対中制裁を強化する構えを崩していない。

米中関係は経済面でも技術力、軍事力でも現時点では米国が上手である。習国家主席は80年前の毛沢東に倣い、持久戦も覚悟して“抗米貿易戦争”に挑むつもりだろう。

米中新冷戦はAI、5Gなどハイテク覇権争い

2018年10月4日のペンス米副大統領の対中政策に関する演説は、米中新冷戦の号砲なのかもしれない。ワシントンのハドソン研究所での約40分間の演説で、副大統領は「中国共産党が『中国製造(Made in China)2025』計画を通じてロボット工学、バイオテクノロジー、人工知能(AI)など世界の最先端産業の90%を支配することを目指している」と指摘、「中国共産党は関税、為替操作、強制的な技術移転、知的財産の窃盗など自由で公正な貿易とは相容れない政策を大量に使ってきた」と断じた。

副大統領は「中国共産党は盗んだ技術を使って民間技術を軍事技術に大規模に転用している」とも批判、「われわれは中国との関係改善を期待しつつも、われわれの安全保障と経済のために引き続き強い態度を維持する」と断固とした対応を取ることを宣言したのである。

米国の議会や産業界は「中国製造2025」計画を極度に警戒している。この計画は中国政府が15年に公表したもので、半導体、AI、ロボット、航空宇宙などあらゆる分野で世界を制覇するのが狙いだ。こうした野望を米国は安全保障上、看過できない。

今回の貿易戦争は、単なるモノやサービスにとどまらない。貿易不均衡問題は米中間で何とか手打ちができたにしても、AI、次世代高速通信規格「5G」、EV(電気自動車)などに代表されるハイテク覇権争いは中長期にわたって続く公算が大きい。

5Gビジネスで先行する中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長が18年12月5日、米政府の要請を受けてカナダの捜査当局に逮捕されたことは、米中新冷戦を象徴する出来事だ。逮捕はイランとの不正取引にかかわった容疑だが、米政府は5Gの通信インフラを中国企業が牛耳ることを本気で阻止しようとしているのだ。

トランプ大統領は「冷戦構造」に積極関与

東西冷戦の終結は1989年。それから30年になるが、東アジアには依然として「冷戦構造」が横たわる。北朝鮮と台湾である。

2018年12月下旬、北朝鮮と鴨緑江を挟んで国境を接する中国遼寧省の中核都市、丹東を観光で訪れた。対岸の北朝鮮新義州は夜になるとエネルギー事情からか灯りも乏しく、暗闇に包まれていた。高層ビルが並び、ネオンが輝く丹東の街並みとは対照的だった。中朝の経済格差は一目瞭然である。鴨緑江には日本統治時代の1911年に鉄道橋が架けられたが、朝鮮戦争中の50年11月に国連軍の爆撃で中央から北朝鮮側が破壊され、不通になった。現在は30元(1元=約16円)で見学できる「鴨緑江断橋」という歴史遺産となっている。

中国遼寧省の丹東で撮影した、対岸の北朝鮮新義州の日の出(2018年12月25日、泉宣道氏撮影)
中国遼寧省・丹東から眺めた対岸の北朝鮮新義州の日の出

台湾を旅行した2017年12月、台湾海峡を臨む古都、台南に足を延ばした。観光名所の赤崁楼(せきかんろう)に登ったとき、蒼穹を訓練とみられる台湾の戦闘機が轟(ごう)音を立てて飛び交った。台南は熱帯に属しているものの、「冷和(冷たい平和)」と呼ばれる中台関係の最前線でもある。赤崁楼はもともとオランダ軍の城だったが、明代の遺臣、鄭成功(母は日本人)が1661年、オランダ人を追い出した舞台として知られる。日本統治時代にも修復され、敷地内には鄭成功の銅像が立つ。

台湾の古都、台南の旧跡「赤崁楼」(2017年12月4日、泉宣道氏撮影)
台湾の古都、台南の旧跡「赤崁楼」の上空で轟音が響いた

北朝鮮問題、台湾問題のいずれも米中間のトゲになりかねない極めて微妙な懸案である。しかも日本の過去の歴史が絡み合う。トランプ大統領は歴代の米大統領より積極的に、ときには大胆に両方の問題に関与し続けている。

「朝鮮半島の非核化」に向けたトランプ大統領と金正恩委員長との2回目の米朝首脳会談は2月末ごろに開く方向になった。これに先立つ1月8日、習国家主席は金委員長を彼の誕生日に合わせて北京に招待した。当時、北京では米国との次官級貿易協議が続いていた。中国が北朝鮮の後ろ盾であることを米側にあえて見せつける意図もあったのではないか。

トランプ大統領は米中国交樹立40周年前日の12月31日、台湾への武器供与拡大を盛り込んだ「アジア再保証推進法」に署名、同法が成立した。米国が台湾の背後に控えていることを誇示した形だ。

一方、習国家主席は年明けの1月2日、台湾政策を武力解放から平和統一に転換した「台湾同胞に告げる書」発表40周年記念式典で演説し、平和統一が基本としながらも「外部の干渉や台湾独立勢力に対して武力行使を放棄することはしない」と言明、米国の台湾問題への介入を強くけん制した。米中の駆け引きは今後も、波乱含みで続く。

「日中関係の核心は米国問題」の時代に

安倍晋三首相の2018年10月下旬の中国公式訪問を経て、日中関係は「新たな段階」へと移りつつある。日中平和友好条約締結と中国の「改革・開放」から40周年の節目の安倍訪中で、日本の対中政府開発援助(ODA)が卒業となったからだ。世界第2、第3の経済大国は今後、対等なパートナーとして世界経済をけん引する時代を迎えている。

日中関係が改善したのは、米中貿易戦争が一因であることも間違いない。中国は半導体など重要な先端部品を米国から輸入しにくくなれば、日本や欧州に頼らざるを得ないからだ。

だが、ペンス副大統領がいみじくも喝破したように中国は「自由で公正な貿易」とは程遠い。日米両国は01年12月の中国の世界貿易機関(WTO)加盟を後押しした。にもかかわらず、中国は不透明な補助金による産業保護などを含めWTOルールを必ずしも守っていない。

東西冷戦の開始を告げたのは、1946年の米国でのチャーチル前英首相(当時)による「鉄のカーテン」演説だった。冷戦時代、中国には「竹のカーテン」がかかっていると形容された。

インターネット時代の今、中国は海外からのネット情報を検閲・遮断する「グレートファイアウオール」という万里の長城ならぬ閉鎖的な壁を築いている。中国は全球化(グローバル化)を標榜しながら、自ら分厚いカーテンを引き、「改革・開放」に逆行している。

かたや就任3年目に入ったトランプ大統領は「米国第一」を掲げ、内向きの政権運営を続けている。中国だけでなく、日本や欧州にも貿易戦争を仕掛け、保護貿易や移民制限を強化しているのだ。トランプ政権もまた国際協調路線を歩んでいない。

米国の著名な学者、チャールズ・ビーアド教授は1920年代に「日米関係の核心は中国問題である」との格言を残した。この指摘は今でもまさに核心を突いている。21世紀の日米中は“三本の矢”の経済大国として国際社会に貢献できるのか。「日中関係の核心」は今や米国問題でもある。

バナー写真:首脳会談を前に握手する安倍晋三首相(左)と中国の習近平国家主席=2018年10月26日、中国・北京の釣魚台迎賓館(時事)

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